09.文字から声へ
レンと会う事になった翔汰は、待ち合わせ場所を「新港町」に指定する。
新港町は色麻工業高校から電車で30分はかかる場所にある。
そんな遠い場所を選択したのは、レンにカケルが翔汰だと思わせたくなかったからだ。
新港町駅に到着すると、翔汰は深呼吸を一つして改札を抜けた。
小さな駅の構内は、人通りが少なくどこかのんびりとした空気が漂っている。
待ち合わせの時間には少し早く着いたが、レンの顔を見れば一瞬で分かるはずだと、彼は根拠のない確信を抱いていた。
新港町は、駅周辺には小さなカフェや古びた商店街が並ぶ静かな場所だ。
地元の人々にとっては日常の風景だが、翔汰にとっては、今ここにいる理由が少しだけ特別だった。
「レン……」
翔汰の声に反応する女の子。
そして、彼女は翔汰を見た瞬間に目を逸らして赤面する。
「えっ、新堂くん……」
驚いたように目を見開いたが、すぐに頬を赤らめて視線を逸らす。
小さな声で漏らした言葉をかき消すように、慌てて続けざまに口を開いた。
「あっ、カケルくんですか?」
「カケルです。今日はありがとう。」
少し照れながらも、翔汰はなんとか平静を装って返した。
レンは一瞬、ぽかんとした顔をしてから、ゆっくりと瞳を見開いた。
「え?いま、なんて?」
声が震えている。
驚きと、信じられないという感情が混じっていた。
「俺がカケルです。驚かせてしまって、ごめん。」
「ううん。ちょっと嬉しくなっただけ。」
レンは視線を伏せ、頬にほんのりと赤みを宿した。
その表情に、翔汰の胸が大きく波打つ。
「ずっと……知らない人に話してるって思ってたから。なんか、変な感じ。」
レンが小さな声でつぶやく。
翔汰は一瞬言葉を詰まらせた。
まるで心の奥を見透かされたようで、息苦しくなる。
けれどレンの瞳は、純粋に“カケル”に会えた喜びで揺れているように見えた。
「俺もだよ。文字だけで話してた相手が、こうして目の前にいるなんて……ちょっと不思議だな。」
「うん、そうだね。」
互いに視線を合わせると、気まずい沈黙が流れる。
駅前のアナウンスや人々のざわめきが、かえって二人の距離を際立たせていた。
「……あの、どこか入ろっか。」
レンが口を開いた。
「うん。じゃあ、あのカフェはどう?」
翔汰が指差したのは、駅前にある小さな喫茶店。
古びた外観に、手描きのメニュー看板が立てかけられている。
二人は並んで店に入り、窓際の席に腰を下ろした。
「なんか落ち着くね、ここ。」
レンがメニューを手に取りながら微笑む。
「カケルくんってさ、ネットのまんまなんだね。」
「え、そう?」
「うん。話し方とか、ちょっと照れ屋なとことか……。文字でやりとりしてた時と同じ感じがする。」
レンの無邪気な言葉に、翔汰は思わず苦笑した。
「ありがとう。そう言ってもらえると、ちょっと安心する。」
「ふふっ、私も。」
二人の間に、少しだけ柔らかな空気が生まれた。
しかし、その心地よさの裏で、互いに気づかぬまま、真実へと近づいていることを二人はまだ知らなかった。




