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第三話

 アネットは人類にとって魔王でもあるエレシュキガルと旅にするにあたって万が一の時の場合に備えて次の聖女を決める必要があった。でないと空位となってしまい国政がガタガタになるのだ。なぜ平民から聖女を選ぶのか。それは貴族政治に不満を持つ人々の代弁者でもあるからだ。また親族への承継も許されていない。聖女の位を私物化することは許されていない。


 というよりも「聖女」という位をもらうことは国の生贄として生きる事を意味するのだ。つまりアネットが行うことは生贄探しに他ならなかった。


 なぜ落ちこぼれだったアネットを先代聖女ソフィアが選んだのかよくわかる。賢すぎてもいけない。国の母として、「聖女」は国の姉として生きるのである。野心のあるものが聖女の位に着くと大変である。最悪の場合討伐認定を下すのだ。


 あ、あの子は……。


 いつも絵を描いている子だった。いつも悲しい絵を描いている同期の子。芸術科という特殊な科にいる平民の子。そんなとこ出ても何も意味ないのに。芸術科は下手すると入学者は0名になる年も珍しくない。まれに神々の彫刻を学びに来る貴族の子がいるくらいだ。学力はかんばしくないが才能が特別に認められた貴族の子が入る学科である。まして平民なんて珍しい。貴族なら領民からの収入があるからいいがこの子はこれからどうするつもりだろう。平民が大学を出て貴族籍をとっても成り上がりの貴族の場合は領土を得られるわけじゃないのだ。


「ねえ、何描いてるの……ってえっ!?」


 自分だった。自分が人形を駆使して世界を支配する様を描いていた。本当なら怒るべきとこだが……。


 (この子、おもしろいわね)


 「ちょっと、校長室来てくれる」


 笑顔がなおの事恐怖に映ったようだ。


 「あの……絵は大丈夫ですよね?」


 「大丈夫よ」


◆◇◆◇


 「へえ、すごいねリシテアちゃん」


 絵画の絵の具の中には少量ではあるが実は魔導石が細かく刻まれてるのであった。繊細な色が出せるようになった。


 それだけでは無かった。


 「ラフ画……?」


 「違います。これは漫画と言います」


 漫画。それはセリフも入った絵である。


 「文字が読めない子でもこれを読むと絵も入ってるから文字が理解しやすく出来てます」


 (なるほど……こりゃ天才だ。教会推薦で入って来るわ。でも卒業後どうするのだろう? 売れない絵描きになるの? それ、別に平民のままでもよくね?)


 間違いない。この子だ。この子なら野望なんて持たない。


 「リシテア、これから話す事は秘密にしてください。極秘です。破ったら処刑だと思ってください。秘密を明かすまでは極秘です」


 「……はい」


 「この竜のうろこのネックレスを貴方に授けます」


 いつもアネットが首にぶら下げている竜のうろこ。


 「リシテア様。万が一私が死んだときあなたを次期聖女に指名します」


 「ええ~~~っ!!」


 「私はこれから戦争を終わらせるたびに出ます。万が一の時もあるでしょう。そのときはあなたが聖女になってください」


 「ダメって言ったら?」


 「せっかく君を美術教員にしようと思ったのにな~」


 「えっ?」


 「勿論修士に行ってからの話だよ。職業画家になりながらで大丈夫」


 「なぜ私を……」

 

 「同じだから。私は人形に魔導石によって命を吹き込んだけど貴方は画に魔導石を入れて命を吹き込んだから。奇遇だなって思って」


 沈黙が流れた。


 「受け入れます」


 「本当?」


 「私、絵しかないんで」


 「私が万が一生還しても君を指名するかもよ」


 そう、別に死ななくても聖女というのは次期聖女を指名できて辞めることが出来る。貴族院の了承が必要だが。辞めるハードルは高いが国難を乗り越えたら聖女なんて重責の職、辞めてやる。


 「本当ですか」


 「あなたも私も石で生きてるようなもんです。でもそうなるまでここにしまって」


 それは大事な桐箱だった。ネックレスをしまう桐箱。


 「謹んでお受けします」


 その言葉はアネットが心置きなく冒険の旅に出れるという合図であった。

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