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はたち過ぎればただの人

作者: 有希乃尋

十で神童十五で才子二十過ぎればただの人


本でこの言葉を初めて見つけたとき、これはまさにわたしのことを的確に言い当てているのだと思った。


わたし、城内貴子は高校三年生、かつて神童から才子になり、そしていままさに才子からただの人への途上にある。


「すごい!貴子はもう九九ができるの?」

「それ!四年生で習う漢字よ?いつの間に覚えたの?」


物心がついた直後から、わたしは周囲から賞賛と驚嘆の声しか聞いたことがなかった。


小学生になっても勢いは衰えず、学校のテストで100点は当たり前。習い事の公文式でも小学3年生には中学3年生までのカリキュラムを終え、全国で最も進度の早い小学生として、どでかいトロフィーをもらった。


小学4年生からは電車で名古屋の中学受験塾に通ったがそこでも常に最上位クラスのトップ。全国順位でも1位の常連だった。そのまま、愛知県では女子最高峰の北山中女子部にすんなり入学した。


他方、このころのわたしにとって不幸だったのは、住んでいた地域がど田舎だったことだ。地元の小学校では、優秀過ぎて明らかに周囲から浮いていた。

しかも、わたしは高慢で謙虚さというものが皆無だった。


「美香ちゃんはどうしてこんな簡単な問題ができないの?」

「どうしてできない子に合わせて授業をするんですか?さっさと先に進めてください。」


あげくの果てには、

「みんなとは進む道が違うんだから、同じ授業を受ける意味あるんですか?」

と先生に言って、教室を凍りつかせたこともある。


そんなだから当然いじめられた。わたしの髪型がおかっぱみたいで、メガネをかけていたからであろう、『カッパメガネ』というひねりのないあだ名をつけられた挙句、みんなから無視された。

ただ、そんな誰にも話しかけられない環境は静かで読書に集中できてむしろよかった。ひとりだけずっと読んでいる本に興味を示して話しかけてくるやつがいたが・・・。


小学校を卒業し、北山中女子部に進み、地元の公立中に進む同級生と別れた時は正直せいせいした。やっと自分に相応しい世界に行けると。また通学の便のために両親が名古屋市内に引っ越してくれることになったので、地元とも縁がなくなった。


北山高校女子部の3年生になった今、おかっぱで眼鏡の見た目は神童だったころとあまり変わらない。ただ立場は大きく変わってしまった。北山中女子部に入学した当初、成績はやはりトップを独走していた。しかし、学年が進むにつれてどんどん後続に追い抜かれ、今や学年で真ん中くらい。北山高校女子部の制服のおかげでかろうじて才女の面目は保っているが、もはやごく普通になってしまった。


たまに思うことがある。神様は人の気持ちがわからないのだろうか。もしわたしに最初からみんなと同じパンが配られていたら、手持ちのパンに何の不満も持たなかっただろう。でも、最初に特別なお菓子を与えられ、その甘さを知ってしまった後、そのお菓子を取り上げられて、みんなと同じパンを配られたら、わたしがどう思うか想像しなかったんだろうか・・・。


そんなしょうもない不満を言っても仕方ないので、今日も今日とて、身の丈に合った大学に進むため、学校が終わった後、予備校で地味に勉強の日々だ。


「あっ、貴子!待った?」

「ああ、武憲くん、今来たところよ。」


今日も予備校の前で彼氏の山下武憲くんと待ち合わせだ。

これは決して間違いでも、わたしの思い込みでもない!『彼氏の』武憲くんだ。

彼はもともと同じ小学校に通っていて、そのまま地元の公立中、公立高と進んだのだが、去年の夏に同じ予備校の夏期講習で再会した。小学生の時、みんなが無視する中、唯一わたしに話しかけてくれた子が彼だ。


