第11話 初めてのリアルロマンスクエストへのフラグ
おっぱい。
それは、男のロマンの代名詞。
ハンナと名乗るメイドさんのおっぱいは、俺が今までこの世界で目にしてきたどのおっぱいよりも大きく、そして服越しにもわかるくらい柔らかそうだった。
ふう、俺としたことが、ヒロインとしての属性に目を向けるばかりで、男のロマンの代名詞ともいえるその【至宝】から今の今まで目をそらしてしまっていたとは……。
不覚だ。
無論、俺は心の底から女性のおっぱいには貴賤なしと思うし、大きいのも小さいのも同じくらい大好きである。
しかし、それでも大きなおっぱいには大きなおっぱいからしか得られない特別な栄養素があるとも思っている。
それはまさしく、夢とロマンを体現する一つの至宝。
どこまでも追いかけてみたいとすら思わせるそれは、まさしく全人類共通の希望である。
つまり、俺にとって英雄とおっぱいは同等だ。
というか、属性ばかりに目を向けて、肝心のメイドさんの細かいところまでちゃんと見れていなかった。
うん、こんなんじゃだめだよな。
ロマンある男たるもの、女の子の細かいところまで隅々と観察しなければ。
だからそう、俺の視線が思わず舐めまわすようにハンナさんの全身に巡ってしまうのも、決して下心ではない。不可抗力なのである。
さて、そうして改めてハンナさんに目を向けてみれば、やはり気品のある佇まいからその圧倒的なプロポーションに至るまで、まさに完璧と言っていい程綺麗な人だと思った。
正直、封印した筈の俺の右目に宿る邪眼という名のヒロインカウンターにも、彼女の戦闘力は53万だと表示されているような気がする。
そのくらい、ハンナさんはなんというか、とてつもなく魅力的な人だった。
長い銀髪に、灰に近いもふもふの虎耳と、二又の虎尻尾。
目元は黒の目隠しによって隠されており、露出している口元の黒子からは少し妖艶な魅力も醸し出している。
このとき、俺は改めて決意した。
やはり、俺はこの世界を何としても守らなければならないと。
こんなロマンの塊のようなメイドさんが実在する異世界の為に身命を賭せるというなら、それは最早本望でしかない。
【リアルパーフェクトロマンティックメイド】ハンナさんを俺のヒロインにして末永く添い遂げるためにも、何が何でもこの世界を守護らなければ!
俺の中で沸々と再熱したこれからに向けての情熱は、どうやらある意味正しい解釈でハンナさんにも伝わったようである。
気付けばハンナさんが俺の目の前でぽっと頬を赤らめていた。
「その……アルト様は、女性の、その……お胸が、お好みなのでしょうか?」
「あっ……」
どうやら俺の本心は、ある意味正しい解釈で伝わってしまっていたようだ。
思わず「はいそうです!」と即答しかけた愚かな自分の口を、すんでのところで引き留められたことだけがせめてもの救いだっただろう。
ベル様といたときはかねてからの敬愛もあって自重できていたが、どうにもハンナさんの場合はその辺全くと言っていい程自重できていなかったらしい。
俺はずっと彼女の全体像を観察していたようで、次第にそのおっきなおっぱいを一点集中でガン見してしまっていたようだ。
まあ、そもそも初対面の人の容姿をじっくり観察している時点でどうなんだと思わなくもないが……。
これはもしかしなくてもゲームの時の弊害だな。
ゲームでは相対するキャラクターをじっくり観察したってゲーム的にも全く問題なかったが、流石にリアルでそれをするのは不躾が過ぎるだろう。
うん、次に会うであろう公爵家の皆さんの前では、いい加減少しは自重しようと反省した。
「その……アルト様?」
「はっ!すみません!ハンナさんの佇まいがあまりにもお綺麗だったもので、思わず見惚れてしまっておりました」
「まあ!」
我ながら無理のあるごまかしとは思ったが、どうやらこの世界では男というものが創作上の存在ということもあって、こんな無理のある言い訳も通用するらしい。
俺はこの隙を逃すまいと、そのまま勢いでごまかしてハンナさんに早速お屋敷の方まで案内してもらうことになった。
ふう、一時は自らの下心の暴走にひやひやとさせられたものだが、この分ならなんとかフォローできそうである。
しかし、今になって思ったが……。
ハンナさん、目隠ししているにもかかわらず随分と迷いのない足取りだ。
正直気にならないと言えば嘘になるが、初対面でそこまで踏み込んだことを聞いていいものかと少し躊躇う。
しかし、そんな俺の心情は視線にも出ていたのか、ハンナさんが良い感じに察してくれたらしい。
彼女はぴたりと歩みを止めると、やはり優雅な所作でこちらへと振りかえる。
「やはり、私めの目隠しがお気になりますか?」
「……はい、その、随分と迷いのない足取りをされていたので」
「ふふっ、構いませんよ。何も目が無自由で目隠しをしているというわけではありませんので」
「えっ?そうなんですか?」
「はい、申し訳ございません。紛らわしかったですよね」
