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第9話 異世界製のリムジンの中で






 ――――まだ見ぬ転生者に思い思いの期待を募らせる者達もいる中、当のアルトは、いたって真剣な顔つきをしていた。






 ― ― ―






 それは、先の陛下との謁見の終わり際の事。



 ベル様からは二つほど、今後の俺の動向に関して重要なお話を伺っていた。


 これはどちらとも、ゲームの方でも確実に触れられていた内容だ。


 むしろあの謁見において、この二つこそが最も重要な内容だったと言っていい。



 その内容の一つ目は、ステファニア女王国領内に存在する【フェルナンド第一学園特区】、そこに存在する【フェルナンド花園育成学園第一校】略して【一校】への編入について。


 学園への編入はゲームにおけるヒロせかのメイン要素でもあり、今後俺はこの学園に通う生徒達を鍛えていく事で、邪神の軍勢へと対抗していく事になる。


 ただ、そんなゲーム同様の展開である学園への編入にも、ことリアルにおいては一つ重大な変化があった。


 それは、リアルにおけるこの世界での自身の境遇だ。


 ゲームではご都合主義もあり、重要人物であるはずの転生者が自ら危険を冒して戦闘に参加することも許されていたが、この世界ではどうにもそれが許される空気感ではない。


 正直言って、これは俺にとって非常に不本意な展開ではある。



 しかし、だからといって俺が我儘を言ってどうにかなるという話でもないだろう。


 一応、既に俺の中ではいくつか抜け道の可能性に思い至っているのだが、これは今晩にでも検証しようと思っている。


 出来れば、俺が一番上手くいってほしいと期待している案を問題なく採用できると良いのだが……。


 まあ、これはそれこそ今晩にでも考えておけばいいので、今は喫緊であるもう一つの内容について思案しよう。



 それは、この国に存在する公爵家、その内の一家である【リーズロッテ公爵家】への養子入りだ。



 普通、まだどんな人物かもわからないぼっと出の異世界人を、この国最高位の貴族である公爵家に養子入りしてもらおうなど中々踏み切れることではないだろう。


 これは正直言って、所謂転生もの物語なんかでもかなり破格の部類に入る超好待遇だと思う。


 まさしく、抱えたい人材を確実に確保せんとする辣腕(らつわん)陛下の本領がこれでもかと発揮されていた。



 まあ、それもそのはずだ。


 ヒロせかでは特に触れられていなかったが、リアルでは各国がなんとしても確保したいと試行錯誤してきたというこの転生者の召喚というアドバンテージ。


 謁見でも色々とベル様が裏で根回しをしているとは言っていたが、それにしたって各国の動向を完全に制御するのはいくら彼女でも至難の業だろう。


 それくらいは素人目にも察せられる。


 過ぎた力は身を亡ぼすとは言うが、転生者の召喚に成功したこの国とベル様の現状は、かなり難しい立ち位置の筈だ。


 故に、そこは国のトップとしての陛下の手腕がこれでもかと試される。


 難しい立ち位置でも、的確に策を弄し巧くやり切る。


 それが、彼女が女傑と呼ばれ、辣腕と評価される所以の一つだった。



 それに、これは転生者を好待遇で迎え入れることと同時に、自国の公爵家に取り込むことで言外に強力な(くびき)としての意味合いも持たせている。


 それも、聞けば転生者を自国の公爵家に取り込む理由もしっかりと用意してあり、そのあたりも抜かりがないようだった。



 この辺り、ベル様は本当に凄まじい。



 やはり、この世界のベル様も俺の知るベル様であるということに嬉しくなって、俺はより一層惚れ直してしまった。



 また、俺の存在が正式に発表されるのは明日ということで、ベル様からは今日一日は俺が養子入りする公爵家の皆さんと親交を深めてほしいともお願いされている。



 まあ、この辺りの展開は全てゲームと同じだった。



 ついでに、ゲームでは御都合展開として処理されていた経緯として、普段各領土にいる筈の公爵家がどうしてこんなドンビシャのタイミングで王都にいるのかとそれとなくベル様に尋ねてみれば……。



 そこは普通に俺の召喚が成された際に、全ての公爵家には真っ先に連絡が飛んでいたそうだ。


 各公爵家は、その日のうちに飛空艇と呼ばれる乗り物型のアーティファクトでこの王都まで移動を始めていたらしい。


 まあ、それにしたって昨日は夜分遅くでもあったし、あまりにも迅速過ぎないかとは思う。


 しかし、どうやらこの世界では全ての人物が不老であるという特性上、ほとんどの貴族では先代が何人も存命なため、仕事の引継ぎはかなり容易であるようなのだ。


 故に、多忙であるはずの公爵家の現役陣も、皆一様に連絡を受けてからすぐに出立することができたらしい。


 更には三家の公爵家の内、俺が養子入りすることになっている【リーズロッテ公爵家】の現ご当主様とその娘さん二人は、領地が王都に近かったのもあって既に王都内の別邸に到着しているようだった。



