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シーン10 [アオシマ]なんかお前ちょっと変だしな

 調査を開始した。


 探偵社に電話して条件(名前と顔写真の有無や消息のわかっている時期やその場所など、細かく聞かれた)を伝えると、前金で十五万円、成功報酬でもう一度、十五万円という金額で探してくれるとのことだった。これくらいならぼくのポケットマネーでも払える。しかし詳しく尋ねると会員制のデータベースへの検索などが主な調査方法だと言う。そのほかには官報、不動産登記など、一般人でも手が出せる公開情報の調査も行うという。追加の調査などは別途料金がかかるが、こうなるとぼくのポケットマネーから出すのは苦しくなる。


 我那覇さんに確認したところ、実はすでにほどほどの費用でできる調査は空振りに終わっているとのことだった。


「だから、もしアオシマくんが探偵に頼むなら、特別な料金が必要になると思います」と我那覇さんは電話で語っていた。


 ぼくは黒木先輩に相談した。

 取材費として高額なモノを捻出できないかを尋ねたが、そこで会社のルールの隅を付くようなテクニックをいくつも教えてもらった。


「まさか、アオシマに先を越されるとは思わなかったよ」


 一緒に飲みに行ったお店で黒木先輩はそう言って笑った。その顔には後輩の成長を喜ぶ誇らしさが浮かんでいるように見えた。


「自分が好きな本で大ヒットさせちまうとはな。俺も読んだぜ。『ファントム・オーダー』。あれは面白いな。俺はエドワードとロビンの対決になっていくと見たね。デビルマンみたいな血みどろの対決になると見た」

「さすが鋭いです。たしかにエドとロビンが対決していくようになります」

「エドねぇ。あれ、キャラもいいな。マジメすぎるエドが静かなギャグになってるし、ロビンのクールで大胆なところもいい。巻き込まれたハルカちゃんがキレるのもわかる。あのキレ方は岡崎京子作品っぽいな。イチ読者として楽しみに待ってるよ」

「もうすでに書き溜めた原稿があるのですが、あと一年くらいかけて発行していく形です」

「見た見た。編集部にでっかく出てるカレンダーに『ファントム・オーダー』の発行日が印ついてるのな。あれ、専用でハンコ作ったろ。一年以上先のスケジュールにもハンコが定期的に押されててビビったぜ」


 黒木先輩はぼくの成功を我が事のように喜んでくれる。ぼくは素直に喜べないが、ありがたいことだと思う。


「今日は相談に乗ってくれてありがとうございます」

「おう。アオシマもこれで不良社員の仲間入りだな。まぁ『ファントム・オーダー』の人気がある内は経理もうるさく言わねぇよ。でも、ホントは何に使うんだ?」

「それは……」

「別にいいんだよ。作家先生の取材旅行でヨーロッパ行ったり贅沢してもよ。それを上回るリターンが見込めそうだからな。ついでにお前がちょっといい目見てくるのも俺は全然構わない。だが、もしそんなんじゃなくて作家先生の使い込みに可愛い後輩が利用されてるんだとしたら、その時は俺は見過ごすわけにはいかねぇ。なんかお前ちょっと変だしな」

「え? ぼくなんか変です?」

「全然嬉しそうじゃねぇ。それに痩せたろ。その割にハードワークしてるって感じでもねぇ。帰る時間は早くなったしな。一番変なのは机についてから作業開始するまでが遅ぇってところだ。まるで覚悟を決めるみてぇに一度深呼吸してから手を動かし出す。そこに今回の経費の相談だ。これらのことから俺は思った。可愛い後輩が変になっちまった。俺に助けを求めている、と」


 ぼくは迷った。ここで黒木先輩にすべてを打ち明けたらどうかと。あるいは黒木先輩なら、ぼくの立場をわかってくれるのではないかとも思う。ぼくよりも豊富な経験で、この件を軟着陸させる素晴らしいアイディアを授けてくれるかも知れない。


……だがその確証はない。


「いやーホント、ヒットしすぎて実感がなくて怖くなってるだけなんですよ」

 動揺するな。考えろ。迷っている姿を見せるな。


「で?」

「え? なんです?」

「一個前の質問だよ。何に使うんだ?」

 黒木さんは視線を逸らさずぼくの目を覗き込む。


「……実は探偵社です」

 ぼくは内心の同様を隠しながら話した。

「我那覇さんが引用する哲学者の文章なんですが、意味が違うかも知れなくて、そこをはっきりさせるために大学時代の恩師を探したいみたいなんです。どういう時代でどの文脈でそれを言ったのかがわかってる人に確認をとりたいとのことでした。ディティールにこだわるんですよ。我那覇さんは」


 完全にはウソではない。あとから「実は……」と黒木先輩を頼ることもできるだろう。まだ疑ってる様子の黒木先輩に笑顔を見せながら、ぼくの手もずいぶんと汚れてしまったなと思った。


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