第62話
目を覚ますと、そこは見覚えのある天井があった。
「あ~~桜葉さんの屋敷じゃん」
そう言えばあのまま気を失ったんだっけ。ゆっくりと起き上がると、お腹の上で猫みたいに将門が寝ていた。全く可愛くもないけど。生首は猫の代わりにはならない。
「鈴? 起きたか?」
「うん。ところで将門さん。下の体はどうしたの?」
「ん? 神社におるの」
「坊主を呼んでくるっぺ」
「うん」と将門が部屋の壁を通り抜けて出ていった。
ん? 桜葉さんを呼びに行くって、見えないのに何で呼びに行ってるの? まだ紗季さんがいるの?
とにかく喉が渇いていた鈴は、ベッドテーブルに置いてある水を飲んだ。喉を潤してホッとしていると部屋の扉が勢いよく開いた音に、思わず体が跳ねる。
桜葉が駆け込んでくると鈴を抱きしめそのままベッドに押し倒した。
「鈴さん!」
「グェ」
予期しない力の強さに、カエルみたいな声が出る。
「ぐ、ぐるしい」
「すみません。将門様から、鈴さんの目が覚めたと聞いて、居ても立っても居られなくて。鈴さん、二週間も寝ていたんですよ」
「え? マジで?」
「マジです。あ、職場には連絡を入れてありますし、ご両親にも連絡済みです」
二週間も寝ていたなら普通は病院が妥当じゃないの? それより職場はいいとして、何故両親に連絡をしたのか。せっかく起きたのに、もうすでに溜息しか漏れ出なかった。
しかしそう言えば桜葉さんにキスをされた、よね? マジか……と鈴は嬉しそうにしている桜葉をちょっと直視できなかった。
「それより将門さんが見えるの? 声も聞こえるの?」
「はい! 将門様が僕の体の中に入った影響みたいです」
これまでに見たことがない桜葉の笑顔が眩しかった。
「イケメンめ」
「ありがとうございます。でも子供は、鈴さんに似た子供がいいです」
「なんでそうなる。それより私が倒れた後、どうなったの? 紗季さんは?」
桜葉の顔が曇ったのを無視して、鈴は戻ってきた将門に説明を求めた。
「怨霊はすべてが消えた訳ではないが、もう心配はないっぺ。鈴が長い間眠っていたのは、まあ怨霊に当てられてせいだっぺ。もう問題はあるまい」
あの時、憎い相手を殺すことが正解だと思っていた事を思い出して、鈴は背筋が凍る思いだった。またあんな感情を持ってしまうことが恐ろしく感じた。
「少なからず人が人を憎むのも恨むのも自然なことよ。気に病む出ないぞ鈴」
考えていた事に対して言ってくれた言葉に少なからず鈴は安心した。
「それで、紗季さんは?」
「やっと母を家に連れて帰って来る事ができました。鈴さんと将門様のおかげです」
その言い方だとどう取られていいのか。まさか生きていた? いや、でも、と鈴が何も言えず固まっていると桜葉がそれをさっしたのか説明してくれた。
「母はあの別荘の近くの林の中で埋葬されていました」
眠っている間に心の整理がある程度ついたのか、スッキリした顔で答えが返ってきた。それでもやはり桜葉の目には、悲しみが隠れているのを鈴は感じた。
「――そっか。紗季さんも喜んでたんじゃない?」
「ありがとうね! 鈴ちゃん!」
「ギャア!」
天井から鈴のべッドに落ちてきたのは、まぎれもなく紗季だった。
「な、な、な! 何で?!」
「ふふふ。驚いた? 向こうに行く前に、鈴ちゃんとしゃんとお話しをしておきたかったの」
桜葉さん、笑ってるって事は知ってたなこれは。でも私が起きるまでここにいたなら、紗季さんは桜葉さんとの時間はそれなりにあったはず。だからさっき、清々しい顔をしていたのかと鈴は何となく納得できた。
「えっと、初めまして? でいいですか?」
「そうね。初めまして。色々とごめんなさいね」
落ちてきたまま上に乗っている紗季は、鈴の手にそっと自分の手を重ねる。霊体だから重さは感じないのはいいけど、紗季さんが前のめりなってるからめちゃくちゃ距離が近い。何でこんなに近いの? 実体がないとはいえ、見える鈴にとっては距離感が辛い。
「まあ、はい。でもこれで紗季さんが成仏できそうで良かったです」
「そうね。鈴ちゃんのご両親もご迷惑をかけたわ。それについては桜葉家が保証とバックアップするように顕と透さんにも伝えてあるから、心配しないでね!」
「え? 透さんって桜葉さんのお父さんも見えてるんですか?」
「あ、夢の中で会ったのよ。あの人は見えないから」
「いや、でも怨霊の仕業なのに桜葉家が出てくるのはおかしいでしょ」
そもそも夢で顔見知り程度の一般家庭の保証とかめちゃくちゃおかしい。でも紗季さんは満面の笑顔で桜葉さんも同じで鈴はどうにでもなれという気持ちになった。
「将門さんともお別れ、かな?」
「そうじゃな。ようがんばった鈴」
また胴体は神社に戻ったのか、今は見なれた首だけだ。あの時、久々に見た完全体のほうが鈴には違和感がある。
「さて紗季殿。そろそろ時間じゃな」
「はい将門様。顕、透さんを頼むわね。顕も体には気を付けて。あと鈴ちゃんとの結婚式、向こうで楽しみにしているわ!」
「は?」
「はい母さん。落ち着いたら鈴さんを必ず桜葉家に迎えます」
「いや、ちょっと待って」
相変わらず鈴を無視するこの二人は、やはり親子だ。
「じゃあね! みんなゆっくりこっちに来るのよ」とあっさりとした挨拶だった。
紗季が光の泡に包まれてゆっくりとき消えていく様子は、映画で見たことがある光景と同じで鈴は案外にフィクションじゃないんだと感心しながら紗季を見送った。
ふと桜葉を見るとやはり少し寂しそうではあるが、心配はなさそうだった。
「それにしても桜葉さんって、紗季さん似だったね」
「そうでしょうか? 母はかなり明るい人で僕が母みたいに明るい性格ではないのですが」
「明るい暗いじゃなくてさあ」
言っても無駄だな。ずっと無駄だったし。鈴は「やっぱりりいわ」と話を切り上げた。
「鈴、坊主」
鈴と桜葉の間に浮かんでいる将門の凛々しい眉が、八の字になっているのを見て、別れが近いのかと鈴も桜葉も悟った。
「儂もこれでお別れだっぺ。世話になったな鈴」
もぎ取った有給を使って行った旅行先の東北で将門さんと会ってしまって、それから急に首だけで家に現れて、本当に色々あった。こんな濃い日を過ごすことは、これから一生ないと思う。
厳つい顔で首だけでも、慣れると案外に首だけって可愛い気になっていたし。感慨深くもなる。
「鈴、幸せになるんじゃぞ」と涙ながらに言われた。
「なんか父親みたいになってない?」
「そうじゃな。似たようなもんよ。坊主、鈴をくれぐれも頼むぞ」
「はい将門様。鈴さんを世界一幸せにします」
「いや、それは遠慮します」
「ははははっ! 鈴も中々に頑固じゃ。頑張れ坊主」
元々、将門さんは東北にある神社の神様だから、こうやってもう話す事もないんだと思うと、胸から目元にかけてじんわり熱いものがこみ上げてきた。
そして将門の首も消え、部屋には生きた鈴と桜葉だけが残った。




