第10話 目隠し獣耳デカ乳メイドさん、だとッ!?
走行中のリムジン型アーティファクトの車内、最初の話題からうまく次の話題への糸口がつかめずにいた俺とリーナさんの間には、しばし無言の時が流れていた。
正直、俺も思わぬところで自身の未熟さを自覚してしまった所為か、どうしても陰鬱な気持ちを振り払えずにいる。
だけど――――いや、だからこそ、か。
ここで目の前のリーナさんに自分の言葉一つ投げかけられないようでは、俺には救世を担う者の資格なんてないのだろう。
正直、前世のリアルでは女の子に気の利いた言葉の一つでも言えたためしはなかったが、それでも、今俺の目の前で暗い顔を浮かべるリーナさんには、せめて俺の決意くらいは口にして伝えておくべきだと思った。
ここは現実は現実でも、俺の愛したヒロせかの世界。
この世界でなら、俺はちゃんと英雄にだってなれる。
だから、たとえこれが自己満足の延長線上にあるただの夢物語だったとしても。
その夢を追うことが、結果として多くの人の為になるのなら。
まずは、俺が俺のヒロインとして向き合いたいと思った一人の女性を、少しでも勇気づけたかった。
「リーナさん」
ああ、たとえここがヒロせかの世界だったとしても、現実の女の子にこんなに本気で向き合ったのはいつ以来のことだっただろうか。
「俺は、その【二柱の英雄】さんみたいに凄い英雄になれるかはわからない」
思わず、続く言葉に力が籠っていく。
そのくらい、俺は本気だった。
その想いの強さに気づいてくれたのだろう。
リーナさんも俺の目をまっすぐに見つめ返して、その言葉の続きを静かに待っていてくれた。
「それでも俺は、この世界を守る為に全力を尽くしたい」
そう言うと、リーナさんが思わずと言った様子で目を見開き、驚きを露わにしていた。
「どうして、アルト様はそこまで――――」
言いきることができるのか。
彼女は異世界人である筈の俺が、どうして召喚されたばかりのこの世界の為にそこまで本気になれるのか、純粋に疑問に思ったのだろう。
だから俺は、ただ真剣にその想いに応える。
「さっきのリーナさんの表情を見れば、先の英雄の人達がどれほど多くの人たちを救ってきたのか、詳しく聞かなくたってわかりました」
それは嘘偽りのない自身の本心。
誰よりもロマンを重んじ、愛する者としての言葉だった。
「きっと沢山の人が守り、俺までつないでくれたんだ」
それはとても痛ましい事でもあり、同時に、心の奥底から何か熱いものが湧き上がってくるようなこの世界の軌跡。
「みんな、本気だったはずなんだ。この世界を守る為に、本気で戦ってきたはずなんだ」
それなのに、今この世界の新たな希望として祭り上げられようとしている者が、半端な気持ちでそんな尊い軌跡の上を歩いていいと思っているのか?
否、いいはずがない。
「ここで俺だけが本気にならなかったら、男じゃないだろ!」
そう、俺は男だ。
誰よりもロマンを愛し、誰よりも誰かのロマンを守りたいと願う男。
誰もが英雄と呼び慕うロマンの体現者に憧れ続け、今の今までこのヒロせかの世界にその夢を見続けてきた。
俺は自分に言い聞かせるように、何度もその事を思い出しながら、覚悟を決める。
「見ていてください、リーナさん。俺が必ず、この世界を救ってみせます。貴方がもうそんな暗い顔なんてしなくて済むように、ロマンと幸福に満ち溢れたそんな世界を、俺が取り戻してみせる」
俺が力強く言い切ると、リーナさんは数秒程沈黙し、その後意を決したように厳粛に頷いた。
「はい……」
それはたった一言の肯定。
しかし、そこには確かに、俺の本気の思いが伝わったのだとわかる、確かな意志を感じられた。
「なるほど、昨晩ベル様がおっしゃったことの意味が、ようやく私にもわかりました……」
「……ん?」
その後、リーナさんが小さく何か呟いたような気がしたが、気のせいだろうか……?
まあ、何はともあれ、俺の伝えたいことはちゃんと伝えられたから良しとしよう。
それにこのやりとりが功を奏してか、その後リーナさんとは普通に雑談をして親交を深められたので、結果的にすべてが上手くいったと言えるだろう。
うん、終わりよければ全て良し、だな!
― ― ―
さて、王宮を発ってから既に40分。
更にリーナさんが先方へと到着の連絡を入れてから追加で10分程が経って、俺達はついに目的地であるリーズロッテ公爵家の別邸へと到着していた。
「……やっぱり、スゴイデカイ」
何度かゲーム内で目にしたことがあるとはいえ、俺はそのあまりの規模に、改めて語彙力が消失する。
まあ、最高位の貴族の別邸だ。
別邸どいえども、公爵家のものともなれば大きな催しごとの会場になることだって少なくないと聞く。
その広さは、前世の地球で言うところの小学校の敷地3つ分はゆうにあるだろう。
その上、眼前にそびえたつ屋敷の規模も、王宮程ではないにしろショッピングモールくらいの大きさがあった。
正直、ヒロせかでは屋敷の中に入る際はロードを挟んでいたし、マップ的に侵入できる場所にもシステム的な制限があったからまだわかる。
ゲームでは、なんだかんだ言ってほとんど見た目だけのハリボテだったのだ。
しかし、ここはリアル。
つまり、ゲームとは違ってちゃんと細部まで作り込まれているということだ。
俺はそのあまりの規格外さに思い至り、思わず漠然としてしまう。
ゲームですら、こんな規模の建物を細部まで作っろうものならそれは最早メインコンテンツ並みと言えるだろう。
それがリアルでこんな建造物が存在するのだから流石に戦慄を覚えざるを得ない。
俺がそんな思いに肩を震わせていると、最早漫画の中でしか見たことがないような巨大な鉄格子の門が開かれ、その中から一人のメイドさんが姿を現した。
「なん、だと……」
そして、俺はそのメイドさんの思わぬ容姿に、またしても語彙力が消失する。
なんなら、今度はカチンっと音が聞こえそうなくらい、一瞬がっちがちに思考も体も固まってしまった。
――――知らない、俺はこんなの知らないぞヒロせか……!?
