第14話 【アリア・リーズロッテ】ロマンスクエスト開放01 お義姉ちゃんを褒めて褒めて!
俺はゲーム同様、スマホに表記されていた情報を信じて、アリア義姉姉さんがいると思われる中庭へと向かっていた。
道中、初めて目にする筈の男でありながら、すれ違うメイドさんの中に奇異の目を向けてくる人が一人もいなかった辺り、やはりこの家のメイドさん達のレベルの高さが伺える。
俺も一応すれ違う人達には欠かさず笑顔で挨拶するようにしたのだが、全員嫌な顔一つせず明るい挨拶を返してくれたし、誰一人として最後まで穏やかな微笑と優雅な礼を崩すことはなかった。
別邸の使用人さんでこれなのだから、本邸のメイドさん達は一体どれほどの方々なのだろうか。
正直、これほどまでにプロ意識が高い人たちを目の当たりにしたのは初めてだったので、なんだか少し気が引き締まるような思いである。
やはり、お仕事を真剣に頑張る女性は心から格好いいと思うし、尊敬する。
それに、俺もこの家の一員として迎えてもらった以上、これからはそんな彼女達にお世話になることも増えるだろう。
街に出られるようになった際は、きちんとした差し入れを用意して、改めてちゃんと一人一人にご挨拶させていただこうと心に決めた。
俺は無事に屋敷の中庭に到着し、そこでアリア義姉さんの姿を発見する。
とりあえず、屋敷の構造にも、ロマンスクエストの仕様にもゲームとの差異がなくてひとまずほっとした。
俺はアリア義姉さんがまだこちらに気づいてないことをいい事に、どうせなら格好つけた登場をしてみようかと、少し安直な男心をのぞかせる。
まあ、俺にとっては、せっかくのリアル初ロマンスクエストなのだ。
一応、あくまでもまだ【解放】の段階であって本番ではないのだが、それでも俺にとって記念すべきことに変わりはない。
それに、俺としてもただ純粋に、このひとときが彼女にとっても良い思い出になるように、少しでもロマンチックな演出を心掛けたいと思った。
そうして俺が思いついたのは、ある意味ベタと言えばベタなセリフだ。
「綺麗ですね。花も、あなたも」
突然、聞きなれない男の声に声をかけられたからか、アリア義姉さんが少し驚いた顔でこちらへと振り返る。
心なしか、一瞬かちんっと身体が固まっていたような気がするが、大丈夫だろうか?
流石に男のいない世界の女の子に、少女漫画のようなセリフをリアルでかますのは少し刺激が強かったのかもしれない。
しかし、ここまでやってしまった以上は、俺としても最早引っ込みがつかないのだ。
正直、声をかけた時のセリフも、ただでさえ前世じゃ死んでも言えなかったであろう歯の浮くようなセリフだったが……。
【アルト】としての俺であれば、そこから続く流れまで完璧にこなしてみせる自信があった。
「お姫様、よろしければここからは、この私にエスコートさせていただけませんか?」
俺は柔らかな笑みと共に、努めて優雅な所作で自身の左手を差し出す。
そこまでくると、流石にアリア義姉さんも今の状況を理解したのか、ぼっと一気に顔を真っ赤にした。
俺はその反応に、どうやらサプライズの演出はうまくいったようだと内心で小さくガッツポーズする。
とりあえず、アリア義姉さんの返事が返ってくるまでは、貴女の事だけを見てますよと言わんばかりにまっすぐに熱い視線を送り続けた。
正直、最初会ったときはあまりジロジロと見るのもと思って自重していたが、自然と見つめ合うことになったこの状況であれば、じっと彼女の美しさに見惚れていたってごまかせる。
亜麻色の髪のロングヘアに、三つ編みのハーフアップ。
少しあどけなさの残る可憐な顔立ちに、底知れない包容力を感じる柔らかで女性らしいスタイル。
俺は改めて思った。
ああ、やはりとても可憐で魅力的な女性だと。
それにこの初々しい反応。
ここに至るまで、奇しくもメイドさん達に余裕のある大人な対応をされてきたこともあり、その反応が今の俺にはクリティカルにぶっ刺さっていた。
俺がそうして見惚れていると、ようやくアリア義姉さんも少しは冷静になれたのか、未だ頬を赤らめつつ、差し出した俺の手を優しく取ってくれる。
「はい、お願いします……私の、王子様」
どうやら、俺があえて芝居じみたことをしたのを慮ってくれたらしい。
アリア義姉さんもまた、少し芝居がかった調子でそれっぽいセリフを返してくれた。
しかし、それでもやはりお互いに少しは気恥ずかしさもあるもので。
俺達は淡い羞恥心を共有して、くすりと小さく笑みを交わす。
なんだかんだ、こんな風に顔を赤くしながらもちゃんとノってくれた辺り、本当に気の良い人なんだろうなと感じた。
まあこれに関しては、ゲームで最初に攻略できる姉妹キャラの性格は、比較的攻略しやすいテンプレートの中で設定出来たという事も影響しているのかもしれないが。
実際、公爵家で最初にヒロインに出来る姉妹キャラは、ネガティブな発言を控えてヒロインを沢山褒めるようにすれば特に問題なく親密度を上げていく事ができた。
俺はアリア義姉さんが握り返してくれた華奢な手を丁寧に握り直すと、そのまま歩調を合わせて二人で中庭を見て回る。
何気に、ゲームでは特殊なモード以外ではヒロインに触れられることはなく、体温を感じる事なんてことさらなかった。
俺もアリア義姉さんも、お互いに初めて感じる異性の手の感触や温もりに、どこか感慨深い想いを抱いているように思う。
もしかしたら、俺とアリア義姉さんには少し似たところがあるのかもしれない。
それこそ、お互いに少し単純すぎるところとか、こんな風に無条件で自分を受けいれてくれる相手に絆されやすいところとか。