再会した時の最初の一言も衝撃だった。


「もしかして?あの天才の貴子ちゃん?」


彼の話によると、わたしの神童ぶりは今でもあの田舎町で伝説のように残っているらしい。しかも、彼はまだわたしを神童のころのままだと信じているらしく、久しぶりに受ける尊敬と賞賛の眼差しが心地よかった。


「ねえ、貴子ちゃん?この数学の問題わかる?」


再会した直後から、まだわたしを天才だと信じている彼は、予備校でわたしを見つけるたびに話しかけ、数学や物理の問題について質問するようになった。

わたしがその問題の解法を教えているうちに彼のわたしへの尊敬の念はますます強まり、尊敬が恋に転じて、告白されて付き合うことになった、ということだと思う。そうでなければ武憲くんがわたしを好きになる理由がまったく思いあたらない・・・。



「貴子、こないだの問題のメモありがとう!よくわかったよ。」

「いいえ、どういたしまして。でも、あのくらいで苦戦してるようじゃ厳しいわね。」

「ああ、僕は貴子ほど頭良くないからね。頑張らないと。ところで・・・また解けない問題をメールで送ったんだけど、教えてもらえないかな?」

「しょうがないわね。要点をメモにまとめてメールで返しておくわね。」

「さすが!じゃあまた授業の後にいつものところで待ってるから!」


この日もお決まりの挨拶をすると、それぞれの授業がある教室に分かれた。


その直後からがわたしの頑張りの正念場。


『ごめん!この問題なんだけど、すぐに解法のポイントまとめてくれないかしら?』

『またなの?しょうがないわね。』


メールの相手は香山奈々子、同じ高校の親友だ。もはや凡人に等しいわたしとは異なり、成績トップの正真正銘の才女だ。


『ほい、できたよ。』

『ありがと〜。』


「これをコピペしてっと・・・。」


『はい、解法のポイントまとめたよ。』

武憲くんにメールして、いっちょ上がり!


そう。かつてはバカにしていた小学校の同級生の一人である武憲くんにも、今やわたしは学力で完全に追いつかれている。武憲くんがわからない問題はわたしにもわからない。だからそのまま奈々子に丸投げ発注し、奈々子からもらった解答解説をあたかも自分で作ったかのように武憲くんに渡すというブローカーに徹している。去年再会した直後からずっと。


奈々子にはこれまでに何度も苦言を呈されている。


「もうインチキブローカー業は卒業して、早く武憲くんに本当のこと話しなよ。後になればなるほど苦しむのは貴子なんだからね。」

「うーん、わかってるんだけどね・・・。わたしが凡人だと知られたらきっと愛想をつかされちゃうだろうし・・・。もう少しだけ、ね!お願い。」

「貴子は貴子の魅力があるんだから。」

「わたしの魅力って何よ?好きになってもらえるような魅力なんて思い当たらないわよ。」

「それは・・そうね・・。」

「ちょっと!普通に納得しないでよ!」


奈々子には抗議したけど、自分でもそう思う。容姿はカッパメガネだったころのままだし、性格も神童とおだてあげられて育てられたせいか、高慢なまま歪みきってる。普通に異性に好きになってもらえる要素なんてないのは自覚している。


「じゃあ勉強を頑張って、誤解を少しでも本当にするとか・・・。」

「いや、わたしは全力で頑張ってこういう状態なんですけど・・・。」


これも事実である。奈々子にも勉強を教わり、毎日予備校にも行ってコツコツ勉強している。遊んでいた時期があるわけでもない。趣味なんて読書くらいだ。でも成績は伸びない。

きっと小学生の時の神童ぶりは、たまたま他の子よりも知能の成長が早かっただけなのだろう。そして成長が止まるのも早かった。だから他の子や武憲くんに追いつかれ、追い越されたのだ。


