だーくめるへん☆ふぇありーている
誕生日に学院長から体験型おとぎ話の魔導書をもらった。
「そんな訳で、ちょっと体験してみたいと思う」
「いいね!!」
名門魔法学校で最も『手加減』という言葉を知らない未成年組のアズマ・ショウとハルア・アナスタシスは、早速魔導書を開いてみた。
【マッチ売りの少女】
「マッチ、マッチはいりませんか?」
雪が降りしきる街の中、ショウとハルアは裸足の状態でマッチを販売していた。
腕から下げた籠いっぱいに詰め込まれたマッチは、売れる気配が全くない。そもそもガス技術が発達して街中にはガス灯が建てられており、明るく街を照らしているというのに、今時マッチなど買う酔狂な人間はいないだろう。
売れないマッチを片手にハルアは「どうする?」と後輩を振り返った。
「売れないよ、ショウちゃん!!」
「売れないなぁ、ハルさん」
寒さのあまり悴んできた手に息を吐きかけるショウは、
「こうなったら押し売りするしか」
「通行人を捕まえてこようか!?」
再度言うが、未成年組は手加減を知らない。マッチを売ると決めたら通行人を脅してでも不良在庫を高値で売りつけることだろう。頭脳のショウと暴力のハルアが組み合わされば不可能なことはない。
ところが、ショウは別の場所に注目していた。
視線を向けた先にあるのは、雪の積もる通り道を煌々と照らすガス灯である。ここは物語の世界なので当然ながら魔法の技術はないが、ガスの技術が発達していて暖を取るのもガスを使用していると見ていい。
ピンと妙案を思いついたショウはハルアへと振り返り、
「ハルさん」
「何か思いついた!?」
「ガス管を壊してガス漏れを起こそう。花火大会だ」
――こうして、ガス漏れを引き起こしたところにマッチで火をつけ、盛大なガス爆発事故が発生した。幸せなクリスマスが地獄に塗り替えられた。
【人魚姫】
「ショウちゃん、このナイフで王子様の心臓をグサッとすれば人魚に戻れるよ!!」
海の中から人魚と化した先輩のハルアがナイフを投げて寄越す。
船上のショウは、放物線を描くナイフを難なく受け止めた。暗い海に視線を投げれば、海面から顔を出したハルアがグッと親指を立てる。
ショウは小さく頷くと、ナイフを隠し持って王子様の寝室に侵入する。見張りすら立てていないとは不用心すぎる。これでは入りたい放題ではないか。
絢爛豪華な調度品で揃えられた部屋に足を踏み入れ、隠し持っていたナイフを持ち直す。そして王子様が寝ているベッドに歩み寄り、
(知らん男の人だ)
何か知らん男の人がベッドですやすやと安らかに寝ていたので、ショウは迷うことなく王子様の胸にナイフを突き立ててやった。
こうして見事に人魚へ戻ったショウは、ハルアと一緒に海で楽しく暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
【白雪姫】
「白雪姫、甘い林檎はいかが?」
ショウとハルアが住まう小屋に、老婆が訪れた。
老婆が差し出してきたのは、艶やかな林檎だった。手のひらに収まらないくらいに大きく立派で、瑞々しい赤い表皮に歯を突き立てれば甘い果肉に辿り着くことが出来るだろう。
甘いものが好きなショウは「ありがとうございます、お婆さん」と笑顔で受け取った。お菓子だけではなく甘い果物も大好きなのだ。
「そうだ、どうせだったら焼き林檎にしよう。ハルさんがちょうどたくさん林檎を買ってきたんだ。お婆さんもどうですか?」
「え、いや、あの」
「食べていってください、林檎のお礼です」
遠慮がちな老婆を小屋の中に引き摺り込み、ショウはちょっと焦げたお手製の焼き林檎を振る舞うのだった。
こうして自ら作った毒の林檎を食べてしまった老婆は、哀れ死んでしまったのでした。めでたしめでたし。
【フランダースの犬】
放火犯の冤罪をかけられ、絵画コンクールでも落選し、家賃を滞納して家を追い出された未成年組は雪の降る街中をトボトボと歩いていた。
「ハルさんの絵を落選するなど見る目のない審査員だ」
「実力が足りなかったってことで!!」
「そんなはずはない。ハルさんの絵はとても上手だった。なのに何らかの作為が働いたんだ、これは許せない」
「ショウちゃんのお目目が洞窟みたいに真っ暗になっていく……」
恨みつらみを募らせるショウの隣で、ハルアは気にした様子もなく朗らかに笑う。「落選する時はするよ!!」なんて明るい調子で言っていた。
ふと通りの隅に、雪の中に埋もれるようにして財布が落ちていた。革製の財布にはお金がパンパンに詰まっているようで、持ち上げてみるとずっしりと重たい。
どこかで見覚えがある財布だと思えば、ショウとハルアの未成年組に放火の冤罪を吹っかけてきた風車小屋の家族のものだった。あそこの女の子とは仲良くしていたが、両親の態度が気に食わず、いつか絶対に仕返しをしてやろうと企んでいたのだ。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせ、
