第8話 召喚の理由
――――貴殿を、この世界に召喚した理由について、だ。
ベル様は机の上に広げていた世界地図を傍に控えていた女性の一人にしまってもらうと、次は自身の懐からスマホを取り出してそれを操作していた。
「アルトよ、まずはこれを見てほしい」
そこに開かれていたのは、【ヒロインズTV】という名の動画投稿アプリ。
ベル様は、【ステファニア女王国公式チャンネル】というアカウントに投稿されている一本の動画を選択しそれを再生する。
動画のタイトルは、【ステファニア女王国ファイエット子爵領首都アテネラを襲撃した邪神の軍勢】とあった。
「これは……」
実のところ、こうして陛下に動画を見せてもらうような流れはゲームには無かったため、最初は少しワクワクしていた。
しかし、俺は実際にその動画のタイトルと内容を見て、納得と共に少し複雑な気持ちになっている。
動画は再生されてすぐに一つの警告から始まった。
黒い背景に、これがショッキングな映像であるという旨がでかでかと表記されている。
その数秒後、映像の中には先ほどの物々しい警告が嘘のように、どこかのどかな雰囲気の小さな町の光景が映し出された。
しかし、その平穏な光景にはすぐに暗雲が立ち込めることとなる。
それは、動画再生から丁度20秒ほどのこと、突如町の外の方に赤黒い靄のようなものが現れたかと思うと、やがてそこからそれは姿を現した。
そこに現れたのは、赤黒いオーラを纏った巨大な鬼のような怪物。武器は二本の大斧で、牙が鋭く所々皮膚もただれている。
また、その特別大きな一体に続くように周囲に赤黒い靄のようなものが次々と現れたかと思うと、やがてそこからも様々な怪物が現出していた。
「これは、去年の夏に我が国の領土内で引き起こされた【邪神の軍勢】による襲撃だ。この映像は実際に町が襲われる前に撮影された映像で、その後この一件はなんとか建物などに小規模な被害を出した程度で収束させることが出来た」
「邪神の軍勢……」
これはゲーム内でも出てきた存在の為知っている。
というより、今後転生者がメインで敵対していく事になる存在がこの邪神の軍勢だ。
しかし、実際にこうして町が襲われそうになる場面を目にしたのはこれが初めてだった。
前世のフルダイブ型ゲームでは、仮想現実内でゲームをプレイするという性質上流血表現や恐怖を感じるような演出にはかなりの規制が入っていたからだ。
それはヒロせかも例に漏れず、邪神の軍勢や他モンスターによる襲撃系のクエストなんかは割とあっさりと描写されていたのである。
それこそ、スマホのメニュー画面からそのクエストに向かうよう操作していくと、その後はすぐにクエスト地点に向かった体でロードを挟み、それ専用の隔離されたマップに飛ばされて「はい戦闘開始!」といきなり戦闘が始まる仕様だったりした。
まあ、ゲームではこの辺りは致し方なしと渋々割り切っていたが、それがことリアルになると逆に心の準備が必要になると思われる。
なぜなら、ここはリアル。
様々な怪物が実際に人々の暮らしを脅かす存在である以上、そこは綺麗事ばかりとはいかないだろう。
まだあまり自信はないが、それでもこの世界で生きていくと決めた以上、ある程度リアルが故の生々しい光景を目にする可能性については、今の内から覚悟を決めておいた方がよさそうだった。
俺がそんな風に少し身構えたことを気にしてか、ベル様は一度動画を止めて、少し心配そうにしながら俺の肩にぽんっと優しく手を添えてくれる。
「大丈夫かアルト?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、だがあまり無理はしないでくれ。このような怪物が実際に現れたとわかれば、誰だって恐怖を覚えて当然だ。元はと言えばこちらの都合で見せているものではあるのだから、厳しそうであれば遠慮なく言ってほしい」
「お気遣い感謝いたしますベル様。これくらいであれば本当に大丈夫ですよ。それよりも、やはりこのような映像を見せたということは、俺の転生の理由とこの怪物達には何か関係があるということですよね?」
「ああ、そうだな。……なんだ、やはり貴殿にはいらぬ心配だったか」
先ほどまでとは打って変わって、何の気負いもなく問うた俺の様子に、ベル様も先ほどの俺の動揺が怪物達への恐怖心によるものではないと察してくれたようだ。