「わたしが取り得る選択肢はただ一つ。わたしの実力がバレて、愛想を尽かされる日を一日でも先延ばしすることよ!」


⭐︎⭐︎


「さっきはありがとね。解説がわかりやすくまとまっててよくわかったよ。」

「どういたしまして。役に立ったなら何よりよ。」


その日の授業が終わった後、武憲くんと、いつものように駅前のコンビニのカフェコーナーに行き、カウンターに並んで座った。武憲くんの電車の時間までおしゃべりできる、毎日30分だけのごほうびタイムだ。


「あの問題に関連してわかんないとこがあるんだけど・・・。」

「あ〜、そこね。簡単よ。でもせっかく二人で話せる時間なんだし・・・後で解説をメールで送っておくわね。」

本当は問題の意味すらわからん。全力で記憶して後で奈々子に解かせよう。


「ありがとう。ところで・・・大学なんだけど、貴子はどこを志望してるの?ほら、東京とか京都の方とか、同じ大学は難しいかもしれないけど、なるべく近くの大学にしたいなって・・・。」

きたきた!こいつ、まだわたしが東大とか京大に行くと誤解してるな?でも、この質問は想定済みだし、焦ることはない。


「う〜ん、実は両親が心配して家から通えるとこにしろって・・・。だから地元の国立大になっちゃうかな・・・。東大とか京大にも興味があるから、残念だけどね。」

はい、ウッソー!名古屋の中学に進ませて、わたしのために引っ越しまでしたパパママがそんなこと言うわけないじゃん。地元の国立も簡単じゃないけど、努力すればギリ行けるはず。

武憲くんは信じてくれたようで笑顔でうなずいてくれる。


「そっか〜。地元か・・僕もそうしようかな・・・。ところで学部はどうするの?昔はノーベル物理学賞を獲るって言ってたから、理学部とか?」

「それもいろいろ考えたんだけど、実は最近、国際弁護士の仕事にも興味があって・・・。クロスボーダーなビジネスにリーガルの立場から関われたらなって思ってて。だから法学部に入って司法試験を目指してみようかと思ってて。」

「へ〜!そこまで先を考えてたんだ〜!相変わらず意識高いんだね!」

武憲くんは、目を丸くして感心している。

よしよし、うまく騙せたようだ。本当は武憲くんと同じ理系にするとボロが出ちゃうだろうから、文系のそれらしい学部に行くってことにしているだけだよ〜。


・・・なんかここまで自分を偽ってると自己嫌悪に陥ってきた・・・小学生の時の神童だった自分に今のわたしの姿を見せたらどう思うんだろ・・・。

でも初めての彼氏である武憲くんには愛想を尽かされてほしくない・・・そのためにはこれしかない・・・。


そんなこんなでわたしのごまかしはうまくいって、武憲くんとの交際はその後も順調に進み、夏休みを迎えた。受験生の夏休みといえば夏期講習である。


「じゃあ、終わったらまたいつものとこで。」

「後でね、武憲くん。」


夏期講習が始まったこの日もいつものとおり予備校の前で待ち合わせ、武憲くんといつものように挨拶して、それぞれ受講する講義の教室に移動しようとした。しかし、いつもと違い、この日は邪魔者が入った。


「あっ、山下じゃん?山下もこの予備校だったの?」

「あれっ?樋口さんじゃん!どうしたの?」

「夏期講習に決まってんじゃん!」


なんだ急に親しげに話しかけてきたこの女は?武憲くんの高校の同級生かな?そう思いながらも関わり合いになりたくないので、そのまま気配を消してスーッと教室へ行こうとすると、武憲くんに呼び止められた。


「覚えてる?小学校のとき一緒だった樋口美香さん。樋口さん、城内貴子さんだよ。あの天才の。」

「え〜!もしかしてあの城内貴子さん?うっそ!あのときのまんまじゃん!」


樋口美香?そんな子いたっけ?あの頃は周囲に関心なかったからな〜。


「あっ、そうなんだ〜。じゃあ講義が始まるからわたしは先に行くね〜。」

そう言ってわたしは教室へ急いだ。誰かは知らないが、カッパメガネとしてみんなに嫌われていた時代の同級生にろくなやつはいない。武憲くんを除いて。だから関わり合いにならない方がいい・・・。