「女の子は可哀想だが仕方がない」
「仕方ないね!! こっちだって生きてるしね!!」
普通にお財布をポッケに収納し、ショウとハルアは意気揚々と雪の降る街を歩いていくのだった。
こうして、全財産をなくした風車小屋の家族たちは可哀想なことに飢え死にして死んでしまいました。めでたしめでたし。
【赤い靴】
道がごうごうと燃えていた。
「靴のない俺たちへの当てつけですか」
「貧乏なんだよ!! 察せ!!」
親類の葬式に際して貧乏のあまり靴屋の店主から好意でもらった赤い靴を履いて出席するしかなかったショウとハルアは、己が境遇すら考えることなく見咎めてきた老婦人を燃え盛る炎の道を無理やり歩かせた。
哀れ、老婦人は足に火傷を負って死んでしまいました。めでたしめでたし。
【ヘンゼルとグレーテル】
ショウとハルアはお腹が空いていた。
「まさか森の中に置き去りにされるとは」
「ね」
くうくうと空腹を訴える腹をさすりながら、ショウとハルアは手を繋いで当て所もなく森を彷徨う。
家に帰るまでの道標としてパンをちぎってきたのだが、小鳥たちに食べられてしまったのだ。口減らしの為に子供を森の中に置き去りにするなんて可哀想だとは思わないのか。
恨みつらみを募らせるショウは、
「生きて帰れたら、あの両親は火祭りだ」
「キャンプファイヤーだね!!」
「ああ。燃やしてやろう」
生きて帰れたら口減らしの為に自分たちを森の中に置いてきた両親を燃やそうと心に決めたショウとハルアの前に、お菓子で出来た家が出現する。
家の壁はビスケット、扉はチョコレート、窓は綺麗な飴で作られた甘いお菓子の家である。漂う香りもお菓子そのもので、甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
お腹が空いているところでこのお菓子の家は我慢できない。「食べてくれ」と言っているようなものではないか。
ショウとハルアは目を輝かせると、
「お菓子だ!!」
「お菓子の家だ」
一も二もなくショウとハルアはお菓子の家に飛びついた。
扉のドアノブは細長いクッキーで作られているおかげでサクサクとしており、チョコレートはちゃんとチョコレートらしく苦味も内包した味がした。装飾品よろしく埋め込まれたマカロンやマシュマロも甘くて食べ応えがあって美味しい。
そんなこんなでお菓子の家を堪能する未成年組の前に、老婆が現れた。
「人の家を食うだなんて、一体どんな教育を受けているんだい?」
「…………」
「…………」
ビスケットを口に運ぶハルアと、マカロンを齧るショウは老婆に視線をやった。どんな教育と言われてもこんな教育である。
「水に沈めよう。川があったな」
「あったね、沈めよっか!!」
こうして食事を邪魔したお菓子の家の持ち主である魔女は、哀れ未成年組の手によって川に沈められるのでした。めでたしめでたし。
【金の斧、銀の斧】
斧を池に落とした。
「あー!!」
「あれしかないのに」
ショウとハルアは2人揃って池を覗き込む。
その時、池の水面が輝いたかと思えば金色の髪を靡かせた美しい女神様が2本の斧を持って現れた。
黄金で作られた斧と銀製の斧である。売ればかなりのお金になることは間違いない。
嫋やかな笑顔を見せる女神様は、唖然とする未成年組の2人に問いかけた。
「貴方が落としたのは、この金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」
ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、
「あれを奪っちゃえば売れんじゃね!?」
「じゃあ女神様はいらないか」
「だね!!」
そんな訳で、池の女神様はハルアによって金の斧と銀の斧の両方を奪われてしまい、頭をかち割られて死んでしまいましたとさ。めでたしめでたし。
【エピローグ】
大量の魔導書に囲まれて、さて次はどの魔導書を試そうかと語るショウとハルアの元に、学院長のグローリアが笑顔で問いかけた。
「あ、早速遊んでくれてるんだ。楽しい?」
「はい、楽しいです」
「うん、楽しいよ!!」
ショウとハルアは清々しいほど綺麗な笑顔で、
「いっぱい殺しました」
「次は誰を殺そっかなって思ってるの!!」
「まさかおとぎ話の登場人物を殺して楽しんでないよね!?!!」
楽しむ方向性を明らかに間違えてはいるが、滅多に挑むことが出来ない暴挙に未成年組は心の底から楽しみながら次のおとぎ話を選ぶのだった。
《登場人物》
【ショウ】頭脳明晰で手加減を知りながらもあえてすっとぼける性格がちょっぴりワルワルな異世界人。
【ハルア】手加減なんて知らん人造人間。後輩の言うことに従っていれば割と正しいと思ってる。




