表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/22

建国祭②



 街の熱気と、パレードの鼓笛が近付いてくる。

 陽気な音楽とはうらはらに、広場は緊張感で包まれていた。


 フィリアの周囲から、広場のざわめきが消えてゆく。先程までの喧騒が嘘のように、あたりは静まり返っていて。

 痛いほど感じる人間達の視線。

 彼らの視線はフィリアの背中に向けられている。

 大きく広がる、その羽に────


 


 ワンピースを脱ぎ捨てたフィリアは、キャミソールにペチコートという下着姿で衆人のど真ん中に立っていた。そして大きくあいた背中には、薄く日に透ける……妖精の羽。


 ありのままの自分を、皆が見ている。

 人間達が、言葉もなく見つめている。


 その視線が怖いけれど、こんな形で羽を出したくはなかったけれど、今は……一刻を争う。そんなことを言っている場合ではない。

 フィリアはふるえる羽に力を込め、無我夢中で飛び立った。




 ふわりと背中の羽をはばたかせ、フィリアの身体が浮き上がってゆく。

 風にのる蝶のように、ひらひらと舞いあがる花びらのように──それは、まさに妖精の姿。夢のように軽々と、フィリアは子供のいる三階の窓まで飛んでいった。


 広場から飛んできたフィリアを、窓枠の子供はじいっと凝視している。そして突如現れたフィリアと目が合うと、無邪気に笑った。

 子供は、フィリアを指さしながらにこにこと笑っている。幸い、この子には全く警戒されていない様子だ。


「ちょうちょ、ちょうちょ」

「え? ちょうちょ? 蝶なんて、どこにも……」


 子供が指さすのは、フィリアの背中。

 ちょうちょ……なるほど。それは、フィリアの羽だ。


「そ、そうなの。ちょうちょと抱っこ、しましょう?」


 自分は怪しいものではないということを、手を広げてアピールした。子供は『ちょうちょ』が話しかけてくることに目を輝かせている。


 彼が興味を持っている今のうちだ。フィリアは恐る恐る、子供へと手を伸ばし……慎重に子供を抱き上げた。


 (よかった……間に合ったわ……)


 思わず大きく息をついた。

 ありがたいことに、この子は『ちょうちょとの抱っこ』を楽しんでいるようである。

 ふわふわとした浮遊感に、腕の中でケラケラと笑う子供の笑顔。ぎゅっと抱きしめると、子供もぎゅっとしがみついてくれる。その体温に、命の重みに、心の底からホッとした。



 

 しかしホッとしたのも束の間。

 安心したフィリアは、だんだんと頭が冷えてきた。

「ちょうちょ、ちょうちょ」とにこにこ笑う子供の声が響くくらいに、依然として広場はしんと静まり返っている。


 怖くて広場を振り返ることが出来ない。

 皆、きっとこちらに注目していることだろう。

 助かった子供。その子を抱く下着姿のフィリア。その背中には……妖精の羽。

 

 (どうしよう……ここから、どうしたら)


 このまま飛んで逃げてしまおうか。


 でも、この子を抱いたまま? 広場を混乱させたまま逃げてしまうと? 今日はここで、リオンのお披露目が行われるというのに──


 フィリアには、逃げることも振り向くことも出来なくて。ただ羽をはばたかせ、すがるように小さな子供を抱きしめた。


 (リオン様、ごめんなさい────)

 

 



 

「フィー」




 不意に、名を呼ぶ声がした。

 それはフィリアのはるか下……静まりかえった広場から。

 その声はいつもやさしく、あたたかい。

 今だって、なんてやさしい──


「フィー、大丈夫だよ」


 フィリアはゆっくりと広場を振り返った。

 そこには音もなく到着したパレード隊と、王族をのせた馬車。


 そして──馬上からフィリアを見つめるリオンの姿。

 彼は正装を身にまとい、衛兵達に囲まれ。どこからどう見ても『本日の主役』……この広場でお披露目を行うはずのプロスドキア王子、その人であった。


「……リオン様」

「大丈夫だから……どうか、降りておいで」


 彼の姿はこれまでとまるで違うのに、広場から呼びかける声はいつものように……いや、それ以上にやさしくて。

 安心した。胸に染み込んでゆくようだった。リオンの、変わらぬその声が。


「リオン様……申し訳ありません」

「なぜフィーが謝るの。フィーは子供を助けてくれた、礼を言いたいくらいだ」

「大切なお披露目の場を私……めちゃくちゃにしました」

「めちゃくちゃになんて、なってないよ」

「せっかく贈って下さったワンピースも、脱いでしまって」

「また、何度でも贈らせてよ」

「そ、それに」

 