俺は思わずといった様子で一歩後ろに後ずさる。
こんなもの、俺のデータにないぞ!?
最早、俺の中では目の前にそびえ立つ屋敷への感慨すらも嘘のように吹き飛んでいた。
なるほど、ついにリアルのヒロせかが本気を出してきたというのか……。
俺は、驚嘆する。
――――目隠し獣耳メイドさん、だと……ッ!?
俺は常々、ロマンと性癖の可能性について寝る間も惜しんで考えてきたが、こんな夢のある存在が本当に実在していいのだろうかと思わず己の目を疑った。
そう、目の前にいた一人のメイドさんは、俺が個人的に男のロマンが詰まった【性癖三種の神器】とも考えている【目隠し・獣耳・メイド】の要素を全て併せ持った、禁断の【パーフェクトロマンティックメイド】さんだったのである。
やばい、マジで興奮のあまり鼻血が出そうだった。
いや、感動のあまり号泣してしまう可能性の方が高いかもしれない。
いかん、せめて鼻水だけは出さないようにしなければ……!
なんて俺がアホな事を考えている間にも、変わらず時は進んでいく。
その瞬間、俺は多分普通に恋に落ちたんだと思う。
それくらい目の前のメイドさんは、目隠しを付けているにも関わらず一発でこの人滅茶苦茶美人なんだろうなってワカラセてくるような、そんなロマンティックヒロインオーラにあふれていた。
「あっ……」
思わず漏れ出た俺の声に気づいてか気づかずか、メイドさんがふふっとその口元に柔らかな微笑みを浮かべる。
そして、丁寧な所作と共にこちらに一歩踏み出すと、それはもうエレガントなお辞儀を披露してくださった。
「ようこそいらっしゃいました、転生者様。私めは、今代の当家にてメイド長を仰せつかっております【ハンナ・レイラーニ】と申します。僭越ながら、本日転生者様のご案内を御当主様より仰せつかっておりますので、以後お見知りおきいただけましたら、幸いに存じます」
やばい、早く心を落ち着かせて応対しなければ!!
正直、こればっかりはもう完全に意地である。
ヒロせかでとにかく格好つけることばかりを追い求めてきた男というのは伊達じゃないのだ。
俺は直ぐに平静を装って、ハンナと名乗ったメイドさんに応対する。
「こちらこそよろしくお願いします。俺の事はどうかアルトとお呼びください」
「畏まりました。ではアルト様、私めの事もよろしければハンナとお呼びくださいませ」
なんて美しく澄んだ声色なんだ!!
思わず限界ヲタクな自分が顔を出しそうになったが、すんでのところで思いとどまった。
危ない危ない。
今俺の隣にはリーナさんだっているのだ。
彼女とは、せっかくさっきまでの道のりで親交を深めることが出来たというのに、こんなところでそんなリーナさんにまで醜態を見せるわけにはいかない。
正直言って、この時点でかなり浮気性な自分の一面が垣間見えてしまっているような気もするが……。
まあ、それはそもそもこの世界に転生した時点で沢山のヒロインを幸せにすると決めている俺だ。
ここはきちんと、全ての女の子に対して格好をつけ続けることで誠意を示そうと思う。
故に、俺は目の前の理想的なメイドさんを、今度はキリっとした表情を浮かべて見据えさせてもらった。
そうすると、このメイドさんは本当に俺の好きな属性が全て詰まった人だと改めて実感する。
しかし、大丈夫だ。
俺はもう動揺などしない。
そう、努めて堂々と、堂々と振舞うんだ。
そう思うも、今度はメイドさんの胸元の方へとがっつりと視線を向けてしまった。
その時、だった。
俺はまた、驚愕の新事実に気が付く。
いや、本当は気づいていたのに、気付かないふりをしていただけなんだ。
ああ、こんなんじゃだめだよな。
いくら格好つける必要があるからって、自分の本心にまで嘘をついちゃいけない。
俺は気持ちを新たにしたことで、ようやく肝心なことに思い至ることが出来た。
まさしく、初心に帰るというやつだ。
そう、この人は決して【目隠し・獣耳・メイド】属性だけのメイドさんじゃなかったんだ。
このメイドさん、いや、ハンナさんは――――
――――スゴイ、デカい。
そう、おっぱいもおっきかったんだああああああ!!!
この瞬間、俺の知能指数は多分一瞬で3くらいに下がったと思う。