彼女も一度その表情を和らげると、俺の肩に置いていた手を停止していた動画の再生ボタンへと伸ばし、また淡々と話を進めてくれる。
「さて、アルトの言う通り、転生者の召喚の目的。その最たるはこの邪神の軍勢への対抗手段だ」
「対抗手段、ですか……それはもしかしなくても、俺のステータスにある【未来へ紡ぐ転生者】という能力ですよね?」
「ああ、そうだ。私も最初、実際に貴殿の情報を例のスマホに登録する際に確認してみたが、それで間違いないだろう」
俺は陛下の言葉に、自身のステータスの中にあったそれを改めて思い出す。
― ― ―
〇主人公取得特性
・【未来へ紡ぐ転生者】
【スマホ】に【転生】機能を追加する。親密度の設定された存在のステータス情報を自由に閲覧することができる。
― ― ―
実際、ゲーム内でもこれが転生者が転生する際に取得すると言われていた設定な為、そこに相違はないのだろう。
ちなみにだが、この能力における【転生】と、俺が経験した【転生召喚】の転生は別物だ。
しかし、それとは別に一つ気にになることもあった。
ここは、ゲームではなくリアル。
ゲームでは知りえなかった【転生召喚】という明らかに人智を逸した秘術。
これが一体どういうものなのか、ダメもとでもいいから少しでも具体的に聞いてみたかった俺は、ダメもとでベル様に尋ねてみた。
すると、これまた存外あっさりとその答えがベル様から返ってくる。
「……そうだな、大賢者様の残された【転生召喚陣】というのものは、死して輪廻転生の輪に入るまでの魂の内、魔方陣に組み込まれた指定する条件を満たすものをこちらの世界に転生させ召喚することができる秘術だと聞かされている。それこそ、条件として今回指定されていたのは【異世界転生に前向きである者】、【特別な力を持って転生してくる者】の二つの条件で、貴殿はこの二つを満たしていたことから選ばれたのだと思うが……すまない、それ以外に何か私から言えることがあるといえば、私はこういう専門的な事にはあまり詳しくなくてな。後でより詳しい者に尋ね直した方が良いだろう」
「なるほど、そうですか……わかりました。ありがとうございます、ベル様」
「うむ、あまり大した説明が出来ず申し訳ないが……もし本当に気になるようなら、その時はぜひとも王宮の者に言伝を頼むと良い。私の方からも、【転生召喚陣】について詳しい者を何人か紹介しよう」
「ありがとうございます。その時は是非ともよろしくお願いいたします」
俺はベル様にお礼を言いつつ、少し自分でも思案する。
正直、色々と引っかかることは多かった。
こんな話はゲームには出てこなかったが、どうやら【特別な力を持って転生してくる者】というのが条件として組み込まれている一方、この転生召喚陣というもの自体には特別な力を付与する効果はないらしい。
ということはつまり、この主人公取得特性にある【未来へ紡ぐ転生者】は、意図して付与されたものではないということになる訳だ。
しかし、そうなると色々と疑問も残る。
ベル様は最初、俺の情報が登録されているスマホを確認して、一人の聖職者らしき人物と「全て大賢者様の言い伝えの通り」というような話をしていたはずだ。
この条件そのまま転生してきたという話を信じるなら、俺が具体的にどんな能力を持って転生するか、それは俺が転生するまでわからないということになる。
加えて言えば、性別に関しての条件指定だって無かったというのだ。
俺の記憶が正しければ、先ほどリーナさんが「転生者は高い確率で男性になると聞き及んでいる」というようなことも言っていた筈。
となると、件の【大賢者】という人物はあらかじめ知り得る筈のない転生者の情報を知っていたということになる訳だ。
これはなんとなく、今後この世界で邪神の軍勢と相対していくうえで全く無関係な気付きとは思えなかった。
と、俺が存外深くまで思案していると、ベル様も俺が疑問に思っていた点を察したのだろう。
今度は何を言わずともその疑問に対する返答をくれた。
「ふむ、やはり貴殿は色々と察しが良い。実は私もこれには疑問が尽きなくてな。しかし、この秘術を編み出された大賢者様も、【転生召喚陣】用のアーティファクトをその当時の国の数だけしかお創りになられなかったのだ。それも、その作り方までもは一切残されなかった。故に、我々もまだ把握できていないからくりがそれなりに存在すると思われる」
