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第2話 転生者【アルト】と女王陛下




 改めて、目の前に広がる光景に思わずごくりっと喉を鳴らした。


 ここからは、ゲームと違ってやり直しなんて利かない可能性の方が高い。


 こんな初っ端から失態を晒そうものなら、全てが水の泡だ。


 ここがリアルヒロせかの世界であるのなら、ゲームでは攻略不可だった人達だってヒロインにできるかもしれないのだ。



 ゲームの方では、仲間にできるヒロインは全て自分でキャラクリするという仕様だった。


 自動で選定され生成される性格面に、他はある程度指定してAIに生成してもらったものを調整・適応できるという仕様だったため、容姿や声、性格などが確定しているNPCはヒロインにすることが出来なかった。


 しかし、この世界が本当に異世界であったとするならば、当然既に確定した存在、実際の人物をヒロインにする形になることだろう。


 ならば、これから関わる全ての女性が自らのヒロインに成りえるということだ。


 そんな女の子達に、初対面早々転生したことへの感動のあまりに無様な姿を見せるなど……。


 己の信じるロマンの為に、そんな失態だけは絶対に犯せない。


 そう思ってなんとかこの感動を抑え込むのに四苦八苦していると、そこでついに鶴の一声が上がる。



「みな、静粛に。転生者様が困惑されているだろう」



 女王陛下だ。


 まあ、別に困っていたわけではないのだが、俺の様子がおかしいことをそう解釈してくれたのであればむしろ好都合。


 流石女王陛下。【ヒロせか】でも何かとプレイヤーを助けてくれる立ち位置のNPCだった。


 それこそ、「やっぱり本当の女神様ってあの女王陛下なのでは?」と、ゲーム内の掲示板でよくベルファスト陛下にメロつくヒロせかプレイヤーのスレが定期的に立っていただけはある。


 また彼女は、その意志の強そうな凛とした顔立ちから感じる通り、女王としての冷酷さや政治的な強かさなんかもしっかりと併せ持っている人物だ。


 それだけに油断ならない人物ではあるのだが、それでも根っこの部分はかなり慈悲深く、義理堅いキャラクターなため、そのギャップがさらに彼女の人気を加速させていた。



 かくいう俺も、自分が理想とする完璧なロールプレイへの足掛かりになると思い、一時期この女王様の考え方や所作なんかを自分なりに研究したこともある。


 実際その効果は覿面で、俺が株なんかで楽にお金を稼げるようになったのも、この女王様のマインドに強い影響を受けたからというのもあった。



 改めて目の前にした今でも、十分にその魅力が伝わってくる。


 いや、実際に目の前にしたからこそ、だろうか。


 それはもう、まさしくいい女といった雰囲気が陛下の存在感からこれ以上ない程に漏れ出ていた。


 まあ、実際研究目的以外にも、純粋に攻略不可な美人女王様とお近づき、なんてシチュエーションもロマンがあるなぁと色々妄想したくらいだ。


 この世界のリアルな質感で見ても、やはり陛下はとんでもなく美人であり、かなり魅力的な人物だと感じる。



 そこには確かに、ひろせか屈指の女傑と言われていたのも納得の風格があったのだ。



 と、そんな感じで俺が女王陛下に見惚れている合間に、当の陛下は近くにいた聖職者の一人から何やらスマホのようなものを受け取ってその内容を確認していた。


「これは……」


「はい!やはり間違いありません!!」


 女王陛下が思わずといった様子で口元に手を当てると、それに答えた聖職者の一人が感極まったような声で次々と言葉を並べていく。


「陛下、このステータスの内容は、全て大賢者様の言い伝えの通りかと存じます。ひいては、彼がこの転生に対し如何様に考えていらっしゃるか、実際に確認されるのがよろしいかと」


