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21.人影の先に

布団に潜り込んでも、眠気は一向に訪れてくれなかった。

薄暗い天井を見つめたまま、心臓の鼓動だけが耳の奥でやけに大きく響いている。


――花火。

瞼の裏に、夜空いっぱいに広がった大輪が鮮やかによみがえる。

その瞬間、隣で笑っていたカケルの横顔もまた、ありありと浮かんできてしまう。

優しいのに、どこか不器用で。

人混みを抜けるとき、歩幅を合わせてくれたあのさりげなさ。

視線がぶつかった瞬間に見せた、少し照れたような笑み。

けれど、同時に脳裏に差し込むもうひとつの姿があった。


――新堂くん。

すれ違ったときの、整った横顔。

名前を呼んでも振り向いてくれなかった冷たい背中。

それでも憧れてやまなかった存在。

「違う人だ」そう自分に言い聞かせても、二人の輪郭がどうしても重なってしまう。

笑ったときの目尻の線、声の高さ、仕草。まるで同じ人物が二つの名前を持っているかのように。

「……もう、いやだ。」

小さく吐き出した声は、布団に吸い込まれて誰にも届かない。

両腕で顔を覆ってみても、熱は消えなかった。

むしろ余計に頬が火照って、頭の内で揺れる想像が暴れ出す。

身体を起こすと、部屋の空気は外の夜気を受けてひんやりしていた。

机の上には、祭りで買った綿菓子の袋が小さくしぼんで残っている。

浴衣を畳んで置いた椅子には、まだ線香花火のような甘い匂いが漂っていた。

その全てが、さっきまでの時間を鮮明に思い出させ、余計にざわつかせた。


スマホを手に取ってみる。

画面は真っ黒で、通知は何もない。

ただそれだけで、どうしようもない寂しさが押し寄せてきて、また布団に潜り込もうかと考える。

だが、ざわつきは治まるどころか強まる一方だった。


(……このままじゃ眠れない)

気づけば、無意識のうちに玄関に向かっていた。

足音を殺しながら、サンダルをそっとつっかける。

冷たいタイルの感触が足裏から伝わり、心が少しだけ現実に引き戻された。

夜更けの玄関は静まり返っていて、ただ自分の息づかいだけが妙に響いている。


ドアを開けると、夜の空気が一気に流れ込んできた。

夏の名残を含んだ湿った風。

アスファルトには昼間の熱がすっかり失われ、裸足に近い足元がひやりとした。

街灯の下には小さな蛾が舞っていて、その羽音がかすかに耳に触れる。

どこからか聞こえる鈴虫の声が、夜の静けさを逆に際立たせるようだった。

歩き出してすぐ、心臓の鼓動が速くなっていることに気づく。


理由は分かっていた。

誰かに会いたいのだ。

いや、会えるはずがないと分かっているのに、期待を捨てきれずに歩いてしまう。

「……私、何やってるんだろ。」

自嘲するように呟いた声が、夜気に溶けて消えていく。

それでも足は止まらなかった。

スマホを握りしめる手に、じんわりと汗がにじむ。

画面を点けるたびに、通知欄は空白のまま。

なのに、次の瞬間こそは、という期待に指が勝手に動いてしまう。

夜道は、昼間と同じはずなのに、別の場所のように感じられた。


薄暗い街灯に照らされたアスファルト、影を長く伸ばす自分の姿、遠くに見えるコンビニの看板。

その一つひとつが現実のはずなのに、どこか夢の中を歩いているような不確かさがあった。

(会えるわけないのに。)

でも、もし偶然でも……もし、ほんの一瞬でも顔を見られたら。

そんな淡い望みが、背中を押していることを自覚してしまう。

夜風に髪がさらわれる。

小さな吐息がこぼれるたびに、まるで世界全体が自分の心に合わせて脈打っているように感じられた。


――そのとき。

手の中のスマホが、かすかな震動を伝えてきた。

画面に浮かんだのは、短い通知。

「また一緒に出かけよう。」

たったそれだけの文字が、夜道のすべての光を一層鮮やかにしていく。

指先が勝手に熱を帯びて、返信の言葉を打とうとして止まる。

その瞬間、遠くの街灯の下に――人影が立っていた。

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