そんなわたしの思いにもかかわらず、樋口美香さんは、その講義の後、武憲くんと一緒にいつものコンビニのカフェコーナーにやってきた。

「せっかく再会できたんだからもっとお話したくって〜。」

だそうだ。せっかくのごほうびタイムが台無し・・・。


「ねえねえ!城内さんって、北山高校なんでしょ?さすが頭いいんだね〜。あの頃から周りとはレベチな感じだったもんね!」

「ええ、でもそれほどのことは・・・。」

「うん、すごく頭がよくて、こないだもまったくわからなかった難問があったんだけど、貴子に聞いたらすぐに解法を示してくれてさ。」

「えっ?なんで名前呼びなの?もしかして・・・?」

「うん、実は付き合ってるんだ。」

「ひょえ〜!えっ?どういう経緯でそうなったの?」

「いや、まあ予備校で再会して、自然に・・・。」


わたしが不機嫌オーラを出して無言の圧力をかけたことを察してくれたのか、武憲くんはうまく言葉を濁してくれた。


「え〜!じゃあこれだけ知りたい。城内さんのいったいどこに惹かれたの?そこだけほんと謎なんだけど。」

失礼な女だな〜。でも、わたしもそこは知りたい。そう思って軽くうなずくと、了承を得られたと思ったのか武憲くんが口を開いた。


「貴子は小学校のころから色々なことを教えてくれて僕の世界を広げてくれて、今も学ぶことに真摯で、そんな姿勢が尊敬できて、それで・・・。」

「ああ!山下、昔から頭のいい子好きだったもんね。中学の時の彼女も、高一のときの彼女もだっけ?みんな学年トップだし。そんで、城内さんもその系譜かな・・・?」

「ちゃんと答えたんだからもういいだろ。この話はもうおしまい。恥ずかしいよ。」

「え〜?」


やっぱり!彼は、わたしを才女だと誤解してるんだ!だから・・・。じゃあもし正体がバレたらやっぱり・・・。


⭐︎⭐︎


「まあ、物足りないけどこんなもんか・・・。」

受付で受け取った夏休み模試の結果を確認するとまあまあの出来だった。これなら地元の国立大学はなんとかなるかな・・・。

とりあえず自分で作った設定が破綻しない程度の成績に安堵するあまり、わたしは油断してしまった。


「あれ?城内さん、意外と成績普通じゃない?」

ここが予備校の自習室であることを失念していた。しかもいつの間にか後ろの席にあの樋口美香がいることも・・・。


「あたしよりはいいけどさ、あの小学生の頃の神童ぶりからすると・・・しかも山下の方が成績良くない?」

この時、わたしは動転し、焦って悪手を重ねてしまった。樋口美香を自習室から連れ出し、武憲くんに秘密にするようお願いしてしまったのだ。


「へ〜、山下には秘密なんだ。そっか〜。山下は頭のいい子が好きだから幻滅されちゃうかもね〜。」


この時の意地悪な表情を見て思い出した!こいつは小学生の時、わたしへのいじめを誘導した女子グループのリーダーじゃないか!


「ま、まあそうなの。だから秘密にしてもらえないかな?一生恩に着ますからお願いします!」

この、わたしのプライドを捨てた捨て身の懇願も小学校以来の宿敵には通じなかった。


「うーん、そうしてあげたいけど、真実を隠されたまま付き合う山下もかわいそうだよね〜。そうだ!こういうのはどう?二つ選択肢があるんだけど。」

「その二つとは?」

「一つ目は、城内さん自身が山下に本当のことを話すこと。」

「二つ目は?」

「黙って山下と別れること。そしたらあたしも黙っといてあげる。」


この憎らしい顔!見覚えがある!なんで忘れてたのかしら!


