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第一話 領主不在の執務室

芋成分高めですが、芋の話ではありません。離縁ものです。

よろしくお願いします。


「さあ!午後も書類をやっつけちゃいましょう!頼むわね、みんな!」


 麦わら帽子をかぶった小柄な女性がパンパン!と手を叩くと、


「はぁぁいぃ」


 なんとも覇気に欠ける男たちの声がそれに応えた。


 皆の声が疲れていることに気が付くと、庭仕事をした服のままの女性、メリアーナ・フラナド伯爵夫人は執務室に置かれた重厚な椅子に腰かけて、部屋の男たちに向かって話しかける。


「今厨房で焼き菓子を焼いてもらってるところなの。焼きあがり次第小休憩にするから、そこまでひとまず集中してやっちゃいましょう」


 ぱぁっと男たちの顔色が明るくなる。

「はいっ!」


 ずっと先までのことを考えると気が重くなるばかりだが、遠い道のりも小刻みに目標点をいくつも設定すれば一つずつ先に進んでいける。目標点が目に見えればなお目指しやすい。今回の目標点は焼き菓子付きの小休憩という具合に。

 この三年でメリアーナと館に残っている皆はそのように頑張ってきた。


 メリアーナは執務室には相応しくない農作業服のままだが、咎める者はここにはいない。領地興しのため多忙を極める夫人が着替えの時間すら惜しんでいるのを、今では皆が知っているからだ。



 場所は領主館の執務室。


 両開きの扉を開いて部屋に入ると、一番奥にある立派な執務机と、その左右に小ぶりの机が左右対称に配置されており、どの机にも差配を待つ書類の束が山のように置かれている。

 

 執務机には麦わら帽子のメリアーナが座り、右の机には伯爵家に仕える書記役が、左の机には執務の相談をするために実家のベルシュタイン侯爵家から呼び寄せた補佐役が、それぞれ書類をやっつけている真っ最中である。


 メリアーナの真後ろには、ただ一人侯爵家から連れてきた護衛騎士が仁王立ちしていて、その圧にいつも頭を抱えてしまうのだが、「俺は唯一の姫の護衛騎士ですから」と決して離れることはない。


 真後ろに居られると気が散るんだけれど……

 ……あと、姫はやめて。


「ガルディ。お嬢様が集中出来ずにいる。ここは私に任せて縄張り確認してくるといい。今日はいつもと違うんだ。警戒しておくに越したことはない。それと顔が暑苦しい」


 そう言って執務机に近付いてきたのは執事のギルバートである。歩くたびに、片側に流した艶のある黒髪がふわりと揺れる。


「縄張りってあのなあ。俺を獣扱いしやがって。それと顔が暑苦しいって、どうしようもないだろが」


 ……ああ、また始まった。猛獣対暗黒魔王。仲がいいんだか悪いんだか。

 取り敢えず仲裁しないと。


「こら。ギルバートは口が悪いんだから。それとガルディ、顔はともかく暑苦しいのはほんとよ。真後ろに立たれてると気になっちゃうわ。館内の様子を確認してきてもらえる?」


 メリアーナに暑苦しいと念押しされて、ガルディはしゅんとしてしまう。

 二メルト近い長身と真っ赤な髪に黄金色の瞳はしなやかな肉食獣のようで、ギルバートが"縄張り確認してくるといい"と言った時、マーキングするところまでうっかり想像して吹き出しそうになったのは秘密だ。


 ガルディがすごすごと執務室から出て行くと、メリアーナはギルバートを見た。

 相変わらず群青色の瞳は怪しく煌めいていて、館内で働くメイドたちは彼が通り過ぎるだけで顔を赤らめる。何人かは思い切って彼に声を掛けてみたようだけれどつれなくされ、それでも人気が衰えないのはすごいと思う。女性たちによると、"あの冷たい視線もたまらなく素敵"らしい。ベルシュタイン侯爵家でも暗黒魔王とか言われてたわね。


