2話
ランクルがいくらアウトドア用の車だからといって、木々の生い茂る森の中を走れるわけではない。
多少悪路でもゴリ押しできるってだけだ。
公道に沿って開拓された道なき道をひたすら走る。
このスピードだといつもの何倍も時間が掛かってしまうが、徒歩よりは全然マシだ。
東京から熊本まで、自分の車で来ていてよかった。
時間はありえないほど掛かったが、レンタカーだったらアウトドア用品もないし、こんな道も走れなかった。
その分、妻と子供たちと三日も会えていない。
今、こうしている間にも同じような災害が東京で起きていたらと考えると、ぞっとする。
いやさすがに都会、俺が置かれている状況よりは遥かにマシなのか……?
「——うおっ……」
さっきの野犬と同じ種だ。
いきなり飛びかかってくるから、減速もできずぶつかってしまった。
30キロ程度とは言え、ランクルは軽い車ではない。
すごい衝撃だったが……今は気にせず進むしかないな。
一匹いるということは、群れなら他にもたくさんいるだろう。
アレがこの災害と関係しているかどうかも正直定かではないが、もしそうなら他にも種がいるのだろうか。
いると考えた方が自然か……あの犬だけ特別に関係していると考えるよりは。
時間は正午、小腹も空いてきた気がする。
だからと言ってこんなところで悠長に昼食なんて取れるわけがない。
土産のつもりで買った食材はいくらでもあるのだが。
ん? あれは ——人?
だが少し違和感があるな……こんな山道に、ましてこんな災害時に、あんなところで何を——
……子供? じゃない、なんだあれは。
人型ではあるのだが、動きや造りがどうにも人っぽくない。
猿でもないし、よく見ると手に狂気らしきものも持っている。
もしかしてゴブリンってやつか?
そう考えるとなんとなくしっくりくる。
ルート上にいるからこのままだとぶつかってしまうな。
迂回するにもそんな道もない。
ちょっと止まって様子を見るか……。
距離はだいたい300メートル。
何事もなく去ってくれれば良いが。
ん、こっちに気づいたか。
走って向かってくる。遅い。
四匹ぐらいいるのか? 近づいてくると人間とは似ても似つかないな。
まあどう考えても敵か……気は進まないが、仕方ない。
降りてショベルで戦うよりも、車で強行突破してしまった方が早いだろう。
まだ距離は充分にあるから加速もできる。
当たったら車も傷つくし、ひき逃げみたいで若干気は進まないが……。
少し無理をして50キロ近く出す。
車内は悪路でスピードを出した為ガタガタと大変なことになっているが、俺と荷物しかないので今は良いだろう。
仮称ゴブリンたちは、車が近づいてスピードも出てくると、驚いたのか固まって動かなくなってしまった。
あ、これはぶつかるな。
ゴン、ゴゴン、ゴンッと大きな音を立てて、ゴブリンたちを跳ねていく。
一、二匹はたぶんタイヤの下敷きになった気がする。
ゴブリンたちの体格はまあ小学生並みなので、野犬と比べれば軽い衝撃だった。
ぶつかられた方がひとたまりもないだろうが。
心の中でごめん、とつぶやいた瞬間、また頭の中から電子音が鳴る。
▷ Lv 3
▶︎ 武器強化(2)
▶︎ 武器進化(1)
▶︎ 魔法獲得(1)
▷ 所有スキル:武器強化(1)
おっとっと—— 危ない、視界が塞がれてしまった。
ゆっくりとブレーキをかける。
やはり敵を倒すことがこの表示が現れる条件みたいだな。
ゲーム風に考えれば経験値ってとこか。
今度は身体強化がなくなって、武器進化たるものが追加されている。
そして武器強化の横に書いてある数字が増えているのを見ると、これはそれぞれの項目ごとに段階があり、選んだら増えていくってことだろうな。
さらに、所有スキルという蘭が増えていて、これは選択できない。
わかったことは、この項目それぞれがスキルと呼ばれるものだということぐらいだ。
……武器強化は具体的な実感が得られていないから、他から選ぶか。
だが、武器進化は博打だなあ…・仮にショベルが何らかの形に変化するんだとしたら、元の機能が使えるのかもわからない。
となると同じ博打でも、リスクが無さそうな魔法獲得を選ぶのが無難か。
指を魔法獲得に合わせてクリックする。
▷ 地形魔法 を 獲得しました
元の表示が消え、新たな表示が出る。
なるほど、結果が出る種類のものもあるのか。
この表示は指を軽く振ると消えた。
ただのメッセージだったってことだな。
地形魔法ね……主語も術語もないから何もわからない。
地形をどうこうするのか? 地形によって効果が変化するのか?
これは流石に試さざるを得ないな。
どんな条件で、何が起きるのかを知らないままでは何かと都合が悪い。
車を降りて、地面に手を当ててみる。
地形がなんたらと言うのなら、方向性は間違ってない……と思う。
発動条件が示されていない以上、感覚によるものなのか?
試しに地形魔法、と口に出してみたが特に何も起こらない。
アラフォーに恥ずかしいことをさせないでほしい。
今度は、具体的なイメージを持って念じてみる。
地形—— 例えば土が盛り上がるイメージ。
体からズズっと"何か"が抜けていくのがわかる。
長く粘度の高い鼻水が抜けた時の感覚が、体全身で起きている感じだ。
ぼこぼこと目の前の土が盛り上がる。
完全にイメージがトレースされている。
このままどこまでいくのか試して見ると、俺の頭上—— だいたい地上から3メートルぐらいのところまで土が盛り上がった。
とんだ意味不明なオブジェが出来上がってしまったが、魔法って気持ち良いな。
何に活かせるかまだわからないが、悪路を均したり、隠れ蓑を作ったり、便利であることは間違いなさそうだ。
だが大事な"なぜ魔法が使えるのか"とか"どうな原理で"とか、"他の人は使えるのか"などコアなところがわからない。
あんまり嬉しくない状態は変わらない為、魔法の実験はひとまず終え、電波が届く場所への移動を優先することにする。