 俺はリーナさんに案内され、今は件の別邸へとリムジンのような乗り物型のアーティファクトで移動している最中だ。


 ちなみに、車内では認識阻害系の効果付与と、物理的なブラインド加工の両方がされた車窓などで俺の存在が未だ明るみにならないよう様々な対策がされているようである。


 ついでに車窓越しの景色に目を向けてみれば、車内からは問題なくヨーロッパ風の街並みを確認できた。


 この異世界製リムジンの特殊な窓は、どうやらワンウェイな作りになっているようである。


 一応ヒロせかの世界観では、魔物が出るような街の外には異世界的な大自然が広がっているものの、その街並み自体は比較的新しい地球の2020年程の文明観となっている。


 故に道路は当たり前のように舗装されていたし、普通に信号機だって存在していた。



 俺はそんな車窓から見える王都の街並みを流し見しつつ、また一つ気になることを思案していた。


 それは、これから俺が養子入りするという公爵家についてだ。


 ゲームでは、五家の公爵家から一家をプレイヤーが選択し、その家の養子になれるという仕様だった。


 しかし、これはまあ、リアルだとやはり難しかったのだろう。


 リアルの場合、この国の公爵家について何も知らないという体裁の中、そんな大事なことをその場で即決できるはずもない。


 あれはゲームだからこその御都合展開だったため、事前の根回しなどもあったと思われるリアルにおいては、あらかじめ決まっているのも納得だ。



 ちなみにゲームでは、公爵家の当主キャラはベル様と同じくただのNPCだったが、その他に義姉と義妹になるキャラがいて、それは自分でキャラクリする仕様の初期ヒロインだった。


 またこの義姉と義妹になるキャラクターだが、各家によって対応した【ヒロイン取得特性】というものを持っており、ゲームの方のヒロせかではそれを元にどの公爵家に養子入りするかを検討していた。


 一応、ゲームでは途中で養子を解除することもでき、同時に最初に選んだ義姉キャラと義妹ギャラの該当するヒロイン取得特性が自動的に消滅することで、別の公爵家に養子入りし直すという事も出来る。


 しかし、流石にリアルでそれをするのは難しいだろう。


 というか仮に実現可能だったとして、人情的にもリアルでそれをやるのはいかがなものかとも思う。


 それに、幸か不幸か俺はゲームでもロールプレイ重視だったため養子入り先を変更したことは一度もなく、その際最初に選択したのは偶然にも同じ【リーズロッテ公爵家】だった。


 故に今俺が最も気になっているのは、ベル様からそれとなく伺ったこの国の公爵家が、ゲームで登場した|五家とは違い全部で三家・・・・・・・・しかないということだろう。



「リーナさん、到着まで少し雑談でもしませんか?」


「はい、勿論です」



 俺が至って自然な感じで正面に座るリーナさんに声をかけると、彼女も少しは俺との会話に慣れてくれたのだろう、今度は特に取り乱すことなく穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれた。


 まあ、まだ王宮から出立したばかりだし、聞きたいことは聞きたいことで色々と聞きつつ、そこから話も広げてリーナさんともいくらかお近づきになれたらと思っている。


 うん、リーナさんはとても魅力的な女性だ。


 美人でおっぱいの大きな女執事さん。


 俺は大変ロマンがあると思うのですよ……。



 正直この熱い想いに下心が全くないと言えば嘘になるが、俺はなるべくそれをリーナさん悟られないように話を続ける。



「ありがとうございます。それで早速何ですけど、やはり俺はこの世界について何も知りません。ですのでまずは、ベル様から近日中に関わりを持つ可能性が高いと言われている各公爵家の方々についてお伺いしたいです。街の事なんかは、また後日案内してもらう時の方がいいと思うので」