「そうだな、何はともあれ、彼ときちんと対話をしなければ……言語が同じとも限らんしな」


「はい、恐れながら、大賢者様もあまり多くの事を残されたわけではありませんので……」


「よい、後は私に任せよ」


「はっ!」


 どうやらそこでやりとりは終わったらしく、女王陛下がこちらへと向かってくる。


 相変わらず歩く姿も凛としていて、思わず見惚れてしまいそうになった。


 しかし、俺にもある程度冷静になれるだけの時間はあったのだ。


 今までゲーム越しにとはいえ、随分と心を入れ込んだ相手を実際に目の前にしているこの現状。


 緊張してまともな受け応えができないなんて無様は晒したくはなかったので、俺もまたキリっと身を引き締めて女王陛下と相対する。


「お、おお……流石は伝説の転生者様。あのベルファスト女王陛下に迫られてなお、堂々としておられる」


「やはり、この召喚の儀式は成功だったんですね~」


 どうやら意識して取り繕った俺の振る舞いは仔細なかったようで、周りの目から見ても自然に格好をつけられたようだ。


 耳に入ったいくつかのひそひそ声からは、皆一様に好意的な反応がうかがえた。


 それに女王陛下も一つ頷き、ついに俺の正面の辺りで歩みを止める。



 陛下は、すぐにその表情を柔らかくしてこちらに声をかけてくれた。


「転生者様、しばらくお待たせしてしまってすまなかった。こちらの事情で貴殿を召喚しておきながら、要領が悪く申し訳ない」


「いえいえ、とんでもないです。おかげで俺も少し冷静になれましたから」


 俺が努めて爽やかにフォローすると、陛下が一瞬目を丸くされる。


 しかし、それもすぐにすっと元に戻ったかと思えば、今度はどこか熱っぽい表情でこちらをじっと見つめ返してきた。



 凄まじい破壊力だ。



 これほどの美女に目の前でこんな顔をされた日には、並みの男では勘違いして逆に惚れこんでしまうのではないかと思うほど。そこには魅惑的な艶があった。


 それこそ、陛下の纏う凛とした雰囲気も相まって、これは女性ですら危ういのではないだろうか?



 しかし、ここで動揺を悟らせるような俺ではない。


 俺は彼女が油断ならない人物であるとあらかじめ知っていたし、ここがヒロせかの世界である以上、俺はこれまで通りにこの世界でロマン溢れる【理想の自分】を演じ続けるだけだ。


 故に、最初から油断何てものは皆無に等しい。


 これで少しでも動じた素振りを見せれば、言葉にはせずとも彼女の中での俺の評価はそれなりに下がっていたことだろう。


 無論、彼女はそう言った内心の評価をわざわざ表に出すようなことはしないし、むしろ相手の方が自分に少しでもいい印象を持つようにと、それはもう上手く立ち回ってくるのだろうが。


 ゲームの方でも、彼女はその辺りかなり巧妙に人と相対する人物として描写されていた。



「そうか……重ね重ね申し訳ない。これは私の悪癖でな、つい試す様なことをしてしまった」


 すると、陛下は試されているという事に気が付かれたと早々に悟ったのか、正直に袂を開き頭を下げてくださる。


 彼女の立場も考えれば、中々できる事ではないだろう。


 実際、何人かの聖職者達からは動揺の声が上がっていた。


 しかし、俺はそんな状況にも決して臆さずに、自身のロールプレイをいつも通りに実践する。


 他でもないヒロせかの世界で、自らの矜持を曲げるなんてこと、俺には死んでも許されないのだ。


「とんでもない事です、頭をお上げください陛下。俺としては、陛下のようなお綺麗な方をこうも間近に出来たのです。かえってお礼を申し上げたいくらいですよ」


「ふふっ、ありがとう。私も貴殿のような()に色好く思ってもらえて、とても嬉しいよ」


「……」



 危ない危ない。


 相変わらずこの女王陛下は人の好感度を稼ぐのがうますぎる。


 誉め言葉に誉め言葉を、それもあんなにスマートに返されただけではなく、極めつけの笑みが本当に綺麗で、綺麗という感じだった。(語彙力の消失)



 本当に凄まじい人だ。


 これがゲームの通りなら、この人は【男】という存在を初めて見るはずだというのにこれである。


 彼女は俺というたった一人のサンプルだけで、男が言われて喜ぶようなことをこの短い間に完璧に見抜いていた。



 流石の俺も、こればかりは分が悪いと早々に話題を変えることにする。


「陛下、もしよろしければ、先ずはお互いに自己紹介などいたしませんか?」


「そうだな……私としたことが肝心なことを失念していた。私はここ【ステファニア女王国】を統べる【ベルファスト・テミス・ステファニア】という。もしよければ、貴殿のご芳名(ほうめい)もお教え願えないだろうか?」


