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師匠



 蔓と葉っぱで覆い尽くされた店内へ、金髪の青年はがさりと足を踏み入れた。


 壁も床も植物で覆われた異様な部屋であるというのに、彼は脇目も振らず店の奥へと歩みを進める。まるで何かに吸い寄せられるかのように。




 そしてフィリアの前で立ち止まると、アクロとフィリアを見比べた。


「アクロ。この娘は誰? 君と似ているようだけど」


 彼はアクロへ問いかけた。

 アクロは涼しげな顔をしたまま黙り込んでいるが、長年付き合いのあるフィリアには分かる。これはフィリアのことをどう説明するかなど、考えていなかったのだ。今朝からずっと、一階の惨状で頭がいっぱいだったのだから。

 ここはフィリアがどうにかする他無い。普段から空回りする頭を精一杯回転させて、フィリアなりに誤魔化そうと考えた。


「その……アクロと私は、親戚なのです」

「親戚……」


 フィリアとアクロの二人。似ていると言われれば、たしかに似ている。

 妖精の国ヒューレーの者達は皆、似た容姿をしているからだ。青みがかった銀髪に、透けるように白い肌。瞳は琥珀のようで、けぶるようなまつ毛に縁取られている。体つきは男も女も、皆華奢で……

 個々それぞれの特徴を持つ人間から見れば、フィリアとアクロの二人が親戚と言っても説得力があるだろう。実際は親戚でもなんでも無いのだが。

 

「フィー様は今日からこちらで暮らすことになった。よろしく頼む」

「ここで? アクロと二人で?」

「はい。どうか、お見知り置きを」

「そう、アクロと二人きりで……」


 金髪の青年は何か言いたげな様子で、フィリアとアクロを交互に見た。突然現れたフィリアを、不審に思っているのだろうか。

 それよりもそろそろこの部屋をどうにかしなければ。ちらりとアクロに目をやれば、彼はすでに苛立ちを隠さぬまま片付けを始めている。


「あの。そろそろ片付けをしませんと……店内が今朝からこの有様なのです。ええと……あなたのお名前は」

「ああ、初めまして。……リオンと言います」

「リオン様。申し訳ありませんが、手伝って下さいますか?」

「もちろん。そのために来たのだから」




 リオンと名乗った青年は、白いシャツを腕まくりすると早速片付けに取りかかった。

 背の高いリオンは天井近くまで手が届くため、あっという間に蔓が引き剥がされてゆく。一方で、アクロは床にびっしり生い茂った葉を刈り取った。

 リオンがべりべりと剥がした蔓や枝を、フィリアが紐で束ねてまとめる。アクロが刈り取った葉を、フィリアが紐で束ねてまとめる。それを何度も何度も繰り返し、ようやく店の本来の姿が見えてきた。




「少し片付いてきましたね」

「アクロ、少し休憩にしようか」


 リオンは差し入れを持って来てくれていたようで、ずっしりとした紙袋を掲げてアクロに声をかけた。

 しかしリオンには目もくれず、鎌を持つアクロの手は止まらない。


「彼はキリのいいところまでやりたいらしい。フィー、先に休憩にしよう」

「え、でもいいのかしら」

「いいのいいの」


 二人は、思いのほか気心知れた仲であるようで。リオンは勝手知ったる様子で、店の奥にあるキッチンへと向かった。

 

「沢山動いたから、お腹が空いたでしょ」


 紙袋から取り出されたのは、丸く大きなパンと、これまた大きく無骨なチーズ。それを彼はナイフでうすく切り分けると、火で軽く炙って皿に並べる。

 何もせず、ただ隣でじっと見ていたフィリアは、その手際の良さに驚いた。


「すごいわ。あっという間に出来てしまうのですね」

「これくらい、なんてことないよ。フィーはお茶でも入れてくれる?」

「は、はい」


 気安く返事をしたものの、困ってしまった。

 お茶とはどうやって淹れるものなのだろうか。


 ヒューレーでは、いつも側仕えや給仕の者達がお茶を用意してくれていた。彼らは実に美味しくお茶を淹れてくれる。アクロの淹れるお茶も、とても美味しいのだ。リオンにもあのようなお茶を出したいと思うのだが……そもそも、どうやって湯を沸かす? 彼は火を、どうやって点けた? 茶葉はどのくらい? ポットはどれ? 

 ただお茶を淹れるだけのこと。なのに────


「フィー、どうしたの?」

「あ……あの、お茶はどのように淹れれば……」


 リオンが、ぽかんとした顔でこちらを見るから。フィリアは顔から火が出そうになった。

 お茶の淹れ方も分からないなんて。初対面の人に、このようなことを聞くなんて。


「すみません……お茶も淹れることができなくて」


 気まずくてうつむいた。彼の、あの手際の良さを目の当たりにした後だから尚更。

 いくら人の良さそうなリオンでも、きっとフィリアに呆れてしまっただろう。自己嫌悪に陥るフィリアの耳に彼の軽い笑い声が聞こえた。

 なんて……なんて恥ずかしい────




「アクロは、いつもそのポットを使ってる」


 リオンの声に顔を上げると、彼は表情を変えることなくフィリアのそばにあった銀色のポットを指さしていた。


「こ、これですか?」

「そう」


 そして吊り戸棚の中にある茶葉を取り出すと、フィリアの前に差し出した。


「そのポットに、この茶葉を一人あたりスプーン一杯……今日は三人だから三杯入れる」

「は、はい!」

「そしてこの湯が沸いたら、ポットに注ぐ」


 リオンはいつの間にか湯まで沸かしてくれていた様子。なんという仕事の早さなのだろう。その沸かしてもらった湯を、彼に見守られながら恐る恐るポットへと注いだ。


「ポットへ湯を注いだら、プロスドキア国家を三回歌う」

「なぜ?!」

「三回歌い終えたあたりで、お茶がちょうどいい具合になるんだよ」


 なるほど……。フィリアがそう言うと、彼は機嫌よく国家を歌い出した。

 歌いながらもテキパキとカップを温めていくリオン。フィリアは彼の一挙一動に感心しながら、プロスドキア国家を三回拝聴したのだった。






「なかなかうまいお茶ですね」


 片付けが一段落しキッチンへとやって来たアクロは、お茶を飲むなりその出来ばえを褒めた。


「フィーが初めて淹れたお茶なんだよ」

「フィー様がお茶を?」

「師匠に教えていただいたの」

「師匠?」


 アクロはカップを持ったまま、訝しげな視線を投げかけた。フィリアは満足げに瞳を輝かせ、リオンはというと諦めた様子で軽くため息をついている。


「師匠とは? どういうことです、フィー様」

「リオン様のことよ。お茶以外にも、聞けばなんでも教えて下さるというから。敬意を込めて師匠と呼ばせていただいたの」

「リオンが?」

 

 アクロの鋭い眼光を受け、リオンもばつが悪そうに頷いた。「まさか師匠なんて呼ばれるとは思わなかったんだよ」と言い訳をしながら。




 初めてのプロスドキア、初めての出会い。

 フィリアは初めて自ら淹れたお茶を味わいながら、深い達成感に浸ったのだった。

 

 

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