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妖精の血



 妖精の国ヒューレー王家は、代々女系の一族である。


 第一王女がヒューレーを継ぎ、その下に生まれた王女達は世界各国へ嫁ぎ国を守り……王子はヒューレーの名家へと婿入りし、国の繁栄に尽力する。


「獣人族の国ソヴァロも人間の国プロスドキアも、長い歴史を辿れば妖精の姫が嫁いでいるの。私やフィーみたいに。

 グレモスもプロスドキアの王子も、妖精の血を受け継いでいるのよ」


 妖精の姫が嫁げば、その国は緑豊かな土地となる。

 その恩恵を受けたい国々が、こぞってヒューレーとの縁を望んだ。そして縁を結んだ国々は、その恩恵と引き換えにヒューレーを守った。


 妖精達は、大昔からずっとそのようにして歴史を紡いでやってきたのだ。何百年も、何千年も昔から。


「では妖精が嫁いだ各国王族の方々は、植物の言葉が分かるということでしょうか?」

「いや……王族が皆、植物の声を聞くことが出来るかと言えば、そうでは無い」

  

 妖精と異種族の間に産まれる子は、妖精の特徴など消えてしまうことが多い。妖精の血は儚く、他種族の血筋に干渉することが少なかった。ゆえに妖精族の姫が嫁いだとしても、嫁ぎ先ではその国独自の特性を受け継いだ子が産まれてくる。


「むしろ妖精の能力を受け継ぐ私達は珍しい。先祖返りなのだろうかと……プロスドキアの王子ととも、そう話をしたんだ」

「そう……なのですか」

 



 グレモスとエリミアの話を聞きながらも、フィリアの頭はもう、あの人物に支配されたままであった。

 グレモスは、少年時代のプロスドキア王子に会った。城の庭で、話をした。フィリアやアクロの前では『庭師』と騙った、その人は……


「グレモス殿下。王子の話を、もっと聞かせて下さい」

「フィー様」

「背の高さや、目の色は……髪の色は」

「フィー様!」


 アクロの鋭い声が響いて、フィリアもやっと我に返った。


「フィー様が仰ったのではないですか? リオンはリオンであると」

「……アクロ」

「まだ、そうと決まった訳ではありません。どうか落ち着いて下さいますように」

「そ、そうね……そうよね、私ったら」


 二人のただならぬ様子にエリミアは目を白黒させ、グレモスは何かに気付いたのか呆れるように笑って……


「フィリア王女」

「は、はい」

「王子の髪は、金髪だったぞ」


 いたずらな目をしたグレモスから、とどめの一言を刺された。


「なんなら、全部教えてやろう」


 グレモスの口からは遠慮なく、王子の情報が次々と紡がれる。

 フィリアは、もう何も言葉にすることが出来なかった────






 目の前に置かれた、ヒューレーの薔薇。

 リオンから預かった、甘えたがりの可愛らしい花。


 その小さな鉢植えはすっかり元気を取り戻し、蕾もふっくらと膨らんだ。間もなくの開花を告げるその甘い香りが、ほのかに漂う。


「ありがとう。フィーのおかげだ」


 隣に並ぶその人は、ヒューレーの薔薇が持ち直したことに顔をほころばせている。金色の髪を輝かせて。




 グレモスとエリミアは、朝のうちに帰国してしまった。なにせ二人は王太子と王太子妃だ、そう長くは国を空けていられないのだろう。

 そんな中、縁談を心配してわざわざプロスドキアまで駆けつけてくれたことに、フィリアは胸が熱くなった。


「エリミアさん、帰っちゃったんだ。もっと話をしたかったのに」

「姉も……リオン様と、話をしたがっておりました」


 それは本当の事だった。『また結婚式で会いましょう』と言っていたのは、口が裂けても言えないが。


 フィリアは、隣のリオンをちらりと見上げた。


 金髪。碧い瞳。白い肌。

 スラリとした体躯。朗らかな声。

 そして……植物の言葉が聞こえるという、稀有な能力の持ち主。


 (本当に全部が全部、『王子の情報』に当てはまるわ)

