第三話 第二の協力者と、もう一つの『神の権能』
第二話の終わりから数時間後。俺とゼロは、夜の街を歩き回っていた。
ゼロは興奮冷めやらぬ様子で、時折こっそり右手のひらに黒炎を灯しては消し、を繰り返している。その度に「くっくっく……」と喉を鳴らして笑う姿は、傍から見たらただの危ない奴だ。まあ、神である俺も同類だが。
「レン様、次の『逸材』はどちらに?」
「様はいいって。レンで。場所はもう特定できてる。あのビルの屋上だ」
俺が指し示した先には、駅前の少し古びた雑居ビルがあった。再び『神の権能』で街中の意識をスキャンし、二人目の『力への渇望』を持つ人物を見つけ出したのだ。
今度の人物は、ゼロとはまた違う種類の強烈な願望を持っていた。
しゅん。
音もなくビルの屋上にテレポートする。今度はゼロも一緒に連れてきた。
屋上には、フェンスに背をもたせかけ、夜空を見上げている一人の男がいた。年の頃は三十代くらいか。スーツ姿で、短い髪を夜風になびかせている。
「おい、ゼロ。静かにしろよ」
「はっ!」
ゼロはすぐに姿勢を正し、臨戦態勢(?)に入る。
男はこちらに気づいていない。彼の心の声が、再び脳内に響いてくる。
『……もし、世界中の情報が全部見えたら、この詰んだ状況もひっくり返せるんだろうな。こんな無力感、もう嫌だ』
ゼロの時の「力への渇望」とは違い、彼の願望は「情報」と「突破口」だった。無力感に苛まれ、現状を打破するための手段を求めている。面白い。
「なあ、あんた」
俺が声をかけると、男はハッと振り向いた。その目は少し疲れているように見えた。
「誰だ? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「俺は通りすがりの神だ。隣は今日から俺の配下になったフレイムマスター・ゼロ」
「フレイムマスター・ゼロとは我が事! レン様、ここは黒炎で威嚇を!」
「黙れ、ゼロ。威嚇はいい」
男は俺たちを不審者を見る目で見ていたが、ゼロの『黒炎』を見て、目を見開いた。
「なんだ、それは……? 幻覚か?」
「本物だ。さて、本題に入ろうか」
俺は男に近づき、まっすぐ目を見つめる。
「あんた、『世界中の情報が全部見えたらいいのに』って願ってたろ。その願い、叶えてやろうと思ってな」
男は固まった。「なんで、俺の考えてることが……」と呟く。
「俺は神だからな。あんたにも、その『情報』に関する能力をやる。ただし、条件は一つ。俺たちの『面白そう』な計画に付き合うことだ」
男はしばらく考え込んだ。ゼロのような即答ではない。慎重なタイプらしい。
「……なんで、俺なんだ?」
「あんたが一番『力』を求めてたからだ。その無力感を打ち破るための『力』を。どうする? このまま退屈で無力な日常に戻るか、それとも、俺たちと一緒に世界を面白くして、現状を打破するか」
俺は少し挑発的に言った。男の目が揺れる。
「……俺は、ずっとこの状況を変えたかった。誰にも頼れなかった。もし、本当にそんな力があるなら……」
男は決意したように顔を上げた。
「分かった。協力しよう。俺の名前は、氷室遼。お前たちの好きに使いなさい」
「いい名前だ、遼。じゃあ、能力を付与する」
俺は再び右手を遼の額にかざす。
「イメージしろ。『あらゆる情報へのアクセス権限』を。世界のデータベース、人の心の奥底、過去の出来事……知り得る限りの情報だ」
『能力付与:全知の探求者』の概念を、遼にインストールする。
「っ……頭の中に、流れ込んでくる……!」
遼はその場に膝をつきそうになるが、すぐに立ち直った。眼鏡の奥の瞳が、青白い光を帯びる。
