第58話
両新が運ばれた病院に着き、医師から説明を聞いた鈴は案内された病室にいた。二人とも麻酔でぐっすりと眠っている。和明だけは容疑者として警察病院に運ばれていて、同じ病院にはいない。
「お母さん」
鈴は父より母に申し訳ない気持ちで一杯だった。年を取ると直りが悪いと言っていたのに、こんなに傷を作らせてしまった。首に手を当てると、トクトクとしっかり脈を打って温かい事に鈴は体の力が抜けた。
「鈴?」
将門の生首が厳つい眉毛を下げて心配そうに覗き込んでくる。
「問題ない」
鈴はそれだけ答えて立ち上がると、駐車場に向かった。
「どこに行くんじゃ?」
車に乗り込んで書類を見る鈴に、分かり切った質問をしてきた。
「別荘地」
「ん? 別荘地とは……まさか!」
鈴はナビを設定すると、シートベルトをしてアクセルを踏み込んだ。
車中、将門がずっと鈴を説得しようと怒ってみたりなだめてみたり、泣き落としをしたりしていたが途中で諦めたのか静かになった。
「なあ鈴。何も今日じゃなくてもいいのではないか?」
「――今日。多分、相手は私を待ってると思う。売られた喧嘩は買う。全力で買う」
「鈴はそういうところがあるのう」
どうせ遅かれ早かれ行かなくてはいけない。明日の予定が今になったところで変わりはしない。
別荘が集まっている場所から少し離れた林道を走っていく。すると何故かもう一台、シルバーのベンツが付いてくる。
「なんか、嫌な予感がする」
「もしや」
目的の別荘前で車を止めて車から降りると、ベンツも隣に止まった。そして降りてきたのはやはり桜葉だった。
「何で」
「お金を出したのは僕ですよ。それにうちはお得意様です」
「お願いしたのに。あの調査会社、契約違反じゃん」
「残念ながら、どんな調査報告であろうと一番に、僕のもとに情報がくるようになっているシステムです」
「金持ちはこれだから」
「鈴さんも、来年には僕と結婚するのでお金持ちですよ」
また言ってる。もうこれストーカー規制に引っかかってると思う。でも相手がイケメン金持ちだと適用されなさそうだと鈴はうんざりした。
桜葉の肩にいるハンドさんは見ると、全く動きがない。肩に乗っているだけの手になっていた。しかしここに紗季さんの遺体はあるんだろうか。
この別荘と昔から見ていた映像では雰囲気が違いすぎる。このレトロな洋館に、古いアパートのような風呂場がないはず。でももし遺体を運んでいれば……だから運びやすいようにバラバラにした? と考え始めた。
「鈴さん?」
「あ、うん。あ、そうだ。これ持っておいて」
鈴は首にかけていた翡翠のネックレスを桜葉に渡した。
「鈴!」
二人のやり取りを見ていた将門が声を上げている。
「これを身に着けておいて。お守りだから」
「でも鈴さんは?」
「将門さんがいるから。ほら将門さんは神様だからさ」
「鈴、ダメじゃ! それは鈴が着けておかねばならん」
「はいはい将門さん。将門さんが私を守ってね」
「もしかして将門様は反対しているのでは?」
二人のやり取りが見えていないはずなのに、桜葉はそれらしき事を口にするから鈴はトップに立つ人間は違うなと感心した。
「違う違う。桜葉さんがここに来るとは思ってなかったから驚いてるだけ。見えないし危ないから、桜葉さんを帰せって」
「鈴! 儂はそんな事は言っておらんぞ! 危ないのは確かじゃが、あれは鈴を守るものなんじゃ」
どうせ将門の声は聞こえないのだから、もっともらしい事を言えば、桜葉も納得したようだった。
「そうですか。でも僕は、母がいる場所を知りたいんです。それに理由も鬼塚未央から直接聞きたい」
それはそうだろう。自分の母親を手にかけた相手を問い詰めたいのは十分に理解できる。母親を殺されそうになった鈴も今まさに同じ気持ちに近かい。
「では行きますか」
「はい」
夏とは言え、すでに日が陰りだしている。車からライトを取り出して二人と、心配でたまらない顔をした将門は洋館の扉を開けた。
「鍵がかかっていませんね」
桜葉の言葉に鈴は頷いた。
「将門さん。中を見てきてもらう事はできる?」
「あい分かった。先陣をきろう」
ふぅっと将門は建物の中を泳ぐように飛んでいった。
中に入るとすぐにホールがり真正面奥には二階に続く階段、左右には仕切り戸が開けられたままの部屋がある。
ここは車の運転中に見た場所だ。やっぱり現実にあってこうしてくる羽目になったのか。鈴は吹き抜けになって見えている二階を見上げた。
「誰もいないような雰囲気ですが、ずっと放置されているような感じではないですね」
洋館内を見回した感想だろう。桜葉が向かって左側の部屋を覗いている。いるなら二階だと思うんだけど、将門さんがまだ戻ってこない。二階に向かった将門が出てくるかと待ってみたが、その様子は一向になかった。
何かあった? でも一応神様だから大丈夫なはず。鈴は二階に行こうとした時だった。コツコツと音が聞こえてきた。
「こんにちわ」
あの白昼夢を倣うかのようにベージュのワンピースを着た鬼塚が姿を現した。桜葉も鬼塚の登場に鈴の隣に戻ってきた。
手すりに触れながらゆっくりと階段を下りてくる。鬼塚が階段を降り切った場所と鈴たちが立っている間の距離は大体五メートルほどだろう。
「あなたが鬼塚未央」
「あら紗季さんの息子さんね。初めまして」
「――」
桜葉は挨拶には答えず、目を鋭くして現れた鬼塚を見ている。え? さっきは確かに桜葉さんの肩にいたのに、ハンドさんがいない。どこに行ったの? 一歩下がって背後を確認しても周りを見てもハンドさんは見当たらない。
ずっとハンドさんは桜葉さんから離れられないのだと思っていたが実は、意思を持って自由に動けたのか、それともこの場所に紗季さんがいるのか。鈴はでもなぜ今、息子の桜葉から離れてしまったのかと首を捻ったと同時に、かなり心もとない気分だった。
「母はどこにいるんですか?」
ゆっくり桜葉から鈴へ視線を移してまた、桜葉に戻す仕草はまるで女優でも気取っているみたいで鈴は、一体に何を言うつもりなのかと二人のやり取りを傍観することにした。
「そうね~~お隣の守矢鈴さんがご存じではなくて?」
何がなくて? だ。紗季さんに憧れて真似をしていても、真似であってそれは育ってきた環境が違うのに馬鹿げている。思わず鼻で鈴は笑ってやった。それを見て笑顔を保ってはいるものの、不愉快だと鬼塚の目は少し吊り上がった。
「ええ。鈴さんか軽くは聞きましたが、僕はあなたから直接聞きたいんです。なぜ、母を殺したんですか?」
「殺した? 殺してなんていないわ」
「え?」
思ってもみなかった答えに、桜葉から声が漏れる。鈴も鬼塚の言葉に思わず首を捻った。
「なら母は生きているんですね! どこにいるんですか?」
何故か鬼塚も不思議そうな顔をしている。どういう事? 何を企んでいる? ハンドさんが紗季さんなのは間違いがないし、そもそも前にここで会った時に私が覗いていたと言っていたから、紗季さんが殺されたのは間違いがないはず。
そもそも人を殺してバラバラにし、怨霊と一体化している相手がまともな考えをしているとは思えない。鈴は鬼塚が理解できないような事を口にする気がしていた。