「いえ、それは構わないのですが……差し支えなければ、理由を伺っても?」
「はい、勿論でございます。私めにとって、この目隠しは常在戦場、日々の鍛錬を徹底する為に身に着けているものなのです」
「鍛錬、ですか」
「はい、いついかなる時も当家のお方々の安全を確保する為に、こうして常に周りの状況を視覚に頼らずとも把握できるようにと」
「なるほど……」
気配を察知するという概念は、正直ゲームの方ではあまり実感できる機会が無かったが、彼女の話を聞く限りこちらではどうにも無視できる話ではなさそうだ。
それこそゲームでは、視覚や聴覚、一部スキルから得られる情報が全てであり、所謂第六感のようなもので何かを察知したりすることは技術的にも不可能だったのだと思う。
しかし、ここは現実だ。
ゲームとの差異がどのような結果をもたらすかは完全に未知数である。
それもあって、もし第六感のようなものを鍛える手段があるのなら、ぜひとも習得しておきたい。
よしっ、ここはダメもとでも教えてもらえるか聞いてみよう。
そう思って、試しに気配察知の訓練だけでもお願いできないだろうかとそれとなく尋ねてみた。
「――――という感じで、俺にも教えてもらう事って難しいですかね?」
「いえいえ、何も問題ございませんよ。むしろ私めなどではどれだけお役に立てるかはわかりませんが、アルト様がそこまでおっしゃられるのであればぜひとも協力させていただきたく存じます」
「本当ですか!?」
「はい、御当主様には私めの方から話をつけておきますので、今日の午後にでも時間を融通いたしましょう。少しでも肌に合わないと感じれば、いつでもそうおっしゃっていただければ構いませんので」
「いえ!せっかくなので習得を目指してしっかりと頑張らせていただきます!」
「ふふっ、あらあら、これは良いお返事でございますね」
どうやらはっきりとした決意表明が功を奏したらしい。
無事に俺の本気度も伝わったようで、心なしかハンナさんも嬉しそうだった。
もしかすると、ハンナさんはメイドをしているということもあって、人にお世話を焼いたり何かを教えたりするのが純粋に好きなのかもしれない。
うん、正直、ヒロせかには無かった現実の戦闘技術に近いものを純粋に学んでみたいという気持ちもあったが、こんなに喜んでもらえるというならそういう意味でも頼んだ甲斐があったというものだ。
美女の笑顔はプライスレス。当然のロマンである。
それに、気配察知を教えてもらうイベントが【ロマンスクエスト】の判定になる可能性もあるし、仮にそうでなくとも彼女と関わることが出来る機会は必然的に増えるだろう。
――――ロマンスクエスト。
それはヒロせかにおいて、ヒロインとの親密度を開放・レベルアップし、様々な機能を開放する為に必要なクエストの一種だ。
ゲームでは、このロマンスクエストというものが発生した時点で、そのキャラクターをヒロインにする為の条件が解放された。
その為、こちらの世界がゲームと同じシステムの上で成り立っているのであれば、このロマンスクエストの開放がスマホに通知された時点でその人を自分のヒロインに出来るということになる訳だ。
しかもこのロマンスクエスト、クエストという割に、その内容や達成条件に限りはない。
何しろ、最初の解放時のイベント以外は全てAIによる自動生成だったのだ。
その自由度の高さは現代のゲーム界隈随一であり、まさしくヒロせかのメインコンテンツを飾るに相応しい画期的なシステムだった。
それこそ、ヒロインの衣装や状況によって自動生成されるクエストの内容は柔軟に変化したし、そのクエスト内容自体にも違和感を感じたことはほとんどなかったように思う。
正直、まだこちらの世界ではお目にかかれていないロマンスクエストだが、ゲーム通りならこのすぐ後に初めてのロマンスクエストが確定で発生する流れがある筈だ。
故に、何も気を焦る必要はない。
ハンナさんとの訓練の時間も、あくまでワンチャン【ロマンスクエスト】が発生したらいいな……くらいに考えつつ、真面目に教えを受けながら、じっくりと関係値を深めていけばいいのだ。
何しろ、現状一番関わりのあるリーナさんですら【ロマンスクエスト】へのフラグは立っていないのだ。
ここは焦らずにリアル準拠で人と人との信頼関係の構築を重んじていこうと思う。
一番やってはいけないのは、ハンナさんの純粋な厚意に泥を塗ることだ。
流石の俺もその辺は弁えているし、せっかく教えてもらえるのなら、きちんと最後までやり通してこの世界での自分の手札も増やしたい。
まあ、そんなことを考えつつ下心を微妙に隠しきれていないのは我ながらどうかとは思うが……。
大事なのは行動で示すことだ。
そうして志新たにする俺の事を、心なしか隣にいるリーナさんもどこか微笑ましそうに見ているような気がする。
うん、ついさっきリーナさんに立てた誓いにも背かないよう、やはり真面目に頑張るところは頑張ろうと俺は再び気を引き締めるのだった。