「俺は、【アルト】と申します」



 女王様の自己紹介には、あえてプレイヤー名で名乗り返した。


 その理由は単純で、つい先ほど女王陛下が確認されていただろう俺のステータス情報の中には、俺のプレイヤー名が表記されている可能性が極めて高いと考えたからである。


 どうやらその判断は正しかったようで、俺の答えには陛下もどこか上機嫌なご様子。反芻する様にして、俺の名前を何度も口にしていた。


「――――そうか、アルトか。フフっ、美しい響きの名だ。やはり音楽と何か関係が?」


「いえ、僭越ながら音楽とはまた違う由来から」


「差し支えなければ伺っても?」


「はい」


 俺は、女王様の問いかけに対して【アルト】という名は「とある人物からとった名前」として、ある程度ぼかしながら話を進めた。


 これは単に、【アルト】というプレイヤー名は【在篠拓斗(あるしのたくと)】という自分の本名からとったという真実を遠回しに答えただけなのだが、一応嘘ではない。


 勿論、嘘でごまかしても大した問題にはならないかもしれないが、一応ここがリアルであるということを加味した結果こう説明することにした。


 理由はどうあれ、嘘をついたと見破ることのできる何らかの手段があった場合、少なからずこちらの心証が悪くなる可能性があった為である。


 まあ、備えあれば憂いなしというやつだ。

      ……いささか慎重すぎるかもしれないが。


「なるほど、そうであったか……ではアルト、貴殿の事はこのままアルトと呼んでも構わないだろうか?」


「ええ、勿論です。陛下の事はこのまま陛下と?」


「いや、どうか私の事はベルと呼んでほしい。……ダメ、だろうか?」


「いえ、わかりました。では、ベル様と」


「うむ……まあ、今はそれでもよい。他の者の目もあることだしな」


 俺の呼び名に陛下は少々不満気な態度を醸し出したが、実際にはこれも様付けが正解だと俺は知っている。


 というのも、やはり沢山の人が見ている前で一国の女王を呼び捨てにするなんてのはいささか常識に欠ける言動だと言わざるを得ない。


 特に、ヒロせかはあくまでも根本が女性社会な為、ある程度体面を気にできるコミュニケーション能力を持っていなければうまく他の者と馴染めない可能性があるのだ。


 女王は、そのあたりを判断する意味でもここでまたこちらを(ふるい)にかけてくる。


 そして、これはゲーム内でも何気に重要な要素であり、女王をどう呼ぶかというこの選択も、自身が陣営に引き込めるヒロインの選択肢に影響するのだ。


 例えば、ここで無遠慮に彼女を呼び捨てにしていれば、繊細な性格や気難しい性格のキャラなどの一部プールが勧誘可能なヒロインとして生成されなくなったりする。


 またゲームでは、これを改善して呼び名を変えればヒロインの選択肢は問題なく元のプールに戻った。


 更には、陛下との関係性が【友好】の状態で【ベル様】と呼ぶようにすれば、それによって逆にヒロインの選択肢が増えるような仕様まであったのだ。


 ちなみに、ゲームの方では女王陛下と二人きりになれるようなシチュエーションはなかったため、認められた【ベル様】以上の親密な呼び方はゲームでは存在しなかった。


 当然、ヒロインでないNPC扱いだったゲームの女王陛下にはヒロイン限定の親密度システムもなく、あるのはあくまでも【敵対・中立・友好】の三つの関係値判定のみであり、彼女とそれ以上に親密になることはゲームではできなかった。


 しかし、ここがリアルであるならば、逆にこの【二人きり】のシチュエーションを作ることこそがベル様攻略への第一歩になるような予感もしている。



 俺としては、せっかくリアルになって無限にも近い可能性が生まれたのだから、攻略不可だったキャラ――――それも、仮想の存在とわかっていてなお尊敬し、魅力的な人物だと憧れていたベル様は是非とも攻略したい。


