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第5話 伯爵令嬢兼王室の女執事【リーナ・アーデルハイト】




 あれから更に10分程が経過した。


 そこでようやく、気を失ったまま眉一つ動かなかった女執事さんの様子に変化が見られる。


「う、うう……」


微かなうめき声と共に、その瞼が段々と開かれていく。

そのすぐ近くでスマホを流し見ていた俺は、すぐに気がついて彼女の元へと歩み寄った。


「その、大丈夫、ですか……?」


 やはりこれまでの経緯もあり、若干様子を伺いつつ声をかけてみる。


 どうやら彼女はまだ俺の事をはっきりとは認識できていないようで、その言葉に返事はない。


「こ、ここ、は……?私は、一体……?」


 未だ状況が呑み込めないと言った様子で彼女はゆっくりと起き上がる。


 そしてすぐ傍にいた俺と目が合うなり、その目がはっと見開かれた。


「あっ……」


 どうやら、彼女の意識はそこで完全に覚醒したらしい。


 ついでにこれまでの経緯もしっかりと思い出したようで、彼女の顔がまたしてもみるみるうちに真っ赤に染まっていってしまった。


「も、申し訳ございません転生者様!何分、私達この世界の住人は、みな殿方という存在に馴染みがなく……」


「い、いえ、むしろこちらこそ申し訳なかったです。着替えてから出ればよかったものを、焦ってあんな格好のまま出てしまって」


「いえそんな!王室に仕える身でありながらこのような失態を……いかように罰していただいても構いませんので!」


「いやいや、それではかえって俺の方が気にしてしまいますよ。あんな格好で相対してしまったのは俺の方に責任がありますから……」



 互いに言葉が思うように続かず、気まずい間がしばらく流れる。


 しかし、それがかえって思考を冷静にしたのか、このままではいけないと彼女の方からそれとなく話を進めてくれた。


「そ、その、差支えなければ、どうしてあのような格好で……などとお尋ねしてもよろしいのでしょうか?」


「ええ、勿論です」



 この質問はかえって渡りに船と、まずは余すことなく事の成り行きを彼女に話した。



「――――という訳でして、一番はやはり【衣装スキン】の仕様と私の認識に齟齬があった、というところでしょうか」


「なるほど、確かにこちらの世界では、衣装スキンも装備品などと同じく、既に下着類や衣服を着用した状態で適応するのが一般的です」


「やはり、そうでしたか……」


 この辺りは、ここがリアルであることも加味して薄々予想していたことだ。


 やはり、今後はゲームと違って衣装スキン以外のちゃんとした衣服も用意する必要があるだろう。


 俺は話を聞きながら、今後はそういった下着類も揃えなければならないと思うも、そこではたと思い至る。



――――あれ?そもそもこの世界に男性用の下着ってあるのか?



 そう思って、彼女にそのあたりの事をそれとなく聞いてみると、その答えは存外あっさりと返ってきた。



「ええ、それこそ下着類であれば、事前にそちらのチェストなどにお入れしております。勿論、男性がお召しになることを想定して用意してあるものです」


「えっ、男性用がちゃんとあるんですか?」


「はい、事前に転生者様は高い確率で男性になるだろうと伝え聞いておりますので、こちらの客室と備え付けのものは、全てそのつもりでご用意させていただいておりました」


「なるほど、そうだったんですね……すみません、きちんと把握しておけば良かったですね」


「いえ、元はと言えばこちら側の説明不足の所為ですので、これは完全に私共の失態でございます……」


 ホテルでもないのにその辺を物色するのはどうなんだろうと思い、なんとなく手付かずだったが、どうやら本来必要なものは備品として客室にある程度揃っているらしかった。


 これは確認を怠った自分のミスでもあるので、王宮の人たちが完全に悪いという話ではない。


 しかし、このままお互いに引き下がらなければ、一向に水掛け論になりそうでもある。


 女執事さんとはお互いに文化の違いによる仕方のない手違いだったということで、ここは穏便に済ませよう。


 その方が俺にとっても都合が良かったというのは、今だけ心のうちにしまっておく。


 うん、俺も次からは絶対に気を付けるということで。



「いえいえ、どのみち俺がきちんと応対する前に衣装スキンを適応していればあのような事故は起こらなかったわけですし、ここはお互いの為にもここだけの話ということにいたしませんか?俺としても、あまりこのようなことを言いふらされるのは気恥ずかしいものがありますからね!」


「は、はい……転生者様がそうおっしゃられるのでしたら」


「ええ、これは2人だけの秘密です」


「ふ、2人だけの秘密、ですか……」


 努めて爽やかな笑みを繕い、それっぽく彼女を諭してみたがどうやらうまくいったようだ。


 彼女は「二人だけの秘密」という言葉が気になったのか、また少し頬を赤く染めていた。


 まあ、正直「二人だけの」と特別感を演出するには、秘密の内容が随分とあんまりなものである気はしないでもないが……。


 わざと思わせぶりな言い回しをした甲斐もあってか、この話はこの辺りで手打ちに出来そうである。


 ならば、ここは早々に話題を反らしてこの人との親交も深めておきたい。


 うん、せっかくのリアルヒロせかなのだ。


 失敗した分はその分別のところで取り返して、この女執事さんにもぜひとも俺のヒロインになってもらいたいと思う。


 正直、今まで話してみた感じでも魅力的な人だと感じたし、ここは躊躇わずに連絡先だけでも引き出したいところだった。



「あの、一つよろしいでしょうか?」


「はい!なんでしょう……?」


「せっかくこうしてお話できたのですから、まずは自己紹介でもいたしませんか?」


「はっ!そうでした。私は名乗りもせずに今まで転生者様にとんだ醜態を……」


「いえいえ、ですからそれはお互い様ですよ。ちなみに、俺の名前は既に?」


「あ、いえ……実は昨晩は夜分遅くだったというのもあり、我々も陛下からは「転生者様の召喚に成功した」という旨を大まかに聞き及んでいるという程度でして。詳しいことはまだあまりお伺い出来ていないのです」