「ギルバート、お嬢様と呼ぶのはさすがにまずいわ。わたくしはもうフラナド伯爵夫人なのよ」

「お嬢様はお嬢様です。我が崇高なる(あるじ)、並ぶ者なきベルシュタイン侯爵様の血を継いでおられるのですから」


 このお父様至上主義者め。メリアーナはここでも頭を抱えたくなる。


 ギルバートが過去の領地戦での、剣鬼のような戦いぶりのベルシュタイン侯爵に心酔して忠誠を捧げたことは領内では有名な話だ。


 男性が好きなのかしら。そんな劣情をお父様が知ったら斬られるわよ。


「私はノーマルです。変な考えを持つのはお止めください」


 即座に否定される。

 なぜ考えたことが分かったし。


「そもそもお嬢様がフラナド伯爵夫人などとは悍ましい。しかも永続的なものではありませんから。それにしても三年は長すぎる」

「ストップ、ストーップ」


 今執務室にいるのは全員、三年もの間尽きることのない書類に埋もれてきた同志ではあるが、伯爵家に仕える者たちもいるのだから、まずいものはまずい。

 ギルバートがこれ以上とんでもないことをさらっと言わないか、メリアーナは焦った。




 ◇ ◇ ◇




 三年前の彼女の輿入れは、戦かと見紛うほどの規模だった。


 道という道が、人、人、牛、馬、羊であふれ、騎馬の農業従事者と忠実な犬たちが移動を補助し、数えきれない荷車や馬車が隊列を組んで進む。

 絶対数の少ない貴重な魔導士たちが、侯爵家領地内にある魔塔から降りてきて馬に跨り、贅沢にも隊列の護衛に就いていて、村や町を通り過ぎるたびに花火を打ち出しては子供たちの歓声を浴びていた。

 家畜や援助物資、資材がとんでもなく長く続く嫁入り行列に、領民たちは腰を抜かすほど驚いたものだ。


 それだけではない。

 メリアーナは連れてきた家畜と侯爵領からやってきた土壌研究者と、酪農・放牧経験者を希望者のいる土地に派遣して、堆肥化の知識と循環型農業を教えていく。


 人材の派遣をどのようにするかの会議には彼女も参加し、ギルバートや従者たちと相談しながら行った。

『彼らのことはわたくしが一番詳しいのだもの。適材適所を考えるのも、わたくしの責任だわ』


 そうして土壌を改良し、農作物の作付けを年度ごと綿密に計画通り行ってきたことで、右肩上がりに伯爵領は持ち直した。



『領地が豊かになるのを見るのが何より好きなの。この領地は本当にやりがいがあるわ』


 そう言って笑い、空いた時間を少しでもと直接庭いじりをする奥方に、再雇用された庭師を始め心臓をキュンキュン撃ち抜かれた使用人も多数。


 困窮していた伯爵家によって暇を出された使用人たちの再雇用も(つつが)なく終えた。


『フラナド伯爵家の雇用ではなく、わたくしの名で直接雇用致します!』

 領地各地に散り散りになってしまった元使用人に向けて、メリアーナの言葉と共に再雇用の件を伝える人材が派遣されたのだった。

 気分屋の当主に、紹介状も渡されず一方的に解雇され伯爵を恨んでいる者もいて、最初こそ元使用人たちは疑心暗鬼だったものの、熱意ある説得にそれならばと戻ってきて、領主館はかつての活気を取り戻す。

 

『わたくしに賛同して手伝ってくれる者は、実はとても貴重なの。お金じゃない。人が一番の財産なのよ。皆さんが戻ってきてくれてとても嬉しいわ』


 そんなことを言ってくれる雇用主などいるだろうか。


 伯爵へのわだかまりを捨てた使用人たちは、

 "伯爵夫人のためなら一生懸命頑張ろう"

 そんな忠義心をバリバリ持つ使用人へと育った。



読んで頂いてありがとうございます。


次回 第二話

プチっと切れるメリアーナ

切れるのそこ~ッ!?


少しでも面白いと感じて頂けたり、続きが読みたいと思って頂けましたら、

↓にある☆☆☆☆☆を黒くして頂けますと嬉しいです。

次回もよろしくお願いします。


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