まだ出会ったばかりの二人の心の距離は、この体温を通じてぐっと縮まったような気がした。
それに、ゲームで何度も目にしたとはいえ、やはりここの情景も本当に美しいと感じ入る。
沢山の綺麗な花が咲き誇り、蝶が舞い、甘い花の香りが漂ってくる様はどこか穏やかな時の流れを連想させられた。
まさしく、そこにいるだけでどこか温かな気持ちになれるような素晴らしい庭園だ。
道中、俺はアリア義姉さんの表情を度々伺いつつ、お互いに少し気持ちが静まったタイミングを見計らう。
少しでも彼女をリラックスさせられるようにと、繋いだ手を度々優しく握り直したりしていたのが功を奏したのだろうか。
徐々に平静を取り戻しつつあるアリア義姉さんが、何か話をして欲しそうな顔でこちらの様子をちらちらと伺ってきていた。
どうやら、アリア義姉さんは本当にわかりやすい人らしい。
正直、俺も初めての異性との逢引というのを意識する度、かなり緊張していたのだが……。
アリア義姉さんのこういう反応のおかげか、比較的心穏やかに【アルト】としての自分を保つことが出来ていた。
「アリア義姉さんは、普段もよくここで過ごすの?」
俺は口調を元に戻し、まずは無難な切り口から会話を切り出すことにする。
「うん、そうだよ!ここのお花、すっごく綺麗でしょう?」
「はは、そうだね。どの花も本当に綺麗に咲いていて、流石、手入れもよく行き届いているように思うよ。ほら、このお花なんて、確か生育がとても難しい花なんじゃなかったっけ」
そう言って、俺が目を向けたのは一輪の青白い花だった。
「ラピスフュリアの花だよね。確か、一度咲いたら長持ちするけど、咲かせるまでが大変なお花なんだっけ」
「凄い、よく知ってたね。実はこの辺りのお花は全部、私が咲かせてここに植え直してもらったんだ」
「凄いな。それじゃあ、この花も?」
「うん、三年間欠かさずお世話して、丁度一年前に咲いたんだ。本当は本邸の方で植え直してもらおうか悩んだんだけど、このお花は王都にいるお友達からもった苗から咲かせたから、こっちにしてもらった方がいいかなって」
「なるほど、三年間も……きっとこのお花も、アリア義姉さんが沢山愛情を注いで育ててきた分、こんなに綺麗に咲いたんだね」
「……あはは、そうだと嬉しいな」
そこで一瞬、アリア義姉さんが少しだけ複雑そうな表情を見せた気がするが、すぐに彼女が話題を前に勧めたことで、結局はうやむやになる。
それからは、アリア義姉さんとこの辺りに植えてあるお花のお話で随分と盛り上がった。
ゲームでも、花関連の知識はヒロインへの贈り物を選んだりする上でもかなり重要な知識だったため、わりとはっきりと覚えていたのが功を奏したらしい。
故にこれ幸いと没頭していたのだが、俺はここで肝心の事を失念してしまっていた。
「うんうん、やっぱりアルト君も私と同じでお花が好きなんだね。嬉しい……って、ん?あれ、アルト君って確か異世界から転生して来たんだよね?その割にはちょっと詳しすぎるような?」
「あっ……」
ヤバい。
リアルにそこまで口に出かかったが、すんでのところで思いとどまる。
そうだ。完全に失念してしまっていた。
俺はこの世界に異世界転生してからまだ一日も経っていないのだ。
流石にここで、この世界と似たゲームがあるとヒロせかの話をするわけにもいかないので、何かうまい言い訳を考えなければいけない。
……が、ハッキリ言って、そんな都合よくうまい言い訳なんてすぐに考え付くわけもないので、ここはごり押しで何とかするしかなかった。
「え、えっと……俺が元居た世界にも似たような花があってさ」
「へ~そうなんだ」
……まあ、嘘は言ってない。
俺が元居た世界の、そのゲームの中には確かに存在していたわけだしな。
しかし、この心配になる位の素直さ。
流石ゲームで最初に攻略できるチュートリアル枠のヒロインだ。
正直なところ、悪いと思いつつもチョロくて助かったという気持ち半分、この人が悪い大人に騙されやしないだろうかという心配半分が本音である。
しかし、当のアリア義姉さんはそんな俺の複雑な心境を知ってか知らずか。
その興味は完全に俺の元居た世界の花の話に移ったようで、これ幸いと俺もその話にのっかって色々と地球の花について話していく。
一応、ヒロせかの世界にも地球と同じ花はいくつか存在していた筈なので、図らずとも、俺の言い訳に少し説得力が増した形になった。
そのおかげもあってか、自然とそれ以上の追及もなく話をはぐらかすことに成功した俺は、そのままそれぞれの花の花言葉について話題が移り変わった際に、少しアリア義姉さんの表情が変わったような気配を感じた。
もしや、自分が何か気に障るようなことでも言ってしまったか。
突如自分の言動を思い返して内心で慌てたが、改まって彼女の表情を伺い直せば、どうやらそういう訳でもないらしいと思い直す。
「ねえ、もしよかったらなんだけど、さ?その……初めましてのときみたいに、私の事をアリアお義姉ちゃんって、呼んでほしいかなって……」
「あっ……」
言われて思い出した。
そういえば初対面の時は、彼女の雰囲気からなんとなく察して、距離を縮めるためにあえてお義姉ちゃん呼びにしたんだっけ。
一応、あの後すぐにいきなりお義姉ちゃん呼びは流石に馴れ馴れしすぎるかと思い直して修正したのだが……どうやら本人的には、むしろそっちの方がお気に召していたらしい。
そのままの印象通り、やっぱりパーソナルスペースが少し広めな人なのだろうか?