「1 週間待ってあげる。それまでに山下と別れてなかったら、あたしから山下に言うから。じゃ〜ね〜。カッパメガネちゃん。」

そう言ってくるりと振り返り、肩越しに手をひらひら振りながら去って行った。


1週間後、わたしは夏期講習の後、別の教室にいた奈々子を駅前の喫茶店に連れ出した。


「・・・ということがあって。」

「それで黙って武憲くんと別れる方を選択したというわけね。」

「うん、奈々子にはお世話になったからきちんと報告しておこうと思って。」

「大丈夫なの?」

「いや〜、むしろせいせいしたというかさ。もう自分を偽る必要なくなって気が楽になったというか。」

「ウソでしょ。」

「もともと?向こうから付き合ってくれって言われたから付き合っただけで、そんな好きじゃなかったし。」

「ウソでしょ。」

「まあ、青春の1ページとしてよい思い出になったわね。もう過去の話よ。」

「大ウソでしょ。」

「なんでウソウソ言うのよ。本心だって。彼のことはすっぱり割り切って何の未練もないわよ。」

「いやだって・・・さっきから言葉とは裏腹に滂沱の涙が頬を伝ってるわよ。」


ハッ!いつの間にわたしは女優泣きを・・。


「いや、これは目にゴミが入っただけで・・・。」

「そのレベルで涙が流れるゴミが目に入ったら失明のおそれがあるわよ・・・。素直になったら?」

「彼は、小学校の時、ヴェッ、みんながわたしを無視する中、一人だけ優しくしてくれて、グスッ、再会したら、ヴェッ、良い感じに仕上がってて、グスグス・・・。付き合ったらすごく優しくて、グスン」

「ああ、彼のことすごく好きになってたのね。でもそんなに好きならなんで武憲くんに事実を伝える方を選ばなかったのよ?」

「だって、グスッ、もし伝えて、ウェッ、失望されて、エッ、ウェッ、愛想を尽かされたら、グスグスッ、わたし耐えられない。」

「だから彼の中の貴子のイメージを守るために自分から別れを告げたと?」

激しくうなずく。

「じゃあ仕方ないじゃないのよ。」

「ウェーン、グスッグスッ」


⭐︎⭐︎


その後も失恋の痛手から立ち直りきれないまま、夏休みも後半になった。


「このコンビニ・・・毎日のごほうびタイム、幸せだったな、あの頃は・・・。」

今日もいつものように帰り道にある駅前のコンビニを路上から見て傷心を感じていた。


「あっ、あれは?」


カフェコーナーに並んで座っているのは、武憲くんと・・・奈々子!なんで?


そっか。予備校で同じクラスなんだっけ?たしか武憲くんは頭のいい子がタイプなんだよね。じゃあ奈々子はピッタリじゃん・・・。もともと武憲くんの質問に答えてたのも奈々子だし、収まるべきとこに収まったのね。


やっぱり神様はわたしに意地悪だ。恋愛でも最初に甘いお菓子を渡し、甘さに慣れたらそれを取り上げる。これから先、普通のパンで満足できるのかな?


