9 どんな趣味だよ高梨さん
と、叫び声を上げたのはチイ子の方やった。
そして顔を覆っていた黒い布をめくり上げ、ズズイッと高梨さんに詰め寄って声を上げる。
「い、今、お付き合いしましょうって言うたの⁉それとも言い間違えたんかな⁉言い間違えたんなら今すぐ訂正した方がええよ⁉でないと人生を台無しにする事になるで⁉」
「うぉい⁉そこまで言う事ないやろ⁉で、でも、ホンマに、言い間違いとかじゃあ、ないの?ホンマにオレと、お付き合いして、くれるんですか?」
オレが恐る恐る尋ねると、高梨さんはニッコリ笑い、こう答えた。
「はい、言い間違いとかじゃなくて、本当にお付き合いしましょうって私は言ったのよ?」
ほ、ほ、ホンマやったんや。
つまりこれは、オレの告白が成功したって事なんや。
ほ、ホンマかいな?
今でも信じられへんぞ?
チイ子とグルになってオレをからかってるだけど違うんか?
でも、このチイ子の驚きようを見ると、どうやらそうでもないみたいや。
と、いう事は、高梨さんはホンマにオレとお付き合いしてくれるって事や。
おぉ、うぉおおおお。
オレの心の底で、静かに喜びがこみ上げてきた。
けど、やっぱりどうにも信じる事がでけへんので、オレは一応高梨さんに聞いてみる事にした。
「な、何で高梨さんは、オレと付き合ってもいいって言うてくれたの?こんな、プリンの姿をしたオレと」
すると高梨さんはほのかに頬を赤らめ、その頬を両手で包みながらこう答えた。
「私、プリンみたいな男の人が好きなんです・・・・・・」
どんな趣味やねん⁉
と、よっぽど口から出そうになったけど、オレはそれを何とか飲み込み、代わりにこう言った。
「そ、そうやったんや。高梨さんはそういう男がタイプやったなんて、全然知らんかったわ」
確かに、高梨さんはメチャメチャ男子にモテるし、数えきれんくらい告白もされているにもかかわらず、誰とも付き合った事はなかった。
その理由がこれやとするならば、納得がいかない事もない。
おそらく今までで、プリンの姿で高梨さんに告白したのは、オレが初めてやろうからな。
その高梨さんに、チイ子は至って真剣な表情で尋ねる。
「高梨さんは、何でプリンみたいな男の人が好きなん?」
それに対して高梨さんは、頬を赤く染めたまま答える。
「私、このプリンのプニプニした柔らかい感触にキュンときちゃうの♡プリンを見ると、『おいしそう』っていうより、『可愛い♡』ってなっちゃうのよ。だから今朝、プリンになった丸野君を見た時、私凄くドキッとしたんだよ?これが運命の出会いなんだって、心の底から思ったの」
凄いな。
こんな運命の出会いってある?
人の好みのタイプっちゅのは、ホンマにそれぞれなんやなぁ。
と、心底感じていると、高梨さんは一転して、暗い雰囲気になってこう続けた。
「それに正直言うとね、私、普通の男の人がちょっと苦手なんだ。実は私にも同い年の双子のお兄ちゃんが居るんだけど、この人は丸野君と違って乱暴で、私は小さい頃から叩かれたりいじめられたりして、凄く怖かったの。それに対して丸野君は双子の妹のチイちゃんと、色々と言い合いはするけど、何だかんだで優しいし、とっても仲がいいじゃない?だから心の底で、チイちゃんが凄くうらやましかったんだ。私のお兄ちゃんも、丸野君みたいな人だったらよかったのにって。そんな丸野君がプリンの姿になって私に告白してくれたら、これはもう断る理由がないじゃない?だから私今、とってもとっても幸せなの。プリン姿の丸野君とお付き合いできる事になって。ああ、丸野君♡プリン姿の丸野君♡何て、何て素敵なの♡」
そう言ってウットリした表情でオレを見つめる高梨さん。
一方のオレは片想いの相手の心を虜にする事ができたのやけど、正直、とても、複雑です・・・・・・。
だって結局高梨さんは、プリン姿のオレにキュン♡ってなってるんやろ?
人間の姿のオレにはキュン♡ってなれへんのやろ?
それってこれからお付き合いしていく上でどうなの?
オレは今日限りでプリンの姿を卒業するんでっせ?
まさか人間の姿のオレには全然キュン♡としないなんて事はないよね?
ちょっとはキュン♡としてくれるよね?
でもそれは怖くて聞けない!とても聞ける状況ではない!
けど、背後のチイ子はアホの子なので、それを何のためらいもなく聞いた。
「ちなみに高梨さんは、人間の姿のお兄ちゃんにはキュン♡ってなるの?」
聞くなや!それは聞かん方がええ事やから!
どうせロクな答えが返ってけぇへんから!
そんな中高梨さんは、極めてキッパリハッキリとこう言った。
「なりません」
それ見た事か!
そんな気がしたわ!