「なるほど、そういうことでしたら俺の事はどうか【アルト】とお呼びください」


「アルト様、ですね……転生者様のご芳名、しかとこの胸に刻ませていただきます」


「あはは、そんなにかしこまっていただかなくても大丈夫なのですが……そうですね、次はお姉さんのお名前を伺っても?」


「はい、勿論です。私はステファニア女王国、アーデルハイト伯爵家における現当主が長女、【リーナ・アーデルハイト】と申します」


「リーナさん、ですか……とても綺麗な響きの名です。美しい佇まいの貴方に良く似合っている」


「……っ。い、いえ、とんでもないです……」


 俺が少し格好つけて口説くと、リーナさんはまたその頬を赤く染める。


 平常時はかなり毅然とした風格のある彼女だが、こういった素直な反応を返されるとギャップも相まってかなりの破壊力だった。


 というか、さっき不注意で裸体を晒してしまったような男に口説かれてこの反応……むしろ少し心配になるんだが。


 まあ、かくいう俺もチョロいので、素直にそんなリーナさんの魅力に当てられてドギマギとしてしまっている。



 俺はそんな内心をなるべく悟られぬよう、丁度もう一つ気になっていたことをリーナさんに尋ねてみることにした。



「……しかし、リーナさんは見たところ王宮に勤めていらっしゃるようにお見受けしますが、【伯爵家】ですか?」


 正直、この件には少々込み入った事情が彼女にある可能性もあったが、後ろめたいことがあるか否かも、一度は聞いてみなければ判断のしようがない。


 ここは、まだフォローが利く内に気になったことは聞くだけ聞いてみることにする。


 仮にここで彼女が何か話しずらそうにでもすれば、この先不用意にこの話題には触れない方がいいとあらかじめ判断する事もできるしな。



 しかし、どうやらそんな俺の懸念は杞憂に終わってくれたようで、これに対してもまたあっさりと返答が返ってきた。


「はい、この国の貴族令嬢の中でも、伯爵家の娘だけは代々先代の王室に仕え修行を積み、そこでの経験を活かして王国の中枢に貢献すると決まっているのです」


「なるほど、それでリーナさんも王宮に……」


「そうですね、私の場合は今も先々代の女王陛下の下で見識を広めさせていただいておりますが、この度良い機会だからと転生者様の応対を申し付かりました」


「ということはまたお話できる機会もありそうですか」


「はい、おそらくは」


 これもまた、ゲームでは知りえなかった情報だ。


 というより、ゲームでは何故かこの国の伯爵令嬢だけがヒロインとして登場しなかったのだが、まさかそんな裏事情があったとは……。


 ゲームの方ではベル様以外の王室に関しても特に紹介はなかった為、これもまたリアルヒロせかならではの気づきである。


「ちなみになんですが、やはりこの制度にも何か理由が?」


「はい、これは貴族の中でも最大級の力を持つ公爵家だけでなく、中位ほどに位置する伯爵家もまた、王家の中枢との連携を深める間柄にしておくことで全体的なバランスを取っているのだそうです」


「それはつまり、権力的には公爵家のような大物貴族の方が上でも、有事の際は王家の中枢に深いつながりがある伯爵家もまた、その権威に対する抑止力の一つに成りえるという解釈で相違ないでしょうか?」


「はい、実際過去にこの国に存在した公爵家が不当に下位の貴族に圧力を掛け、それを問題視した伯爵家三家がその下位の貴族の後ろ盾となったことで、件の公爵家がお家取りつぶしとなった事案もございました」


「なるほど……」


 異世界の、それもリアルヒロセカの歴史背景か。いいな、ロマンがある。



「やっぱり、こちらの世界にも様々な歴史があるのですね。とても興味深いです」


「ふふっ、さようですか。もしよろしければ、お暇なときにでも色々とお調べになってみてください。ご用命いただければ、お望みの文献などもお持ちできるかと思いますので」


「ありがとうございますリーナさん。その時は有難く頼らせていただくかもしれません」


「はい、喜んで」



 その後、一通り雑談を交えつつも、俺は無事にリーナさんの連絡先をゲット出来た。


 実に転生から一日目で、ゲームでは攻略できなかった魅力的な女性とのつながりが一つできたと考えれば、これは中々幸先が良い。



 ……まあ、その出会い自体はとても幸先が良いものとは思えなかったが、終わり良ければすべて良しなのだ。うん、そういうことにしておこう。





 ちなみにだが、この後そういえばと今日一日の流れを聞けば、予想通りまずは陛下と今後について軽く話し合いを行っていくらしい。


 またその時間に関しても、どうやら元々俺が目を覚ましてから行われる予定だったらしく、リーナさんも朝の6時から一時間おきにこの部屋に起床の確認に来られていたようだった。



 正直、色々とトラブルはあったが、一応一番の懸念はこれで解消された可能性が高い。


 なんとか、二時間寝過ごしても大まかな流れはゲームと同じように進んでくれそうだった。



 まあ、その代わりといってはなんだが、俺が二時間寝坊した弊害はこうして目の前のリーナさんに出てしまったわけだが……。


 それも結果的にはなんとかなったので、今はそれで良しとしよう。




 とりあえず、これ以上この世界でボロを出さない為にも、今後は早めに健康的な生活に慣れなければと心に誓う俺であった。















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