陛下、近頃婚約破棄が流行ってますね、離婚してください「なんで!?」
ヤンデレ強め(当社比)
「陛下、近頃婚約破棄が流行ってますね」
ふう、と物憂げに流し目を送って私の最愛の妃エリーゼは窓の外に顔を向けた。彼女の透き通るような白い肌に、磨き抜かれた宝石のようなアメジスト色の瞳。金糸のようになめらかなその髪の毛の一本一本まで愛している。私はーー
「離婚してください」
あまりの事態に耳を疑った。耳を澄ませば格子窓の向こうの木々にとまる小鳥たちのさえずりが聞こえる。エリーゼの為にあつらえた内装は最高級品のダマスク柄の壁紙に、色味は癒し効果のあるクリームホワイト。天井にはシャンデリア。女性に一番人気だとかいう銘柄の人工宝石がキラキラと輝いている。もしかして本物の宝石を使っていなかったからいけなかったのだろうか。あんまりまぶしすぎると君の目が疲れてしまわないか心配だったんだけど、君が欲しいというなら世界中の宝石を買い集めてきたのに……。
「陛下、話を聞いてください」
愛しのエリーゼはこちらをまっすぐに見つめている。ああ、どうしよう。動悸と息切れと眩暈と頭痛と腹痛が一気に襲ってきた。そんなに見つめないでくれエリーゼ、襲ってしまいそうだ。
「陛下、変なことかんがえないでください」
エリーゼは私の方を恥じらいがちに伏せた瞳で見つめ、視線を泳がせた。ごめん、エリーゼ。君をそんな悲しませるつもりはなかったんだ。これは愛ゆえに。そう愛ならばいたしかたない、よね。
私の腕の中にはいつのまにかエリーゼがいた。いや、いつのまにかだなんてしらばっくれるのはやめよう。君が「り」のつく言葉を言い出した瞬間にはすでに君をダマスク柄の高級な壁紙に押し付けて君の逃げ道を塞いでいたのだから。ごめん、エリーゼ。やはり私にはどうしようもできない。君が「り」……ああ、言葉に出すのも悍ましい儀式を行うつもりならば、私は君の部屋から一切のペンというペンを没収するし、君が持ってきた「り……届」を何度だって破り捨ててこの三階の格子窓の隙間から花吹雪のように下界に散らせてあげるよ。「まるで季節はずれの桜吹雪みたいだ、ははっ」て君に笑いかけてあげるからさ。
「陛下、落ち着いて聞いてください」
ああ、これが落ち着いてなどいられるだろうか。君がこれ以上私に拘束されたいと思ってそんな意地悪を言っているのではないのだとしたら君を唆した奴を速攻死刑にするからここに連れてきたまえ。いや駄目だ速攻死刑くらいでは私の気持ちがおさまらない。《エリーゼ王妃を誑かした罪》で城下を引きずりまわした後、一物を切り落としてやらないことには私の気持ちはおさまらない。ああ、エリーゼ。君はどうしてこの世にそんな悍ましい制度があることに気づいてしまったんだ。城中の者に緘口令を強いていたというのにどうして君の耳に入ってしまったんだ。もしかして私の愛が心配なのかい? もう結婚しているというのに婚約破棄されると思っているのかい? そんな莫迦な。婚約破棄とは婚約だから成り立つのであって君にはーーああ、それで離婚なのか。心臓にくるな、これは。君が私との余生をそこまで心苦しく思っていたのならば、いっそここで君と私の人生を終わらせても私はかまわないのだよ。
「ーー陛下!」
ぱし、と両手で頬をがっしりと掴まれて私ははっとした。今日もエリーゼの手はすべすべだ。君に毎日香りの違うハンドクリームを手渡してきたけれど、今日はマンダリンオレンジの香りなんだな。君のその清純な溌溂さに調和してまるでここが天上の果実園のように思わせてくれる。私は幸せ者だ。君がこんな至近距離で私のことを見つめてくれるのだから。
「話を、最後まで、きいてください!!」
ああ、そのつりあがった紫の瞳も愛らしいよ。まるで一面に広がるラベンダーの絨毯のようだ。私は君のその包容力に包まれてラベンダーの花畑で君と一緒に昼寝したいな。君はきっと膝枕を赦してくれるだろうから私は君の顔を見上げながらその金の髪先を弄びたいんだ。
「陛下!!」
「ん? どうかしたか? 私の最愛」
「理由をきいてくれないんですか?」
ふいと視線を逸らして俯く君のつむじをまじまじと見つめる。君のつむじは左巻きなのか。そういえばいつも顔ばかり見つめてしまって全然気がつかなかったな。これは黄金比の渦巻きだ。胸に響くな……。
