第61話
「鈴ちゃん! いけません!」
「鈴! いかんぞ! 正気に戻れ!」
桜葉から分身のように将門が首だけではなくその下の胴体も付けた完全体で出てきた。その様子をやはり上の空で靄の中から鈴は見ている。何がいけないのか。正気に戻れとはどういう事なのか。自分は正気だ! と気分がささくれると黒い靄も暴れだし鬼塚は黒い靄で全く姿は見えなくなっている。
「何よ何よ何よ!! 守矢! この呪いをどうにかしなさいよ! ちょっと聞いてるの?!」
「キャンキャンうるさい鬼塚」
すると黒い靄はより黒くなった。
「いや、いや! なに?! なんなのこれ! 将門様、将門様!! やだやだやだ! ギャアァァーーーッ!」
鬼塚の声がピタリと止むと、黒い靄の中から鈴の姿が浮かび上がってきた。
「鈴!」
「守矢さん」
「うるさいなあ~~」
鈴を覆っていた黒い靄は、蛇の姿に形を変えて体に巻き付いていた。
「なんと言うことじゃ。鈴そのものが怨霊みたいになってしもうた」
「守矢さんは陰に傾いてしまったようですね。将門様」
「もしや、初めからこれが目的だったか」
「まるで呪いの集大成が怨霊のようですね」
「似たようなもんじゃよ」
「さっきから二人ともうるさいよ。人の事を怨霊とか。怨霊でもいいじゃん。何がダメなの? 死にたい人間を死なせてあげられるし、恨んでいる相手を殺してあげる事もできる。反対に、鬼塚みたいに愛して独り占めしたいから殺すのもいいじゃん。そしたら嫌な奴がいなくなってハッピーになれる。神様は助けてくれないから、私が助けてあげればいい」
今まで、いろんな人と関わってきた。ずっと相手に苦しめられてきた人が相手を刺したり殺すと、苦しめられてきた人のほうが犯罪者になり、さらに辛い境遇になる。どんな理由であれケガをさした人が犯罪者になり前科者になる。法さえも弱い人間を助けてはくれない。
でも今、自分には弱い人を助ける事ができる力を得た。鈴は今まで感じて胸の奥にしまっていた思いを、抵抗もなく二人に吐き出した。
「鬼塚は間違った力の使い方をしていた。これからは自分が正しく使う。そうすれば理不尽な逮捕や前科者になることはない。腐った人間なんて全部死ねばいい」
「鈴、本当にそれで良いのか? 確かに世の中は理不尽ではあるが、お主が言うように、弱き者を助けたとしよう。弱き者は助かったが、相手本人ではなくその者が死んで悲しむ者もいるじゃろう。さすれば、もしかすると今度は助けた弱き者がその者たちに恨まれるのではないか?」
「――」
「そうなればずっと、恨む気持ちは延々とループするわよ」
「――問題ない。そうなったら私がその恨みを食えばいい。安原や北橋を食った鬼塚みたいに」
二人の他にも知らない事案が多くあって、鬼塚が取り込んだ記憶が鈴には見えていた。
「でもその二人は何も悪くなかったわよね? 安原さんの場合は親御さんが悪いのであって娘さんは普通の子だったでしょ? 北橋さんもどちらかと言えば虐めの被害者よね? それなのに未央ちゃんに殺されたのも同じで成仏もできないのよ守矢さん。それでいいの?」
鬼塚に食われる時、泣きながら嫌だと藻掻いていた姿だった。自分も同じような事をしようとしている? 違う。私は理不尽な目にあった人を助けるのだから、鬼塚とは違う――はず。
気持ちが少し揺らいだ。同時に鈴に巻き付いていた蛇の怨霊が苦しげな動きをした。それを見ていた将門は「鈴を正気に戻すなら今じゃ! しかし」と叫ぶ。
将門の言葉に紗季は一つ案が浮かんだ。
「将門様。将門様は神格をお持ちです。それに今は完全体で力もあるでしょう。私に力をかしてくれませんか?」
「どのようにじゃ?」
「私の中、いえ顕の中に入ってください。あとは私に任せてもらえば」
「あい分かった!」
将門が顕の体の中に入ると、そのまま禍々しい鈴の目の前に立った。
「紗季、さん? 桜」
言い終えないうちに鈴は桜葉に唇を塞がれてしまった。突然の出来事に鈴は動けなくなった、数秒後には我に返って桜葉の体を引き離そうとするが、腰と後頭部を手で固定されて動けない。おまけにキスがどんどんと深くなってくる。
「んん~~~~っ!」
若干パニックになっていた鈴だったがハッとして急所を蹴り上げた。
「っ!!!」
「な、な、何してんのよ! 桜葉さん!」
「っうぅ」
膝をついて背中を丸くした桜葉の横に見覚えのある顔が二つあった。
「もしかして紗季さん? と将門さん? 将門さん、完全体じゃん」
「紗季殿! 成功したぞ!」
「はい! 将門様。まだこれからですわ」
そう言えばと鈴は自分がどうなっていたかを思い出した。
「私、鬼塚を取り込んだ? え? よく聞く闇落ちってやつだったよね?」
いまいち状況が掴めていた鈴の横目に、将門が刀を抜きどくろを巻いた蛇の形になった怨霊に斬りかかった。
「我が名、平将門の名にて命じる。滅せよ!」
怨霊は耳障りな声を上げながら、将門の刀から発せられた光に飲まれて消滅した。
「もしかして怨霊退治、終わった感じだったりする?」
「うむ。一応は解決したっぺな。まあ、完全には消えてはおらんが、大丈夫じゃろうて」
「えっと……お世話をかけたようで。ごめんなさい」
「いえ。こちらこそずっと私を探してくれてありがとう。それに私が未央ちゃんとあなたを引き合わせてしまったようなものですから」
霊体とは言え、写真で見た姿よりも紗季が綺麗だった。
「紗季殿。きっとこれは運命だったんじゃよ」
時佐田おばさんの神社に聞いた話しを思いだして、こんな運命二度とお断りだと鈴は思った。それより少し体が異様に怠いのと異様な眠気があった。
「――なんか、無理、かも」
まだ聞きたいことがあるのにまぶたが重くて開けていられない。
「鈴」
「あらあら。また後で」
将門の慌てる声とのんびりした紗季の声を聴きながら、鈴は意識を失った。