今日は泣こう。恋愛と友情の両方が破れた記念日として。


「ちょっと待って!貴子!」

わたしが路上でしばし妄想していると、いつの間にか奈々子がコンビニから出て来てわたしの肩を掴んでいた。


「あっ、奈々子。わたしのことは気にしなくていいのよ。もはや過去の女だし。二人はお似合いだし応援するわよ。」

「ちょっと!男女が二人でいたらすぐに恋愛につなげる恋愛脳やめてよ!今は平成初期じゃないのよ!ちょうどあなたのこと話してたの。すぐ来てちょうだい。」


そういうと奈々子はわたしの手を引いてコンビニのカフェスペースに連れ込み、武憲くんの隣に座らせた。


「武憲くんに、貴子には事情があったから話を聞いてあげて欲しいって話してたんだけど、貴子が通りかかったからちょうどいい。2人で話しなさい!」


そう言うと奈々子は去って行った。「後悔しないようにね」とわたしに小声で耳打ちしながら。


「久しぶり。元気してた・・・?」

「うん・・・。」


さてどうしたものか・・・。やっぱり武憲くんの中のわたしのイメージを守った方がいいのではないだろうか・・・。


「あの、樋口さんから聞いたんだけど、偶然、貴子の成績がかんばしくないことを知っちゃったんだけど、貴子から僕に秘密にするように強く要求されたって・・・。」

「えっ?」


あの女!全然約束守ってないじゃん!いや、うかつだった。そもそもあの女が約束を守るはずない!


「その後に貴子から別れたいって言われたから、これは何かあるんじゃないかと思って。」

しかもわたしが別れるって伝える前に言ってたの?約束した1週間も待てんのかい!

しかし、そうならもう正直に話そう。


「武憲くん、ごめんなさい。ウソをついていました。」

「えっ?」

「わたしは武憲くんが思っているような人ではないんです。」

「ええっ!どういうこと?」


わたしはすべて事実を話した。武憲くんの顔をとても見ることができなかったので、下を向いたまま。中学に進学以降、みんなにどんどん成績を追い抜かれてしまったこと、だからもはや武憲くんに尊敬してもらえるような神童でも才女でもないこと、東大や京大なんてとても無理なこと、武憲くんに質問された問題も、いつも奈々子に解いてもらっていたこと・・・。


「そういった次第ですので、わたしは武憲くんには相応しくないんです。もっと頭のいい、奈々子みたいな子がいいんじゃないかと思って・・・。」


そう言っておそるおそる武憲くんの顔を見ると一言も発することなく真顔のまま黙っていた。そうだよね。伝説の神童と誤解して付き合った相手が、今やこんな凡人と知ったらそれは言葉もないよね。


わたしはこれで見納めだと思い、武憲くんの顔をまじまじと見ていると、武憲くんはハッと気づいたらように口を開いた。


「もしかして、それだけ?いや、質問の回答を香山さんが作ってたのは知らなかったけど、それ以外はだいたい知ってたよ。」

「はえっ?」

「模試でも上位者に名前が出てこないし、ほら去年の夏期講習だって最難関クラスじゃなかったじゃん。それに北山高校の友達からも少し近況を聞いてて・・・。」

「じゃ、じゃあなんで?尊敬してくれてるって・・・。わたしから学業を取ったらそれこそ好きになってもらえる要素なんてないじゃん!外見もこんなカッパメガネだし。」

「そこまで謙遜しなくても・・・好きなところはいっぱいあるけど、一番尊敬してるのは学びへの真摯な姿勢と知的なところで・・・。」

「いや、成績良くないんだってば。」

「学業成績はともかく、真面目に真摯に勉強する姿勢は尊敬してるよ。あと子どものころからずっとそうだけど、本をたくさん読んでて知識も豊富で色々新しいことを教えくれるし、話し方にも知性も感じて・・・あっ、貴子の外見も僕は好きだよ。」


武憲くんの表情は真剣で、最後の取って付けたようなわたしの容姿に関するフォローはともかく、他のことは本心から言っているようだった。


なんだよ〜。じゃあわたしはいったい何と戦ってたんだよ〜。


徒労感によりしばらく呆然としていると、武憲くんが不安そうな表情でわたしの顔を覗きこんできた。


「ごめん。元はといえば僕がきちんと貴子の好きなところをきちんと言葉に伝えていればよかったよね。それで、結局、僕には貴子しか考えられないんだ。だからもし誤解が解けたのなら、もう一度僕と付き合ってもらえないだろうか?」


わたしは、黙ってうなずきながらも、心では別のことを思っていた。神様、さっきは意地悪なんて言ってごめんなさい。もうただの人で構いません。だから、このお菓子だけは決して取り上げないでください・・・と。
























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