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王子とはどんな人



「ここに、エリミアが来ているはずだが」


 エリミアがやってきた翌日。

 早朝の花屋へ、黒髪の大男が現れた。


 その男は背の高いリオンよりも遥かに大きく、花屋の入り口など深く屈まなければ通り抜けられぬほど。低く響く声も、眼力の強さも、常人とは思えぬ威圧感を漂わせている。

 見たことも無い男ではあるが、ソヴァロの王太子妃である姉を『エリミア』と呼び捨てた……もしかして、人の姿をしているがこの方は。

 

「……まさか、グレモス殿下でございますか?」

「ああ。お初にお目にかかるな、フィリア王女」


 そのまさかだった。

 獣人族の国ソヴァロの王太子自らが、わざわざプロスドキアまで妻を迎えに来るなんて────






 昨日は久しぶりに、姉エリミアとの時間を過ごすことが出来た。


 人懐っこいエリミアは、あっという間に裏通りの輪に入り込んだ。

 人々の片付けを手伝いながらも、フィリアの昔話をペラペラと話すエリミア。そんな彼女にリオンが「もっと聞きたい」などと言うものだから、無かったことにしたい恥ずかしい話を散々暴露されてしまった。

 フィリアが一人突っ走って森で迷った話、一緒になってアクロにイタズラをしていた話、字は綺麗だが絵が壊滅的に下手なこと……


「エリミア姉様! も、もういいでしょ……そのへんで」

「え、まだフィーのかわいい話がいっぱい残ってるんだけど」

「俺、もっと聞きたいです」

「でしょ? あのね……」


 妹フィリアを溺愛するエリミアは、その溢れんばかりの想いを伝えるかのようにリオンに話し続けた。その話に共感するように、うんうんと頷きながら昔話に聞き入るリオン。

 フィリアが度々止めに入っても、あまり効果はみられなかった。ふとした折に、またエリミアの昔話が始まるのだ。そして、リオンもどこからともなく現れる……

 そうして、昔のフィリアを愛でる恥ずかしい話は日が暮れるまで続いたのだった。




 プロスドキアまでやって来て、嵐の後片付けまで手伝って。さすがに疲れたのだろう。エリミアは昨晩、フィリアのベッドで泥のように眠りについた。

 迎えに来たグレモスを二階の部屋へと通したが、エリミアはまだ目を覚まさない。


 下着姿で羽を伸ばし、丸まるように寝ているエリミア。このような姿、男性に見せられるものでは無いが夫であるグレモスなら別だ。

 グレモスはエリミアのそばへ静かにしゃがみこむと、彼女の寝顔をそっと撫でた。小さな顔を覆ってしまうくらい大きなその手は、これ以上無いほど優しくエリミアの頬に触れる。


「エリミア、朝だ」

「ん……おはよう、グレモス」

「迎えに行くと、伝えていただろう」


 下着姿のエリミアは、グレモスの首へと腕を絡めて抱きついた。グレモスはそんな彼女を抱きとめると、唇へと軽くキスを落とす。


「迎えって……まだ朝よ」

「早くエミリアに会いたかったからな」

「もう、グレモスったら」


 二人は甘い言葉を交わしながら、何度もキスを繰り返す。まるで背後にフィリアが居ることなど、忘れているかのように。


 (な、何を見せられているのかしら……)

 姉エリミアとグレモスの甘いやり取りを見せつけられたフィリアは、ただ顔を赤くして立ち尽くした。

 なるほど、二人の仲はとっても良好のようだ。これ以上は見なくても良いだろう……とりあえずグレモスの分まで朝食を用意しようと、フィリアはキッチンへ降りることにした。




「エリミア様は起きられましたか」

「ええ、グレモス殿下が起こして下さったわ」


 キッチンでは、アクロが既に朝食の準備を終えていた。あとはスープをカップに注ぐだけ。それぐらいは手伝おうと、フィリアもアクロの隣に立った。


「グレモス殿下は、人の姿になることも出来るのね」

「ええ。獣人族は、獣の姿と人の姿、二つの姿を持つと聞きますので……グレモス殿下の場合は、狼の姿ですね」


 ソヴァロの王族は皆、狼の風貌をしているという。中でも王太子グレモスは、身体も大きく漆黒の毛並みが美しいと、もっぱらの噂であった。

 狼と妖精。夫婦になどなることが出来るのだろうかと、エリミアが嫁ぐ時はとても心配をしたものだが、杞憂であったようだ。人の姿をしたグレモスとエリミアは、妹の目から見てもお似合いの二人であった。

 



「エリミア姉様のあんな姿、初めて見たわ」

「仲睦まじいお二人ともっぱらの噂ですからね」

「私もあのように仲良くなれるかしら……プロスドキアの王子様と」


 フィリアの相手は、プロスドキアの王子だ。分かっていることは、ただそれだけ。母から話があった後、なにも聞く暇もなく、このアクロの花屋へ飛んできてしまったのだから。

 王子は一体、どのような人物なのだろうか。どんな顔をしていて、どんな性格で、歳はいくつで……


「プロスドキアの王子にフィー様など。本当なら勿体ないくらいです」

「何言ってるの。アクロは、王子について何か知ってる?」

「……私も、年齢位しか存じ上げませんが」


 プロスドキアの王子は、今年成人となる十八歳を迎えたそうだ。これまで公の場に出ることの無かった王子が、今度の建国祭パレードでようやくお披露目されるという。


「なので皆、ひと目でも王子を見ようとパレードに詰めかけると思いますよ。なんといっても、次期プロスドキア国王ですからね」

「そうなの……では、もうすぐお姿を見ることができるわね」


 フィリアとアクロが、王子について噂をしていると。




「プロスドキアの王子なら、会ったことがある」


 後ろから声がした。振り向くと、ようやく起きたエリミアを連れてグレモスが階段を降りてきていた。


「グレモス殿下……本当ですか」

「ああ、随分と前の話になるが」


 数年前。プロスドキア城で各国の代表者会談が行われた際、グレモスも父であるソヴァロ王に同行したらしい。その時、プロスドキアの王子と出会ったという。

 グレモスはテーブルに着くと、再び口を開いた。


「王子はまだ少年のような風貌だったがな」

「そ、それで……王子はどのようなお方でしたか?」


 思わず、気がはやる。なにせ、王子はフィリアの夫となる人物なのだ。少しでも人物像を手に入れて、心の準備をしておきたかった。


「プロスドキア城の庭園で会ったのだが……王子と私に共通するものがあってな。僅かな時間ではあったが意気投合したんだ」

「共通するもの?」

「フィー。グレモスは獣人族だけれど、植物の気持ちが分かるのよ」

「プロスドキアの王子も、そのようでな」




 思わず、フィリアとアクロは顔を見合わせる。

 グレモスは……エリミアは、今、なんと言った。

 

 フィリアとアクロも知っている。

 妖精でも無いのに、植物の気持ちを感じ取る人物を。

 まさかと思う一方で、胸に芽生えた疑念はそれを確信するかのように……揺るがぬものとなってしまって。


 なぜかヒューレーの薔薇を持っていて、二人にとことん親切で、美味しいものを沢山知っていて……謎の多いあの青年。

 

 彼のあたたかな笑顔が、フィリアの脳裏によみがえる。

 彼女の気持ちを感じ取るかのように、並べられた花達は店先でそわそわと疼くのだった。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] おお? ではでは?? だといいなぁ、なのです。
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