 

 グレモスから余すことなく聞いてしまった情報に、リオンはぴったり合致した。先入観を持って彼の隣に立てば、何から何まで『そう』見えて。


 (そういえば……あのシャツの布地も、何となく質の良さを感じるし)


 リオンがいつも着ているものは、シンプルな白地のシャツにベーシックな茶色のパンツ。何の変哲もない、巷に溢れる庶民の服装だ。

 なのに今日は、どことなく良い布地に見えてしまう。


「……リオン様は、服をどちらでお買い上げに?」

「えっ、なに急に」

「少し気になったものですから……」


 やたら不自然な質問に、彼はぽかんとした表情でフィリアを見つめた。そしてフッと微笑むと、自身の服を摘んでまじまじと見ている。


「普通に、表通りの服屋だよ」

「そ……そうですか」

「買ってきたのは部下だけど」


 でた。そうだ、彼には『部下』がいるのだ。

 ただの庭師が、部下を店へと走らせるだろうか。その『部下』は、今日も密かに店の外で待機しているのだろうか。あたりをきょろきょろと見回してはみるものの『部下』らしき人物は見当たらない。相当、手練の『部下』なのだろうか……


「フィーがいつも着ているワンピースは、アステールのものだね」

「アステール?」

「アステールは表通りにある高級店だよ。知らない?」

「え……? 高級店?!」


 リオンを怪しく思うばかりで、まさかこのワンピースが高級店のものであったなんて思いもしなかった。羽を圧迫しないよう、ゆったりとしたデザインのワンピース。たしかに肌触りも着心地もよく、色も上品ではあったが。

 アクロが似たデザインのものを大量に用意してくれた為、てっきり大衆店のものだとばかり……


 ということは今までずっと、高級店のワンピースを着て店番をしていたということになる。なんてちぐはぐな店員なのだろう。


「ずっと、よく似合ってると思ってた」

「ごめんなさい、私の服も自分で選んだものではなくて、アステールもよく分からないのです。アクロに用意して貰ったもので」

「アクロに?」


 リオンの眉がぴくりと動いた。


「……悔しいけど、アクロの見立ては確かだな」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「俺もアステールの服を贈るよ。着てくれる?」


 確かアステールは高級店であると、先程聞いたばかりだ。高級店の高価な服を、ポンと『贈る』と言ってしまうリオン。それが庶民の感覚とはかけ離れているということは、さすがにフィリアにも理解できる。


 リオンは、庶民なんかじゃない。

 庭師なんかじゃない。

 彼は────






 その頃、エリミアとグレモスは二人、ソヴァロへと帰る馬車の中にいた。


「フィー……すごく動揺していたわ」

「フィリア王女の望むままに教えてやっただけだ」

「だからって心の準備をさせる間もなくあんな」

「どうしても王子の肩を持ってしまうからな、俺は」


 グレモスはエリミアを見つめると、その小さなつむじにキスを落とした。


「姫のことを待ちきれず会いに行くなど……いじらしい王子ではないか」


 グレモスにも、経験があった。


 それは二年前、エリミアが獣人族の国ソヴァロへと降り立った瞬間だった。

 その日……国中の木々が、花々が、一斉にざわめき始めた。

 それはグレモスだけに分かる、喜びに溢れた言葉。

 

「分かるんだ、俺達には。唯一の存在がやって来たのだと」


 自身に流れる血が疼いた。

 妖精の姫。愛さずにはいられない。

 無意識に、その足は走り出していた。エリミアを乗せた馬車の元へ。




「エリミア……俺はおまえと出会えて本当に幸せだ」

「私もよ、グレモス」


 (フィー……どうか幸せになって)


 エリミアは、はるか遠くに見えるプロスドキア城に思いを馳せた。

 グレモスに寄り添いながら、妹の幸せを心から願ったのだった。



誤字報告ありがとうございました!

申し訳ありません(>_<)

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