 後ろめたさが、申し訳なさが、口を突いて止まらない。声はふるえて、今にも泣いてしまいそうだった。


「それに私は……姿を偽っておりました。私は、人間ではなく──このとおり、妖精です」


 泣いてはならない。フィリアが流す涙は『妖精の涙』なのだ。このような大勢の人間の前で『妖精の涙』を流すなど────


「フィーはフィーだよ」

「……え?」

「フィーが以前、言ってくれたんじゃないか。俺は俺だって」

「言いましたが……」

「俺はフィーが好きだ」


 王子の爆弾発言に、広場の人間達がどよめいた。パレードの楽団も、馬車より顔を出した王達も……皆固唾を飲み、王子の告白の行方を見守っている。


「な、なにを」

「出会った時から……いや、出会う前から。俺はフィーのことが好きだよ」

「リオン様……」

「俺はアヴリオだ、フィリア」


 プロスドキアの王子、アヴリオ──それがリオンの、本当の名前。アヴリオは今度こそ『フィリア』と、そう呼んだ。


「フィリア……降りてきて」


 上空のフィリアを射抜く、碧い眼差し。

 やさしく強いその声は、フィリアの胸へと真っ直ぐに届く。

 

 良いのだろうか。このような自分で。大事なアヴリオのお披露目の場に、このようなあられもない姿で……

 それでも、切望するかのように彼が手を伸ばすから──




 フィリアは子供を抱いたままじわじわと、アヴリオのもとへ舞い降りてゆく。


 羞恥心に悶えながら、やっとのことで彼の目の前へと近付くと……アヴリオからグイと抱きしめられた。そして腕の中の子供ごと、彼のマントでぐるりと覆われて。


「これ以上、その姿を他の者に見せたくない」


 耳元でささやくアヴリオの熱い声に、思わず胸が跳ねた。ただ優しいだけではない、アヴリオの声。フィリアを望む、『男』の声だった。


「フィリア王女……逃げないで。どうかずっと、俺のそばに」


 彼の瞳が想いを伝える。それが心からの願いだと、鈍いフィリアでも分かるほどに。


 羽がふるえている。

 羽だけではない、胸も、吐息も……すべてが喜びにふるえて。

 ありのままの自分を見られても尚、アヴリオに強く求められている。フィリアはそれが、こんなにも嬉しい。


 駄目だと分かってはいるのに、瞳からは涙が溢れ出る。


 ぽろぽろと、頬をつたって『妖精の涙』が流れてゆく。

 フィリアが流す『妖精の涙』は美しく輝き、ぽたりと落ちると虹色の光となって弾け散る。

 それは溢れる出る想いを伝えるかのように。


「きれいだ……とても」


 彼のやさしい手のひらがフィリアの頬をふわりと包み、流れる涙をそっとぬぐう。


「……私でよろしければ、アヴリオ様のおそばに」

「ああ、フィー! ありがとう……!」


 アヴリオはフィリアをきつく抱きしめた。

 その笑顔は、これ以上無い喜びを伝えるようで──




 同時に、広場からは歓声がわあっと湧き上がった。


 二人の行く末を見守っていた者達からの、割れんばかりの拍手。あちらこちらから祝福の声が上がり、あたりは笑顔に包まれる。

 楽団が祝福の曲を演奏すると、広場は再びお祭りムードへと引き戻され……


 生い茂った広場の木々も、二人へと祝福の声を絶え間なく贈る。


 王子の幸せな結末により、プロスドキアの街は喜びの声で溢れたのだった。


 

さいごまで子供、抱っこしたまんまです……!


次回は王子視点のお話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] よかった〜(^^) 遠いながらあれ、子供…?!って思ったらやっぱり(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