13.限界の予感
翌朝――。
翔汰はまぶたの重さをこすりながら布団を抜け出した。
眠ったようで眠れていない。
頭は霞がかったようにぼんやりしていて、体の芯には鉛のようなだるさがこびりついていた。
制服の袖に腕を通しながら、昨夜の記憶が何度も蘇る。
あと一歩で、すべてを打ち明けそうになった瞬間。
入力欄に浮かび上がっていた、消してしまったはずの言葉
『実は俺、あの時の新堂なんだ』
思い出すたびに心臓が跳ね上がり、胃の奥が痛むように重くなる。
机の上のスマホが光を放っていた。
枕元に置き去りにしたままのそれを手に取ると、画面にはレンからの新着メッセージが浮かんでいる。
その2文字に、胸がぎゅっと締め付けられる。
昨夜の告白未遂を彼女が知るはずもないのに、何故か後ろめたさで心臓が苦しくなる。
震える指で返信を打ち込む。
「おはよう。ちょっと寝不足だけど、大丈夫」
送信を押してすぐ、既読がつく。
「ふふ、私も同じ。カケルくんと話してると安心するのに、不思議と眠れなくなるんだよね」
短い文面。けれど、その一言で胸が焼けるように熱くなる。
指先が画面を閉じる瞬間、わずかに震えを帯びていた。
安心してくれているのに。俺は、まだ隠してる。
学校へ着くと、すでに教室はざわついていた。
数人の笑い声、机を囲んで弾む会話、授業ノートを覗き込む生徒の群れ。輪の中で交わされる言葉が飛び交うたび、そこから翔汰の存在だけが遠ざけられていくように思える。
静かに自分の席へ腰を下ろし、ノートを取り出す。
だが、ペンを握る手は机の上で止まり、視線は自然と窓の外へ流れていった。
青すぎるほどの空に、白い雲がゆっくり流れている。
(……レンなら、今ごろ何してるんだろう。)
彼女は別の学校で、別の教室で、きっと誰かと笑っている。
その姿を想像すると、胸の奥でじわりと温かさと痛みが同時に広がった。
彼女のそばにいたい。
けれど「新堂」と「カケル」、二つの名前を抱えたままの自分では、その願いを口にすることもできない。
放課後――。
生徒たちが笑いながら連れ立って廊下へ消えていく。
椅子がきしむ音、ドアが閉まる音が重なり合い、やがて教室は静まり返った。
翔汰はひとり机に突っ伏す。
机の表面に映った自分の顔が、ひどく疲れて見えた。
この状態をいつまで続けるんだ。
心のどこかで答えは分かっている。
打ち明けるしかない。
けれど、同時に頭の奥では警鐘が鳴り続ける。
伝えた瞬間、レンを失ってしまうかもしれない。
彼女の笑顔が、二度と自分に向けられなくなるかもしれない。
その恐怖が翔汰の体を縛りつけていた。
ポケットの中でスマホが震える。
画面を開けば、レンからの新着通知。
「今日、帰りに空がすごく綺麗だったよ。見せてあげたいな」
たった一文。けれど胸の奥に熱が走る。
(……俺も、同じ空を見てたよ。)
声にならない想いが心の中で響いた。
言いたい。
伝えたい。
だが指先は、トーク画面の上で震えたまま動かない。
結局、何も打てないまま、翔汰はスマホを胸に押し当てた。
目を閉じ、かすかに声を漏らす。
「……もう、隠し続けるの、限界かもしれない。」
誰に届くわけでもないその独白は、静まり返った教室に溶けて消えた。
窓の外では、夕焼けに染まる空が赤く燃えていた。




