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街に嵐がやって来る



「街の木が、みんな『もうすぐ嵐が来る、気をつけろ』って言うから。急いで手伝いに来たんだ。外にある鉢は、全部店の中に入れてしまおう。皆『部屋の中は嫌だ』って言うかもしれないけど。動かせないものは飛ばないように、紐で括りつけて……」


 アクロの花屋へやって来て、ペラペラと植物の気持ちを口にする男。これはリオンだ。

 唖然とするアクロを無視して、彼はてきぱきと外の鉢を動かし始めた。時折、花に話しかけながら。


「……フィー様。これはどういうことなのです」

「ええと……私にもよく分からないの」


 アクロから小声で問い詰められるが、フィリアにだって分からない。分かっているのは、リオンが『植物の気持ちが分かる』ということだけだった。




『ヒューレーの薔薇』の前で話をしたあの日から。

 リオンは、その能力を隠すことが無くなった。あくまでもフィリアとアクロの前だけであろうが、それまでは二人の前でもそんな素振りなど見せなかったのに。


「勘のいい男だとは思っていましたが、まさか」

「そうよね……私も驚いたわ」


 以前、彼は八百屋の木を見て「嬉しそう」と言った。その件はまだ『勘のいい男』で終わらせることが出来た。

 けれど先日は『ヒューレーの薔薇』を前にして「甘えたいらしい」と花の気持ちを代弁した。あれはもう──そういうことなのだろう。


 リオンが口走る植物の気持ちは、おおよそフィリア達が感じ取るものと同じで。つまり……彼にも植物の声が聞こえていると、そう考えていい。


「あの者──リオンは、妖精なのでしょうか」

「私は、違うと思っているの」


 もしリオンが妖精であったのなら……『ヒューレーの薔薇』は、あそこまで弱らなかったはずだ。彼自身も「俺ではどうにもならなかった」のだと言っていた。

 だから妖精であるアクロに頼り、フィリアに託した。弱りきったあのバラを。


「妖精では無いと思うけれど……なにか事情があるのかもしれないわね」


 そういえば、代々あのバラを受け継いでゆくような事情が彼にあった。

 それが……『ヒューレーの薔薇』だと知っての上であるとしたら。リオンはもう気付いているのではないだろうか。フィリアとアクロの正体に────




「終わったよ! 二人とも、休憩にしよう!」


 フィリアとアクロが無駄口を叩いている間に、彼一人で作業を終えてしまったようだ。外に置いてあった鉢はすべて室内に運ばれ、外を見てみれば運び込めない大きなものは柱にくくり付けられている。


「ご、ごめんなさい! 私達なにもしてないわ」

「良いのですフィー様。この者が勝手にやって来て、勝手に始めたことではないですか」

「何言ってるのアクロ! 私達の店でしょう。なのにリオン様一人で……ああ、今、お茶を淹れます、リオン様は座って……」


 リオンは少し疲れた様子で、差し出された椅子に遠慮なく腰掛けた。汗を拭いながら、彼はアクロとフィリアを眺めていて。


「俺、二人に会えて良かったな」

「えっ?」

「ほんとうに良かった」


 清々しい笑顔で、リオンは思いを口にした。

 眩しい笑顔は、疑心暗鬼になるフィリアの心を浄化してゆくようだった。




「聞いてもいいですか、リオン様」

「うん?」

「あの。先程仰っていた『嵐』とは何でしょう」


 恥を忍んで、リオンに尋ねてみた。以前「何でも教えてくれる」と、そう言っていたからだ。

 このようなことを聞いても、彼は呆れたりしないのでホッとする。きっと『フィリアは何も知らない』という前提が、リオンの中にはあるのだろう。情けないことであるが。


「『嵐』は、ものすごく強い雨風……っていうイメージかな」

「ものすごく強い雨風……天候のことだったのですね」

「そう。フィーが飛ばされてしまうくらいの。鉢なんて、嵐の風で簡単に飛んでいってしまうんだよ」


 それは一大事だ。『嵐』が来る前に、リオンに鉢を移動してもらえて本当に良かった。

 妖精の国ヒューレーは、一年中温暖な気候の穏やかな国。森はずっと青々としているし、花も次々と咲いて絶えることが無い。時折、雨が降り風も吹くが、フィリアはそれほどまでに強い雨風を経験したことがなかった。


