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女刑事と将門さん  作者: 安土朝顔
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第41話

 普通の人間はそんな言葉を信じない。鈴は、自分の子供も頃を少しだけ思い出して、目の前に座っている田中の孤独が痛いほど分かった。


「田中君さ、取調べの時に、体の中にアイツらが入って来たって言ってたでしょ? それって多分、悪い霊というか怨霊の類だと思う」


 俯いていた田中が、ゆっくりと顔を上げた。そして掠れた声で話し始めた。


「俺の話しを信じるんですか?」

「私、見えるほうだからね。あの時、私が田中君に声を掛けたけど、ちょっと変に思わなかった?」


 あの時を思い出しているのか「確かに、どうしてわかったんだろうって思いました」と掠れた声で返ってきた。


「うん。あの時、田中君が黒い靄に覆われていたから犯人だとわかったんだよ」


 田中は目を見開いてしっかり鈴を見つめてきた。


「――お婆ちゃんを殺したいなんて思った事はなかった。ただ鬱陶しいくらいにしか。でもアイツらが俺の頭の中に入ってきて、そしたら殺したいほど憎くなってきて……でもどれだけ言っても、俺はお婆ちゃんの首を絞めた事には変わりはないんだ」


 目を潤ませている田中はどんな理由であれ、祖母の首を絞めて殺してしまった事実を受け入れている。


 怨霊に目を付けられなかったら、普通の反抗期を過ごして何事もなく成長していたかもしれない。だってどこにでもいる思春期がきている普通の子だ。運が本当に悪かったとしか言いようがない。

 鈴は心の底から怨霊が許せないと思った。


「あのね、今日聞きたい事があって来たんだ」

「なんでしょうか?」

「こう田中君がおかしいと感じる前に、知らない人に会うというか話しかけられたり何かなかった?」

「そう言えば女の人、には」

「うん」

「ゲームセンターで一人で遊んでいる時に、女の人に声を掛けられました」

「そうなの? どんな人だったか覚えてる? 顔とか服装とか。あと話した内容とか」


 田中は唸りながら記憶を辿っているようだ。


「若い感じの綺麗な人だったと思います。ベージュのワンピースを着ていました」」

「話した内容は?」

「よくゲームセンターに来るのかとか。不満があるからこういう場所で気晴らしをしているのかとか」

「田中君はなんて答えたの?」

「無視しました。知らない人だし。でも何故か手を握られて、それが気持ち悪くて俺、逃げました」

「そう。ありがとう」


 田中は質問の意図を知りたいみたいだったが、スマホが鳴ったので、もう一度お礼を言って施設を出た。

 スマホ画面を確認ぜずに出た鈴は、声を聞いて肩の力が抜けてしまった。


「鈴さん?」

「桜葉さん。なんですか?」

「いえ。今日の夜、一緒に夕食はどうかと思いまして」


 そんなのメールで連絡してすればいいのに。そしたら無理って一言で済むのに。鈴は桜葉と関わると疲れるなと声も出なかった。


「鈴さん?」

「桜葉さん暇なの? 社長でしょ? 暇なの?!」

「忙しいですが、鈴さんと仕事は別ですよ。吐血したので栄養のある物を食べてもらいたいんです」

「デザートは別腹みたいな言い方止めてくれる? それとわざわざ電話じゃなくてメールでいいでしょ?」

「鈴さんの声が聞きたかったので」


「私、仕事中なんだけど」

「すみません。それじゃ一八時に警視庁にお迎えに行きます」

「待って待って待って。行くとは言ってないけど! どうして勝手に話しを進めるかな?」

「加地さんからは、構わないと言われているので。あと良いものを食べさせて欲しいとお願いされています。では一八時に」

「ちょっ! 桜葉さん?!」


 すでに電話は切れていた。超お金持ちでイケメン、大企業の社長なんだから他に腐るほど女の人はいるのになんで?! どれだけ高スペックでも全く人の話しを聞かない人間なんてストレスにしかならない、直ぐに桜葉に折り返したが、留守電になるだけど繋がらなかった。