いや、そう決めつけるのは早計か。
単に、心の距離を近づけられる相手に飢えているだけ、という可能性だってある。
実際、俺も前世では人と人との間にある言葉に出来ないような距離感や壁に、ある種の閉塞感を感じて息苦しく思っていた過去があった。
そして、そのことがきっかけでヒロせかのようなVRのギャルゲーにハマっていったのだ。
一応、ヒロせかというゲームにハマったきっかけはそれだけではなかったが、俺が所謂ギャルゲーに登場するような二次元の美少女達に傾倒していったのは、間違いなく人間関係においてのコンプレックスややるせなさなんかが起因している。
勿論、彼女が俺と同じかどうかなんて、現段階で断言する事はできない。
とはいえ、あたりを付けて言外に配慮する分には悪い事もないだろう。
それに、俺にとっても変に距離感を気にしなくていいというならその方がありがたかったというのもあった。
故に、彼女とは礼を欠かない範囲で、あまり距離感を感じるような振る舞いはしなくていいかなと考え直す。
それこそ、俺ももう少し勇気を出して踏み込んでみよう。
多少くさいセリフになったとしても、自分も素直な気持ちを正直にアリアお義姉ちゃんにぶつけてみたいと思った。
「……俺もアリアお義姉ちゃんみたいなお姉ちゃんが出来て凄く嬉しいよ」
「えっ、ほ、ほんとに?」
「ああ、嘘じゃないよ。だってお義姉ちゃん、今日、俺に会うために凄くおしゃれしてきてくれたんでしょ?わかるよ、髪もお洋服もすごくおめかししてくれてるし、本当によく似合ってる。こんなに綺麗で、それでいて自分の為に可愛いところを沢山見せてくれるお義姉ちゃんが出来て、嬉しくならない男なんていないよ」
「そ、そっか、そうなんだ、ふ~ん、そっかぁ、えへへ……」
褒められて照れる表情が本当に可愛らしい。
それに、心なしかもっと「お義姉ちゃんを褒めて褒めて!」とおねだりしてくるようなオーラすら感じるのだ。
なんというか、少しくどいくらいの誉め言葉でも、ここまで素直に喜んでくれると、褒めたこっちの方がかえって嬉しい気持ちになる。
こういうポジティブな感情を沢山共有することのできる点は、まず間違いなく彼女の長所の一つだろう。
実際、彼女と過ごす時間はとても穏やかで、幸せな時間だった。
まだ話し始めてから30分程しか経っていないのに、体感で何時間分にも感じる程充実していたのだ。
しかし、こうもずっと歩きながらおしゃべりしていると、俺はまだしも彼女の方だって疲れてくるだろう。
それこそ、俺も本音を言うと少し喉が渇いてきたし、きっとアリアお義姉ちゃんの方もそれは同じだと思う。
アリアお義姉ちゃんは俺が来る前もずっとここにいたようだし、お願いしていたお茶をいただくならこの辺りが頃合いかもしれない。
それに、お花の話もそれはそれで楽しいが、やはりお互いの事ももう少し話し合いたいという気持ちもあった。
何せ、彼女の人懐っこい性格もあってか感覚が麻痺しているだけで、俺達は今日知り合ったばかりなのだ。
ここがリアルである以上、いくらゲームでは単純だった姉妹キャラにも、確かに人としての心が存在している。
悲しいかな、どれほど気が合う相手だと思っていても、些細なすれ違いから致命的な崩壊につながりかねないのが実際の人間関係だ。
丁度いい機会だし、俺はここで一度、好きな色や好きな食べ物だなんてありきたりな事だっていい……純粋に、もっと彼女の個人的な事についても色々と聞いてみたいなと思った。