夕立
わたしは夕立は嫌いだ。制服は濡れるし、スニーカーもぐちょぐちょになる。何より、お天気の良い昼間から傘を持って歩くのはなんとも滑稽だ。仮に折り畳みをもっていても、最近の雨はそれで防ぎきることはできない。
だから、夕立は嫌いなはずだった。そうこの日までは。
「明音!」
先程振り始めた雨が次第に大粒になり、地に打ち付けている。それをぼんやりと学校の昇降口で眺めていたわたしは、突然名を呼ばれ、自然と肩が跳ねた。声の方向に顔を向ければ、ビニール傘を手に幼馴染の匠がやってくるところだった。
いつもなら部活がある時間だが、この夕立のせいで中止になったのだろう。匠は馴染みのある制服ではなく、部活のジャージ姿である。
短く切りそろえられた黒髪はいかにもスポーツマンらしく爽やかだ。サッカー部のエースとして、ファンも多いらしく、幼馴染である私は友人から羨ましがられている。
といっても、ぜんぜんいいことなんてない。匠はわたしを幼馴染としてしかみてくれていないはずだから。わたしも今の関係を崩すのが怖くて簡単には動けない。幼馴染って結構な足枷だと思う。
「どうしたの?」
なんとなく意識してしまって、わたしは頬に熱を感じた。それを誤魔化すように、下を向いて匠の方に身体を向けた。
「どうしたの、じゃないだろ。お前傘持ってきてないよな?」
わたしの現状を的確に言い当ててくる。そりゃあ、毎日一緒に登校していたら当たり前か。
「だったらなによ」
顔を上げて、匠を睨めば、匠はにかっと歯を見せて笑った。
「一緒に帰ろうぜ」
「なんで、あんたなんかと」
心とは別に憎まれ口を匠に返す。それでも匠は引き下がらないこともわかっている。それがわかるだけ長い間を一緒に歩んできた。
「お前、最近なんか俺に当たり強くないか?」
「気のせいでしょ」
「そうか? まあ、いっか。それよか、早く帰ろうぜ」
そう言って、匠は傘をさして空いている方の手をわたしに差し出した。完璧なエスコート。
「なによ」
「ん、だって、雨で滑りやすいだろ?」
「あんたね、それ、いつもマネージャーとかにそうやってるの?」
思わずため息が出た。そんなことやってたら、モテるのは当たり前だ。でもなんだか心の奥がチクチクする。
「はぁ? やってないし。そもそもお前がいつも慌てて転んでるからだろ?」
「そんなことない!」
「そうなことあるだろ。この前だって遅刻しそうだからって走って躓いてたのは、どこのどいつだよ」
一週間前のできごとを引き合いに出されて、わたしは黙るしかなかった。確かにあの時は、匠の前で転んでしまって恥ずかしかった。匠も引く気はないようで、なおも差し出された手はそのままだ。
わたしは鼓動が早くなるのを感じながら、渋々その手を取った。
「昇降口の階段おりたら離してよ?」
「嫌だね」
「なんでよ!」
「俺がそうしたいから」
「わたしの意見は?」
「俺さ、お前と居れるのが嬉しくて、幼馴染という関係に甘えていたんだと思う」
「え?」
それってどういう意味?
と、続くはずの言葉は匠の真剣な眼差しに遮られた。
「だから、これからは本気でいくからな」
匠からの宣戦布告。だけど、この勝敗はすでに決していることをわたしだけが知っている。