 鈴は警視庁に一度戻り、元キャリアウーマンの島谷と後藤兄弟の現状を確認することにした。島谷は不起訴処分になり、今は実家に戻っている。後藤兄弟は施設預かりだった。住所を控えて話しを聞きに行くつもりだったが、既に時間は三時前で、何より昼食をまだ摂っていない。


 話しを聞くのは明日にして、ご飯を食べたら鬼塚についてもう一度履歴を調べてみるか。食堂に向かおうとエレベーターに乗り込んだ鈴は中にいる人物を見て動きを止めてしまった。


「何階ですか?」

「――」

「あの」

「え、あ、五階です」


 ハンドさん? え? 何でハンドさんが紳士そうなおじさんの肩に乗ってるの? 滅茶苦茶お手振りしてるから見慣れたハンドさんだと思うけど、何で? 皺のない控えめの光沢のある生地の濃い紺色のスーツから桜葉と同じ世界の人間だろうと鈴は想像していた。


「あの」

「え?」

「何か?」


 何を聞かれているのかいまいち理解できていなかった鈴は首を傾げた。


「私をずっと見ておられるので」

「あ、すみません! 警察に御用は済んだのかな~~と思いまして」


 ハハハハと笑ってその場を濁すつもりだった。


「ええ。妻がずっと行方不明でして。今いちど何か情報が入ってきていないか確認に」

「そうなんですね。見つかるといいですね」

「ありがとうございます。実は、今日は結婚記念日なんです。思い出のレストランを予約して今年も待つつもりです。妻は、記念日が好きなので」

「そうなんですね」


 ポンと一階で扉が開くと上品な紳士は「お仕事、頑張って下さい」と降りていった。

 あ! と鈴は紳士が誰か思い出した。


「桜葉さんのお父さんだ!」

「鈴?」


 ニョキっと将門がポケットから出てきた。


「さっき一緒だった人、桜葉さんのお父さんだよ。ハンドさんに驚いて頭が回らなかった」

「坊主の父親だったのじゃな。定期的に来ておるようだっぺ」


 悲しそうに話していた雰囲気から、本当に紗季さんの事が大事で愛しているように見えるんだけど、桜葉さんだけはそうは見えてないのにはどうしてなんだろう? 桜葉親子も謎だと鈴はエレベーターを降りて、まばらに職員がいる食堂に入った。

 資料室で鬼塚に関する物がないか、施設を含め調べてみたが何もヒットしなかった。


「唯一、暴行事件だけか」


 鈴は当時の資料を見ながらスマホに番号を打ち込む。


「どこに電話をしておるんじゃ?」

「この病院。二〇年近くで記録はないかもしれないけど、ダメ元で聞いてみようと思って」


 コール音の後に受付の女性が出て、自分の身分を告げたあとに二〇年近く前の記録があるか聞いてみたが、やはり保存期間が終わっていて情報は得られなかった。


「駄目だったっぺ?」

「うん。カルテは五年くらいで破棄してもいい事になってるからやっぱり駄目だった。それにすでにこの時期は電子カルテが普及してた頃だし」


「データならこのような感じで、嵩張らないからずっと保管は出来ないものなのか?」

「紙じゃないけど、データを保存するには保管するためのサーバーみたいなのが別にある感じで、容量は無限大じゃないから」

「しかしこれからどのように鬼塚を辿っていくんじゃ?」


 もう一つだけ、頼みの綱はあった。時間はもう直ぐ一八時。鈴は、帰り支度をして資料室を出た。

 約束時間ピッタリに迎えにきた桜葉の車に結局乗り込んだ鈴は、いつ話しを切り出そうかと考えていた。


「今日はステーキにしようと思います」

「なら美味しいお肉がいい」

「はい。任せて下さい」


 連れて来られた店は鉄板焼きスタイルで、長い帽子を被ったシェフが目の前で肉を焼いてくれている。関係がない人がいると、話題に出し難い。周りを見る限り、食事が終わればシェフは退席するみたいなので、それまでは食べる事に集中することにした。


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