22.二人のはじまり
街灯に照らされたその人影は、どこか見覚えのあるシルエットだった。
浴衣ではなく、制服姿でもない。
ただ無地のTシャツにジーンズという、何でもない格好。
けれど、背丈も、肩の傾きも、あの時の姿そのものだった。
(……新堂くん?いや、でも)
疑念と期待がせめぎ合う。
近づけば確かめられる。声をかければ答えが分かる。
けれど、万一違っていたら。
その一歩がどうしても踏み出せない。
そのとき、ポケットの中のスマホが再び震えた。
画面に浮かんだのは、カケルからの通知。
「まだ起きてる?」
――重なった。
目の前の人影と、手の中の文字が。
「……新堂、くん……?」
気づけば声に出していた。
人影が、わずかに肩を揺らす。
振り返った顔は――間違いなかった。
「……やっぱり、気づいてたんだな。」
街灯の光に照らされたその表情は、紛れもなくカケルのものだった。
息が止まった。
頭の中で「やっぱり」と「嘘でしょ」がぐちゃぐちゃに入り混じる。
心臓が暴れるみたいに打ち、喉が塞がって声が出ない。
「ごめん。言えなかった。
言ったら、全部壊れる気がして……」
新堂――いや、カケルは、不器用に目を伏せて言った。
その横顔は、どこか祭りの夜と同じように切なく見えた。
問い詰めたい気持ち、抱きしめたい気持ち、信じたい気持ちと裏切られた気持ちが同時に押し寄せ、身体が震える。
「どうして……どうして黙ってたの?」
やっと絞り出した声は、泣き出しそうに震えていた。
新堂は言葉を探すように唇を噛み、やがて苦しげに吐き出した。
「……本当は、俺なんかが君に名前を呼ばれるなんて思ってなかった。
声かけられたときも、嬉しいより怖かった。だから、逃げた。
でも――カケルって名前でなら、素直に話せたんだ。バカみたいだよな。」
そう言って笑った笑顔は、痛いくらい不器用で、でも確かにカケルそのものだった。
陽咲は何かを言おうとした。けれど、その瞬間――
耳を裂くようなクラクション。
振り返った視界に、猛スピードで迫るヘッドライトが飛び込んできた。
「レンっ!」
強く突き飛ばされる感覚と同時に、景色がぐらりと傾く。身体が宙に浮いたように感じた。
次の瞬間、地面の冷たさと鋭い痛みが全身を駆け抜け、世界が白く弾け飛んだ。
――何も、聞こえない。
――何も、見えない。
ただ遠くで、誰かが自分の名前を叫んでいる気がした。
消毒液の匂い。一定のリズムを刻む電子音。
目を開けると、白い天井が広がっていた。
「……っ、は……」
声を出そうとしたが、喉が乾ききっていて音にならない。
首をわずかに動かすと、ベッド脇に座る影が視界に入った。
「レン!」
俯いていた顔がこちらを見上げる。
赤く充血した目。握られた手が震えている。
「……新堂、くん……?」
呼ぶと、彼は強く首を振った。
「そうだ。新堂だ。」
必死の声に、涙がにじんで視界が滲んだ。
言葉にならない想いが、胸いっぱいに広がっていく。
事故の痛みよりも、その存在の確かさが鮮烈に胸を打った。
「……ごめん。もう、逃げない。だから……一緒にいてくれないか。」
涙で歪む視界の中で、陽咲はかすかに笑った。
震える声で、でもはっきりと答える。
「……うん。」
握られた手が、ゆっくりと強さを増していった。
病室の窓から差し込む朝の光が、二人を静かに包み込む。
痛みも、不安も、これから先の困難もある。
けれどその中で、確かに「二人で歩んでいく」という未来だけが、揺るぎなくそこにあった。