「そうですか……」
俺は少し残念に思いつつも、まあ、こればかりは仕方がないかと思い直す。
そういうことであれば、現状俺の疑問に対する正確な答えを得るのは難しいのだろう。
いつまでも本題からそれてばかりではいられない為、ここは俺も一旦話を戻してもらうことにする。
「しかし、それほどの絶技が編み出されるとは、やはりこの邪神の軍勢というのが相当の脅威であると」
「ああ、私達【亜神】という分類に属するこの世界の人類には、出生のハードルが高い代わりに皆寿命というものはない。そのため、普通であればそう人口も減ることなく非常に緩やかな上昇傾向で維持されるのが300年前までの通例だった」
「だった、ということは……」
「その通りだ。邪神の軍勢は年々力を増しており、今ではそれに比例してこちらの人的被害も増加する一方。いくら不老の存在とはいえ、その出生には大いなる精霊様方のお命を頂戴しなければならず、その精霊様もあまり総数が減ってしまうと自然環境に甚大な問題を生じさせてしまうのだ」
「それで、現在被害にあって身罷られてしまった方に対し、出生が追い付いていないと」
「ああ、そういうことになる」
「なるほど……その上で俺が、根本の問題である邪神の軍勢への対抗手段を持って転生しているということですよね?」
「ああ、ただ、実のところアルトがこの怪物達と戦う必要はないから、そこは安心してほしい」
「えっ……そうなんですか?」
俺は、ゲーム内でも言われたことの無かった予想外のベル様の言葉に、あからさまな動揺を示してしまった。
「ああ、というより我々としては、アルトには出来る限り安全を期して我々の庇護下で過ごしてほしいと思っている。実際、アルトが持って転生してきた力は、どちからというと他者を育成することに特化したものであろう。故に、我々もその体で万全な準備を整えている」
「……」
やはりおかしい。
ベル様からはそれ以外にも、俺に普段から護衛を付けたいという話や、この件に関しては申し訳ないが了承してもらった方がお互いの為になるというような説得を色々と受けた。
一応ゲームの方では、ご都合主義もあったからか、重要人物であるはずの転生者も自ら危険を冒して戦闘に参加することが許されていた筈だが……。
しかし、冷静に考えてみれば確かにベル様の言うことは何も間違っていない。
再三改めるがここはリアルだ。
今把握できるだけでもこの世界における自身の立ち位置はかなりの重要度だろう。
そんな人間に喜んで危険を冒させるほど、ベル様やこの国の重鎮たちが愚かである筈もない。
いくら情に厚い人だからと言って、ベル様もやはり一国の長。
本当に容認致しかねる事柄に関しては、断固として首を縦には振らないだろう。
それこそ、ベル様の人柄を考えればその意志を翻意させることも容易ではない筈だ。
しかし、正直言って、これは俺にとって非常に不本意な展開でもある。
幸か不幸か、今日はどのみち自由な外出は出来ないというのだ。
その間に、俺は俺で何か対策を考えるとしよう。
何なら、悪知恵を働かせてこういった抜け道を探そうというのも少しロマンがある。
勿論、それで誰かに迷惑がかかるような真似は断固としてしないつもりではあるし、その分うまくやる必要もあるが。
それでも、そのように考えれば少しは気も紛れる。
何にせよ、今後俺がこの世界でどのように行動していくかは、自分でもよく考えた方がいいだろう。
ここはリアル。
やり直しが利く可能性なんて、本当に小さな希望的観測でしかない。
俺はその後もベル様から今後の流れについてざっと説明してもらい、今日の謁見はこれまでということになった。
まあ、女王陛下であるベル様の時間を一時間近くは拘束してしまったのだから、むしろかなり気を利かせてもらった方だろう。
俺としても、ここまでよくしてもらっているベル様や王宮の人たちにあまり迷惑はかけたくない。
むしろ、俺は彼女たちの懸念や期待を上回るような形で、この世界でも変わらずに俺の信じるロマンを追求していこうと。
漠然とそんなことを考えながら、俺は既に部屋の前に控えていたリーナさんにつれられて次の目的地へと向かった。
――――次回【幕間】にて、ついにこの物語の序章を飾るヒロインが登場。