「なんだか……『嵐』は怖いですね」

「家の中に居れば大丈夫だよ。嵐の日は、皆が家に籠って嵐が過ぎ去るのを待つんだ」


 そうなのか。ひとたび嵐がやって来れば、家からは出られないということなのか。

 

「フィー様、私がついております。そのように怖がらなくても大丈夫ですよ」

「そうだよ、俺もいるからね」


 当然のように「俺もいる」と口にしたリオン。フィリアは驚き、アクロは眼鏡を光らせ……彼に帰るよう促した。


「リオン、君はすぐ帰るように。嵐が来ると帰れなくなるぞ」

「フィーがこんなに怖がっているのに、帰れないよ」

「あの、私は大丈夫ですから直ちにお帰りを……お家の方も心配なさるでしょうし」


 フィリアの言葉にリオンは腕を組んで、何かを思案したようだった。そして突然立ち上がり店の入口を出ると、何やら誰かと話し込んでいるようである。


「……怪しさ満載ですね」

「え、ええ。一体誰と話しているのかしら」


 話終えた彼は満足げに戻ってきた。


「部下には嵐が過ぎるまでこちらで待機すると伝えてきた。これで家にも伝わる。だから大丈夫だよ」

「部下!? リオン様、部下の方が表で待っていらっしゃったのですか?」

「そうだよ」


 彼はけろりと返事をした。

 庭師を名乗るリオンに部下がいることも驚きではあるが、その部下が店の表で待っていたなんて知らなかった。もしかして、これまでずっとそうだったのだろうか。二年間付き合いのあったアクロも、気付いていなかったようで。

 アクロはフィリアの耳元で囁いた。


「フィー様。リオンを『良い人間』だと判断しましたが、 前言撤回です……この者は怪しすぎる。近寄りませんように」

「でも、やっぱり何か企んでいるようには見えないわ。リオンのお家は名家らしいのよ……だから部下なんかもいるのかも」


 代々、『ヒューレーの薔薇』を受け継いでゆくような家の人間なのだ。リオンに部下として側仕えのような者が付いていてもおかしくない。

 



 ひそひそと話し込む二人をよそに、リオンは二杯目のお茶を入れようと立ち上がった。


「そうだ。フィー、ミルクティー飲んだことないよね」

「ミルクティーですか?」

「飲んでみる? お茶にミルクと砂糖をたっぷり入れて飲むんだ。甘くて美味しいよ」


 そ、そんなの……そんなの、絶対に美味しいに決まっている。お茶に、そんな飲み方があったなんて。

 頭がミルクティーに支配されたフィリアは、フラフラとリオンの隣へ引き寄せられてしまう。そして彼の手際の良さに見とれながら、ミルクティーの出来上がりを待った。


「きっ貴様……リオン! 卑怯だぞ!」

「何を怒ってるの。フィーにミルクティーを淹れてるだけだよ」

「アクロもミルクティー飲みましょう? とっても美味しそうよ」

「フィー様まで……」


 フィリアに誘われれば、アクロもそれを無視できない。リオンのペースに巻き込まれたまま、三人はテーブルを囲んで嵐を待った。


「……美味しい」

「でしょ? さあ、アクロも」

「…………」


 リオンを睨みつけながら、無言でミルクティーに口をつけるアクロ。リオンは振舞ったミルクティーを飲む二人を見て、嬉しそうに笑った。




 徐々に近付く嵐の風が、花屋の窓枠をカタカタと揺らす。


 やわらかなミルクティーの香りは、フィリアの不安を甘く溶かしていったのだった。


 



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