「なるほど……といいますと、この国の【三大公爵家】についてお話すればよろしいでしょうか?」


「はい、三大公爵家(・・・・・)と強調するからには、この国の公爵家はその三家以外にもあると思っていたのですが……」


「そう、ですね……実のところ、今は(・・)その三家だけが、今この国に存在する全ての公爵家となっています」


「なるほど……」



 ……今は、ね。


 早速気になっていたことを遠回しに聞いてみると、俺は存外あっさりとその核心に迫る為の糸口を掴んだ。



「ということは、その以前にはもっと存在していたということですか?」


「はい、実はここ5年程前までは、この国の公爵家は三大公爵家と先代がいない新興の公爵家が二家の、全部で五家存在していました」



 5年前……。


 それに、ゲームの方では確かに存在していた新興の二つの公爵家が消えている点。


 俺は少し嫌な予感がして、今度はスマホの日付と年数をきちんと目を凝らして確認してみる。


 すると、そこには思わず目を見開くような情報が表示されていた。




 ――――大戦歴312年4月1日。




 これは……。


 俺は自らの動揺を取り繕うように、固唾を呑んでその情報を噛み締める。



 確か、ゲームでは転生者が召喚されたのは大戦歴300年の4月1日だった。


 つまり、ここに示されている年代を信じるなら、この世界はヒロせかにおけるゲーム開始時の12年後の世界線ということになる。



 しかも、邪神の軍勢は未だこの世界で変わらずその猛威を振るっているというのだ。


 ゲームにおいて、主人公が邪神を倒すイベントが来る年代から、とうに8年は過ぎているというのにである。



 まあ、逆にゲームでは邪神討伐以降、時間はその年の中でループして日付以外進まない仕様だったので、確かにその後の年代についての情報は俺にもない。


 その為、俺が実際に転生した12年後の世界線において、公爵家周りの現状を知らなかったのはある意味で道理だろう。



 故に、今俺が一番に気になるのは、その二家がどうしてなくなってしまったのかという点だ。


 これは明確にゲームとは違う点であり、俺もせめてここだけははっきりとさせておきたい。


 そう思って、ここは素直にその理由を尋ねてみることにする。



「リーナさん。どうして、この国の公爵家は今はこの三家だけに?」


「それは――――」


 どこか辛そうな顔をして言い淀むリーナさんに、俺も神妙な様子で問い返すことにする。


「――――やはり、邪神の軍勢が?」


「はい……」


 そう、静かに肯定したリーナさんの表情には、確かな悔しさや、やるせなさのようなものが滲んでいた。



 俺がその様子に何かただならぬものを感じていると、リーナさんもまた、どこか意を決したように神妙な顔をして話を続けてくれる。



「……この二家の御当主様は、一言で申し上げれば、この国において【二柱の英雄】とまで呼ばれる方々でした」


「二柱の英雄……まさしく、この国を支える程の英雄だったと」


「はい、このお二方は度重なる邪神の軍勢からの襲撃に際し、多大な戦果を挙げたとしてベル様やいくつもの有力なお家々によって祭り上げられたのです」


「それで、公爵家の当主に?」


「はい、ここ200年で彼女達がそれぞれ当主として新興されたお家は、確かにこの国の民達にとっての希望の旗印(はたじるし)となっておりました」



 この話の流れだけで、なんとなくこの話のオチを察してしまう。


 依然として神妙な顔をするリーナさんにつられて、俺も思わず思い詰めたような表情を素直に浮かべてしまった。


 リーナさんはその後も二柱の英雄について、色々と話を聞かせてくれたが、どうにも耳に入りきらない。


 俺は、今この心の奥底に眠っている何か大きな感情が、確かに湧き上がってくるような感覚を自覚していた。


 それはどこか懐かしく、それでいて確かな苦みのある感覚。


 痛みや苦しみさえも伴う、この熱く煮え滾るような感情は、確かに俺が前世で何度も自分の中に封じ込めてきた、俺の中にある一番の大切な心情。



 その気持ちから俺が少し目を反らそうとした隙に、偶然か必然か、リーナさんからその話のオチをつけられる。



「……そんな我が国の英雄様も、ついには邪神の軍勢の魔の手によって跡継ぎの御息女と共に殉職されてしまわれたのです。その影響で、お家も実質的に解体されてしまいました」



「ということはこの国は……」



「はい、この国は今、希望であったはずの二柱の英雄を失い、国民の間にも決して小さくない不安が広がっております」



 そう言われてもう一度王都の街並みに目を向けると、確かに道行く人々の表情にはどこか影が差している。


 不安そうな顔をした女性ばかりが行き交うその街の光景は、西洋風の美しくも発達した大都市の様相に反して、どこか寂れた印象すら抱かせるものだった。



 既に何度も眺めていた筈なのに、リーナさんからこの話を聞いてようやくそのことに気が付くなんて……。


 俺はただ夢の異世界転生というイベントに浮かれるばかりで、肝心のこの世界のことも、自分のヒロインになるかもしれない人たちの事も……。


 きちんと見ているつもりで、本当はまだ何も見れていなかったんだと、胸の奥底がチクリと痛む。



 そうだ。


 こんなことでいいはずがない。




 ……いいはずがないのに、どうすればいいのかがわからない。





「……こんな時代ですから、皆この人ならばという英雄を欲しているのです」



「……」



 リーナさんのどこか真に迫った呟きに、俺の心の奥底から、確かな熱い感情が湧き上がってくる。



 俺は明日、この人たちの前に新たな希望としてその姿をさらすことになるのだ。



 俺は依然として、車窓越しに暗い顔を浮かべながら待ちゆく人々の事を見眺める。



 俺はこの時、この世界はゲームではなく現実なのだと。


 その世界に生きる者達の希望となることが、一体どのような意味を持つのか。



 その本当の意義と責任の重さを、初めて心から実感した気がした。





















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