それぞれの覚悟
「アクロ」
「なんです?」
フィリアはリオンと別れたあと、アクロの元へ直行した。彼はというと店の奥で、何やらゴソゴソと作業をしている。
「あなたが用意してくれた私の服、すべて高級店アステールの物なの?」
「そうですが、何か」
フィリア王女が高級店のワンピースを身に纏う。
何もおかしいことはないじゃないか。
アクロのすました顔は、そう物語っている。
「フィー様がお召しになるのです、服だってそれなりのものでなくてはなりません」
「そうは言っても、とりあえず私は今『花屋の店員』なのよ?」
妖精の国ヒューレーで、王女としてなら……高級なワンピースやドレスを着ていたって不思議ではない。
しかし今フィリアは『花屋の娘』だ。しかも裏通りの。高級店の服を着ていては不自然だ。気づかなかった自分にも呆れるが、頑固なアクロにも唖然としてしまう。
ため息をついた時、ふと足元にある箱に気がついた。
箱は一つや二つでは無い。見渡せば、部屋のすみにいくつも積み重ねられている。
「アクロ……あなた何をしているの」
「何って、店じまいの準備ですよ」
箱の中には食器や雑貨、花屋の帳簿まで既にしまい込まれていた。
「どうして! 急に店じまいだなんて」
「リオンを……王子を、ここに招き入れたのは私の責任です。迂闊でした」
てきぱきと荷造りを進めているアクロ。脇目も振らないものだから、中断してもらおうにもなかなかタイミングが掴めない。
「王子は私達のことを妖精だと、知っての上で近付いたのでしょう。妖精であると知られている以上、このままでは居られません」
「で、でも、リオン様からは何も無いわ。身分を問いただされたりもしていないし、本当になにも」
「フィー様」
アクロは荷造りをする手を止めて、フィリアへと真っ直ぐ向き合った。
「私は身の危険を避けるために、妖精ということを隠してプロスドキアへと忍び込んでおりました」
アクロは羽を隠し人間の暮らしへと潜り込み、フィリアの為に尽くしてきた。結果として、彼のおかげでプロスドキアが身近な存在となったことは言うまでもない。
「私が妖精としてこの国へ残るとしたら……それはフィー様のお気持ちが決まった時です」
「私の……気持ち……?」
「プロスドキアとの縁談を『妖精族の姫』として受けられるのであれば、私は同胞の『妖精』としてこの国へと留まり、フィー様を誠心誠意支えましょう」
彼の瞳からは、覚悟が伺えた。フィリアがどのような決断をしたとしても、支えていこうという、強い決意が。
「気持ちは、お決まりになりましたか。まだ、迷いがあるのでは?」
アクロの射抜くような視線に、何か言いたいけれど……フィリアは何も答えられない。
なぜなら、図星だったから。
そもそも、フィリアがプロスドキアへとやって来たのは、縁談へ前向きになるためのはずであった。
実際に人間の国を自分の目で見て、暮らして……魅力的な街に触れた。美味しい食べ物をたくさん食べた。ヒューレーとは違った空気を肌で感じて、この国の優しい植物達に囲まれて。
ここは、ヒューレーで教わったような恐ろしい国などではなかった。野蛮だと教えられていた『人間』は、とても親切で……フィリアは、優しい人達に出会った。──優しく、あたたかなリオンと出会った。
『フィーやアクロが実は妖精だと分かっても、あの人間達はずっと『いい人』のままでいるかしら』
自分の本心に気が付いてから、姉の言葉が頭をかすめる。
プロスドキアの人間達は……ありのままの自分受け入れてくれるだろうか。
もしリオンが、フィリア達のことを妖精だと気付いていたとしても。背中に羽を持つ異質な自分を前に、態度を変えずにいられるだろうか……
この縁談に迷うのは、もう、プロスドキアが怖いからなんかじゃ無い。
本当の自分を受け入れて貰えない可能性が、怖いのだ────
「……お覚悟はまだのようですね。お顔を見れば分かります」
「アクロ。私は……」
「一度、ヒューレーへと戻りましょう。フィー様」
「ど、どうやって」
フィリアがこの花屋へと降り立った瞬間に、母が開いてくれたヒューレーとの道は閉じられたはずだ。ヒューレーへ帰るなど、馬を乗り継いででも何日かかるか……
「私も神木の杖を持っております。二年前プロスドキアへと向かう際、いざという時のために女王様が持たせて下さいましたので」
神木の杖は、ヒューレーの神木で造られる。神木の魔力を秘めた杖であり、たしかフィリアがこちらへ来る際にも母が神木の杖で入口を繋いでくれたのだ。
そのような杖を、なんとアクロも持っていた。ならばヒューレーへと戻ることも容易いだろう……
なのに、フィリアは頷けなかった。
ヒューレーへと戻ることも、このまま妖精だと公にすることも……なにも心が決まらない。
シンと静まり返った部屋で二人が対峙していた時。店先から物音が聞こえた。
「お届け物でございますー」
花屋になにか届いたようだった。
店先へと出てみれば、そこには上品な身なりをした男と、その後ろに大きな箱を抱えて立つ男。何事だろうかと怪訝な視線を送ると、前に立つ男が恭しく礼をした。
「私共はアステールの者でございます。『フィー様』へ、贈り物をお届けに上がりました」
「え? 私に?」
彼らは高級店アステールから来たという。不思議がるフィリアの前に、今度は箱を抱えた男がにこにことやって来た。
「こちらでございます。どうぞ」
彼らは大きな箱を花屋のカウンターへと置くと、またもや礼儀正しく頭を下げてから去っていった。
カウンターに残されたのは、高級店アステールからの『贈り物』。リボンがかけられたその箱には、カードが一通添えられている。
「フィー様、これは? ……お心当たりは」
フィリアは箱をそっと撫でた。
心当たりは、ある。それはつい先程のことだった。
『俺もアステールの服を贈るよ。着てくれる?』
リオンから熱い眼差しを受けながら、その言葉を聞いたのだ。まさかこんなにも早く、贈ってもらえるなんて。
高鳴る胸を抑えながら箱のリボンを解いてみれば、中には爽やかなクリームイエローのワンピースが入っていた。
そして箔押しされたカードには、リオンからのメッセージ。
『明日の建国祭、どうか楽しんで』────
フィリアと一緒にカードを覗き込んだアクロは、小さくため息をついた。
「このようなことをされては……今日のところはヒューレーへ帰れませんね」
明日は建国祭。
王子……リオンが、国民へとお披露目される記念すべき日。
『どうか楽しんで』────願わくば来て欲しいと、リオンはそう言っている。彼も伝えようとしているのだ。自分が『王子』であると。
リオンから届いたメッセージ。
彼の思いを受け取るように、フィリアはワンピースを抱きしめたのだった。