 リアルとなったヒロせかでそれが成せるかどうかは、正直言って、俺にとってかなり重要な意味を持つ。


 それこそ、自分という存在の価値全てを問われているかのような気持ちですらあった。


 その為にも、何か良いきっかけを作れるといいんだが……。




 と、そんなことを考えている間に、どうやらこの時間も終わりが近づいてきているらしい。


 俺は、次に女王陛下から覚えのあるセリフを聞くことになるだろうと、この辺りでまた少し気を引き締めた。



「さて、少々長話してしまったが、今日はもう遅い。最後に一つだけ、本来これだけは聞いておかねばならないということがあったのだが、いいだろうか?」


「はい」


 ここまで引っ張ったというのもあり、そこには言外に「今までの話の流れである程度は察しているのだが……」というようなニュアンスも含まれているような気がする。


 このような反応は初見だったため、この前置きはリアル特有のセリフだろう。


 まあ、いくら地球の方の技術が進んでいると言っても、ゲームのNPCじゃ流石にここまで機転の利いた返しはできなかった。


 俺の予想が正しければ、この前置きの後に例のセリフが来るはずだ。


 そして、その予想はこちらの世界においても正しかったようで、今度は俺も何度かゲーム内で聞いた既視感のある問いが返される。



「……アルトよ、貴殿は【転生】し、この世界に【召喚】されたことを良かったと感じているか?」



 淡々と、されどどこか覚悟を決める様にして問いかけられた言葉。


 これに関しては、ひろせかでも問われたテンプレの文言だ。


 そしてこの問いの目的だが、その最たるはやはりこの転生に手違いはないかという確認。


 一応の設定として、この世界の人達はこの召喚に対して一種の共通の認識を有している。


 それは、この世界に召喚されるのはあくまでも転生に前向きな者達であり、その内の一人、召喚された【転生者】は特別な力を持って転生してくるというもの。


 そして、自身の現状を鑑みれば、事実そうであると言えるだろう。


 特別な力に関しても、最初の方に聖職者の人と女王様が確認して納得していたようだしな。


 故に、この問いに対する答えは、勿論決まっていた。



「はい!勿論です……っ!」



 ここは、変に奇を(てら)わずシンプルな返答で良い。


 しかし、その語気はゲームの時よりもやはり力強くなってしまうもので、それがかえってこの答えが紛れもない本心であるのだと証明していた。


 ちなみに、ゲームの時にここで「いいえ」と返すと、「はい」と答えるまでベル様との会話が無限ループする。


 まあ、それも少し気になりはしたが、流石にリアルでそれを試す勇気は俺にはなかった。試す意味もそんなにないしな。





 さて、そんなこんなでベル様もちらっとおっしゃっていたが、ゲーム内でも主人公が転生するのはそれなりに遅い時間という設定だった。


 それは偶然か否か、リアルのヒロせかでも同じだったようだ。


 これ以上の事はまた後日ということになり、俺はそのまま自身の情報が登録された【スマホ】をベル様から受け取って、別室へと案内された。



 ちなみにこのスマホも、ゲームの方のヒロせかにあった物だ。


 というより、これはプレイヤーにとって、ひいてはこの世界の人類にとってもかなり重要な【アーティファクト】である。


 それは、先ほど聖職者の人やベル様が俺のステータスを確認していた時に登録されたものでもあり、この世界では身分証代わりにもなる優れもの。


 300年前に【大賢者】と呼ばれる存在が発明してからというもの、今では普通に最新の物がいくつも開発・生産されているらしいが、俺に渡されたのはその300年前の【大賢者】が手ずから作り残したという【転生者】用の特別仕様だ。


 これはゲームの方でも聞いたことのある話であり、その性能が今の最新機器にも一切劣らない優れものであるということも俺は既に知っている。


 まあ、この分ならおそらく女王であるベル様を含め、ここにいる何人かはこの特別仕様のスマホの性能が最新機器にも劣らない物だと把握しているのだろうが。


 その辺の事情は、また時間がある時にそれとなく尋ねてみればよいだろう。


 また、これは最新機器同様通話はできないがメッセージでのやりとりは可能であり、他にも簡易ストレージや自身のステータス情報の確認、パーティメンバーの確認などの機能も問題なく搭載されてある。


 それこそ転生者用のスマホに至っては、これに加えて所謂ガチャの機能なども搭載されており、ゲーム内ではそのシステム面のほとんどに関係してくる所謂【大事な物】枠のアイテムという位置づけだった。


 これは、まず間違いなくリアルヒロせかにおいても長い付き合いになるアーティファクトだろう。




 この後用意された部屋に到着したら、まずはこれの中身をじっくりと確認してみることにしようと思う。












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