~序~
人形姫とエレシュキガルによる二重結界は強力なものであった。
さすがに影裏族も入る隙間もない。結界の効力は地中深くにまで及ぶ。
結界石は人形兵らが次々設置する。人形兵を人間達がリモート操作していく。
逆襲する影裏族は縄で縛り……人形姫とエレシュキガルの浄化魔法で死滅させる。
こうして影裏族に取られた地を次々獣族の地として奪還していく。
夜の待機場では本当にエレシュキガルやマルコシアスが影になったり少年や少女の影の姿になることまで確認した。
つまりやはり影裏族は獣族の祖先にあたるのだ。
アネット率いる人間族は複雑な心情であった。
たかが聖女1人を追加しただけでこんなにも戦況が変わるのだ。いかに聖女が偉大かを教えてくれる。
結界を張るエネルギーは膨大である。人より数倍の食事を必要とする。なのでアネットには特にエレシュキガルの食事を絶対に見てはいけないとマルコシアスから釘を刺された。
ある日、エネルギー過多になったアネットは魔法発動でダイエットをすることにした。そこは牧場だった。何度か魔法を発動すると気配で気が付いた。丘の向こうには裸の者がいた。
それは周りから見てはいけないと言われている存在であった。しかしアネットは恐怖よりも好奇心の方が勝ってしまった。アネットはそっと身を隠して丘から望む。
あまりの異様さに声をかけることも出来なかった。山羊の角を見てまさか……やはりと思った。裸の者は魔法で牛の首を切断し手で贓物を引きちぎってうまそうに食べていた。咀嚼と吸血の音が響き渡る。
「あ……あ……ああ!」
その視線と声に獲物は気が付いた。角を抱くものは存在の察知が容易だった。
「み……た……な……?」
嬉しそうにエレシュキガルが声を発する。音もたてずにふっと浮遊魔法でこちら側に来る! 血だらけで全裸のエレシュキガルの姿は異様であった。牙も生えていた。
「お前は私の食事を見てはいけないと言われてないのか?」
アネットは何も声を上げられない。立ち上がる事すら出来なくなっていた。
「早々にここを立ち去るのだ。我は貴殿を襲ってしまうかもしれぬ。我らにとって人間の血肉は最上のご馳走なのだ。牛の肉などよりもな。そうそう……今の貴殿は血中魔素も豊富だぞ。その指輪のおかげでな。さぞ貴殿の血はうまいのだろうな……」
アネットは後悔した。そしていまのセリフで気が付いた。もはやアネットは魔素があまりないダメな令嬢ではないということに。
◆
奪還しても……人間族の土地として戻るわけではない。
影を捉える紐を作ったのは人間族の技術の成果なのに。
宿営地として各地を泊まる人間たちは特に複雑であった。
そしてついに見えて来た。
「イブラヒムだ……イブラヒムが見えて来たぞ~!」
獣族のかつての首都イブラヒムが見えてきた。
瘴空に浮かぶ街灯から発する光。大都市奪還戦が近づいて聞いた。