「理由なんて聞く必要もないだろう」
私の言葉にエリーゼははっと瞳を揺るがせる。そんな表情もできたのか。私をどこまでも煽ってくるな。これ以上君を壁紙に押し付けたくはないのだけれど、もうどうしようもできない。窒息してくれエリーゼ。
「そ、そういうところです、よ」
突然のこぼれる涙に私は動揺した。何が起こったんだ。ああ、世界のダイヤモンドといえどもこのエリーゼの涙の輝きには劣る。零れ落ちる宝石。この世の純水という純水を蒸留させて磨きぬいたかのようなこの穢れのない美しさ。君の中にはまだまだ綺麗な輝きが秘められているな。なんていうことだろう。私以外の前では決して泣かないでくれ。君の涙を見た奴は私が全員殺す。
「泣くな、エリーゼ」
私の指がエリーゼの目じりをぬぐう。生まれたての卵を扱うかのように優しく触れたつもりだったけれども君はびくりと身体を震わせた。
「では問おう。エリーゼ、どうして私から離れたがるんだ」
私は二十四時間年中無休君といっしょにいたいのだけれども。
「わたくし、このような本を読みまして」
すっと取り出されたのは今をときめく悪役令嬢ものの小説だ。桃色の表紙には少女漫画チックなイラストが描かれている。装飾過多で目がチカチカする。タイトルは……『僕は君と結ばれるために絶対に婚約破棄するから待っていてくれないか!!』だと。な、なんだこのタイトルは……ひどすぎる。
「わたくし、悟りましたの。復讐に生きるのではなく身をひくことこそが無償の愛。ということで離婚しましょう、陛下」
「ま、待ってくれ」
その本を出版している会社をつぶしてくるから私に時間をくれないか。なんだこれは出版元は隣国だと!? よし、わかった。ならば戦争だ!
私からエリーゼを奪おうなどとは百年早い。百年どころか金輪際、妙な気を起こさないよう末代まで根絶やしにしようではないか。
「いえ、陛下。冷静になられて。わたくしは子供をなすことができない身体なのです。このままあなたと添い遂げることがどうしてできましょう」
ああ、エリーゼ、どうして君にそのようなことを口に出させてしまったのか。私は時間を巻き戻したくなった。私が君にそこまでの重責を担わせてしまっただなんて口から血反吐を吐いて十字架に磔されてでも罪を贖いたいよ。君のその清純さを汚せない私は一生君には綺麗な身体でいてほしいんだ!
「もう一年近くも同衾しているというのにどうして授かれないのでしょう」
ああ、エリーゼ、すまない。君の憂いは祓えそうにない。添い寝のことをそんなに意味深に言わないでくれ。どうしてだなんて、そんな、君は、本当に、ああ、どうしたらいいんだ。
「君は悪くない。悪くないから……離婚するだなんていわないでくれ」
エリーゼは私の熱い吐息に身を強張らせた。なんていったらいいのか私にはもう。離婚と私の矜持を天秤にかけることになるとは。
「エリーゼ、とりあえず今晩まで待ってくれ」
私は離婚はしない。絶対にだ。
「わかりました」
エリーゼは神妙にうなずいた。ああ、だめだ何もわかってない! すまないエリーゼ、私を赦しておくれ。赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦しておくれ。赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ。赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦しておくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ。赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ、赦してくれ。。。。
ちゅんちゅん
「離婚はしません……」
翌朝、エリーゼは立ち上がれないまま顔を枕に埋めて言った。その朱に染まる耳元を見て、君への愛しさはますます強くなる。ごめん、エリーゼ。私は君を愛している。どんな手をつかってでも君を繋ぎとめておきたいんだ。私は絶対に君と別れるつもりはないし、君を逃したりはしないのだから。
お読みいただきありがとうございました!