遼――新たな仲間『アカシック・ダイバー』は、膝をつきそうになった体をすぐに制御し、立ち上がった。その眼鏡の奥の瞳は、もう普通のサラリーマンのものではない。すべてを見透かしたような、冷徹な『知性』の光を湛えている。
「見える……世界の裏側が、嘘が、真実が、全部……!」
遼は俺を見た。その視線に、俺は少しだけ満足感を覚える。期待通りの『逸材』だ。
「レン様、これで二人目ですね!」
ゼロが興奮気味に言う。「様はいい」と言いかけたが、もう諦めた。俺は頷き、夜空を見上げた。これで、最初の『炎』と『情報』が集まった。
「遼、試しに俺の情報を検索してみろ」
遼はすぐに意識を集中させた。「橘レン、二十歳……いいえ、存在しない。昨日まで生きていた記録すら曖昧です。あなたは……『無』の情報しかない」
「神だからな。当然だ」
「なるほど……理解しました。私は今、『神』に仕えているのですね」
遼は深く頷き、俺への忠誠を誓ったようだ。これで、俺の最初の軍団――いや、チームか――が本格的に始動する。
「よし、次の計画だ。ゼロ、お前に最初の任務を与える」
俺はスマホを取り出し、街の地図アプリを開く。
「この街には、お前みたいな能力を欲しがってる『逸材』が他にもいるはずだ。全員集めるぞ。まずは、世界の常識をぶっ壊すための『チーム』を作る」
夕日が沈み、夜の帳が降り始める街を見下ろしながら、俺と最初の仲間――フレイムマスター・ゼロとアカシック・ダイバー・リョウ――は、これからの面白すぎる未来に胸を躍らせていた。
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翌日。
昨日俺が引き起こしたデジタル世界の混乱は、一時的なものだったようだ。大手ニュースサイトは復旧し、人々は「一瞬のバグか?」「予行演習だったのか?」と、混乱の理由を憶測していた。遼の情報操作能力があれば、復旧を妨害することも可能だったが、それは面白くないと判断した。混乱は、たまに起こすから面白いのだ。
俺たちは次の『逸材』を探すため、日中の街を歩いていた。すでに遼が情報を検索し、候補者を絞り込んでいる。
「レン様、次の対象者は公園にいます。学生です」
「分かった」
次の候補者は、女子高生だった。彼女の心の声は、芸術的な『創造』への強烈な願望を示していた。
「美術系の高校に通っていて、自分の才能に限界を感じているようです。誰にも理解されない『世界』を、形にしたいと願っています」と遼が耳打ちする。
(なるほど、面白そうだ)
俺はすぐにその女子高生の前にテレポートした。周囲には誰もいない。
「……誰?」彼女は驚いた顔で俺を見る。手にはスケッチブックを抱えている。
「俺は神だ。あんたの願いを叶えに来た」
俺の定型文に、彼女はぽかんとした顔になった。
「私の……願い?」
「あんたの描きたい『世界』を、現実に具現化する能力をやる。ただし、俺たちのチームに入るのが条件だ」
彼女は信じられない様子だったが、ゼロが手に黒炎を灯し、遼が青白い目で情報を見透かす様子を見て、すぐに事態を把握したようだ。
「……信じるわ。私、この力が欲しかった。誰にも理解されない世界を、現実にしたかったの!」
彼女――名を『イヴ』としよう――に、『能力付与:幻想具現化』の権能を与える。
イヴは早速、スケッチブックに描きかけの奇妙なモンスターの絵に触れた。絵は瞬時に立体化し、キャンバスから飛び出し、実体を持った奇妙な小動物として地面を跳ね回った。
「やった……できた!」イヴは感極まった様子だ。
こうして、三人目の仲間も手に入れた。
ゼロ、遼、イヴ。炎、情報、創造。バラバラだが、強力なチームだ。
俺は満足げに笑った。世界を面白くするための舞台装置は揃いつつある。さて、いよいよ次の段階だ。
俺は世界に向けて、最初の宣戦布告をすることにした。




