阿尾ヒトシ
「こーら、ヒトシくん、いい加減に起きろ〜」
突然揺り起こされて、目をこすりながら横を見る。
「もなか先輩、なんでいるんですか? どうやって入ったんです?」
「え~と、合鍵で?」
「疑問文で答えたってダメですよ。なんでここの合鍵なんか持ってるんです?」
「いやぁ~、ヒトシくんのアパート、大学から近いからさぁ、合鍵あったら便利かな、と思って、新歓コンパのあとにさぁ、ちょ〜っと作っといたんだよね、てへっ!」
大学に入学してからは今までとなにか違うことをしよう、と思っていたオレは、たまたまチラシを目にした演劇サークルを覗きに行った。
一昨日行った新歓コンパがお開きになって皆が帰り、俺もひとりでアパートに帰ってしばらくしたら、ドアをドンドン叩かれた。夜中に迷惑な、と思って開けたら、外にいたのはへべれけに酔っ払った3回生の栗村もなか先輩だった。
はしゃいでやたらに大きな声で絡みたがるもなか先輩には辟易だ。でも、その夜はもう終電もないので、毛布だけ掛けてワンルームのキッチンの床に朝まで転がしておいて、始発電車が動き出した頃に叩き起こして帰ってもらった。
「てへぺろじゃないですよ、それって犯罪じゃないですか。勝手に作った鍵、返してください」
「まぁいいじゃないか、そのうち、鍵をなくしでもしたら、先輩に合鍵を預かってもらっておいてよかった、と思うだろうから」
「鍵なくしたりしませんから大丈夫です。もなか先輩、今日は日曜日で講義もサークルの練習もないでしょ。勝手に乱入してこないでくださいよ」
「まぁ、そう言わずに、起きたらさっさと顔を洗って、先輩について来給えよ、ヒトシくん」
もなか先輩は強引でマイペースだ。小学校時代からの幼馴染なこともあって、妙に懐かれてしまっているが、オレはどちらかといえば苦手なほうだ。まさか大学で再会するとは思ってもいなかったんだが。
「シャワー浴びたり着替えたりするんで、外に出ててください。そこの角のとこにコンビニありますから、そのへんで時間つぶしててくださいよ」
勝手に作った合鍵は返してもらえなかったが、もなか先輩を追い出して鍵を掛けた。
§ § §
オレの名前は阿尾ヒトシ。あのヒーローショーで観客から人質役に選ばれてドジ踏んだ男の子はオレだ。当時はスタッフさんやキャストさんに自分がどれだけ迷惑かけたかにも自覚がなかった。後になってからそのことに気付いたせいもあって、もう10年以上も前のことになるのに時々こうして夢に見る。
舞台の上をメチャクチャにしてしまったオレの一番の被害者は、ブルーとピンクだっただろう。台本から外れて勝手に動き回ったオレにはさぞかし腹をたてていたに違いない。今になって思うと、ブルーは顔を顰めて足を引きずっていたような気がする。捻挫か、ことによるともっと重い怪我をしていたのかもしれない。
当時は、銀河保安官5の面々にはそれぞれ「中の人」がいて、そのひとたちには銀河保安官として正義のためにダメダメ団と戦うのとは違う「リアル」の生活がある、なんてことは考えもしなかった。
あまりに昔のことなので、あとから振り返って謝りにも行けない、オレにとっての苦い思い出だ。
今日は部屋の大掃除をして洗濯もするつもりだったのに、乱入してきたもなか先輩を追い出すとき、着替えたあとで合流する約束をしてしまった。仕方がないので手早く身支度をしてオレもコンビニに向かう。
「いやぁ~、しかしヒトシくんがまさかあたしの大学のあたしの演劇サークルにあたしを追っかけて来るとはねぇ。あたしってそんなにヒトシくんに愛されていたんだねぇ」
「出鱈目を言わないでください。大学が同じだってのも知らなかったし、たんなる偶然ですよ。大体、もなか先輩、中学の時に引っ越して行っちゃってから、メッセも電話もメールも、年賀状のやり取りさえしてないじゃないですか」
「そうかい? ヒトシくんはそんなにあたしがいなくなって寂しかったのかい? キミは高校時代は体操部のエースだったんだろ? あのときの体操部のマネージャーはあたしの親友だからあたしのほうはヒトシくんの近況を、もう、ばっちり把握してたよ」
「人をストーカーみたいに言っておいて、もなか先輩のほうがあぶない人じゃないですか。で、今日はどこへ行くんです?」
「まずは電車に乗るぞ、ほんの数駅だ」
もなか先輩に連れて行かれた先は、駅ビルに昔からのデパートが入ったターミナル駅だった。