そしてそんな高梨さんの言葉にチイ子は深くうなずきながらこう言い添える。
「やっぱりそうやよね」
やかましいわ!お前はオレを応援したいのかケナしたいのかどっちやねん⁉
そう心の中で怒りの声を上げていると、チイ子はオレに向かって熱い口調で言った。
「お兄ちゃん!やっぱりお兄ちゃんはプリンの姿でこれからも生きていくのがええって!高梨さんもその姿のお兄ちゃんがええって言うてるんやから!」
「何でやねん⁉こんな姿で生きて行くなんて絶対嫌や!今すぐにでも人間の姿に戻して欲しいくらいやのに!」
すると高梨さんは物凄く真剣な顔つきで声を荒げる。
「そんなのもったいない!丸野君はその姿が一番素敵なのに!」
嬉しくない!
女の子に素敵って言われたのは初めてやけど、プリンの姿でそう言われても全然嬉しくない!
なのでオレはキッパリした態度でこう言った。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、オレは本来の姿で高梨さんとお付き合いしたいんや!だからプリンの姿で居続ける事はでけへん!ゴメン!」
すると高梨さんは両手で顔を覆い、まるで愛しい人と死に別れるような悲しい声でこう叫んだ。
「ああ!こんなに可愛くて素敵な丸野君がもう見られないなんて、私はこれから何を頼みに生きていけばいいの⁉」
「そんなにプリン姿のオレがいいの⁉それとも人間の姿のオレが嫌なの⁉」
オレも思わず叫ぶと、背後のチイ子が冷静な口調で口を挟む。
「恐らく両方やね」
「やかましいわ!そうなんやろうけど冷静な口調で言うなや!」
オレがチイ子にブチ切れていると、高梨さんはその場にひざまずき、大粒の涙をその瞳からあふれさせながら声をしぼり出した。
「丸野君、丸野君・・・・・・私の愛しい丸野君は、今日限りで居なくなってしまうのね・・・・・・本当に、今日限りで、うぅ・・・・・・」
そんな高梨さんの傍らにチイ子はしゃがみ込み、右手で優しくその頭をなでながらなぐさめる。
「何てかわいそうな高梨さん。高梨さんはただ、プリン姿のお兄ちゃんと一緒に居たいだけやのに、そんなささやかな願いも叶わない。人生は何て非情で無情なモノなんやろう。こんなに悲しい事が、他にあるやろうか?悲しくて悲しくて、とてもやりきれるモンやないで!」
そしてチイ子も高梨さんと一緒にオイオイと泣きだし、少女二人の悲しい泣き声が、体育館裏に響き渡った。
いや、何この状況?え?これって悲しいシーンなん?
しかもオレがメッチャ悪いヤツみたいになってない?
オレにどうしろと言うの?
そんな中高梨さんとチイ子は、大粒の涙を流し続ける。
「シクシクシク・・・・・・チラッ」
「メソメソメソ・・・・・・チラッ」
ちょいちょいオレの方をチラ見しながら。
この状況から逃げ出す事もできず、どうにもこうにも居たたまれなくなったオレは、ヤケクソで叫んだ。
「ああもうわかったわかりました!オレはプリンのままでええから、頼むから泣きやんでください!」
すると高梨さんとチイ子は〇・五秒で泣きやみ(どんだけ切り替え速いねん⁉)、一転して満面の笑顔になって叫んだ。
「嬉しい!これからもプリンのままで居てくれるのね!」
と高梨さん。
うん、まあ、うん。
「流石お兄ちゃんやな!愛する人の為に体を張るなんて、メッチャ男らしいでヒュウヒュウ!」
とチイ子。
お前、いつか、しばく。
そしてそんな二人を制するように、オレは叫んだ。
「ただし!流石に家や学校でこの姿のまま居るのは色々不都合がありすぎるから、それ以外の、例えばその、高梨さんとデートする時とか・・・・・・に限っては、プリンの姿で居るようにするよ。これで、ええかな?」
オレがそう言うと、高梨さんは「うん!」と快く頷いてくれたので、オレはチイ子に向かって言った。
「そういう訳やからチイ子、この後神社に行ったら、オレを人間の姿にもプリンの姿にも自在に変身できるように、お百度参りでお願いしてくれるか?」
「うん!わかった!」
調子よく頷くチイ子。
何かお百度参りの趣旨が大きくずれている気もするけど、まあ、それで全て丸く収まるならそれでええやろう。
神様もきっとその願いを叶えてくれるはずや。
こうしてオレは晴れて正式に高梨さんとお付き合いができる事になり、一応はハッピーエンドを迎える事ができた。
後はチイ子が近所の神社にお百度参りに行って、オレを人間の姿に戻してくれれば万事解決や。
そしてその夜、オレは人間の姿に戻った自分をイメージしながら眠りについた。
そして、夜は更けて行き・・・・・・・
朝起きたら、コーヒーゼリーになってしもうとった。
「チイ子コルァアアアアアアアッ!」
朝起きたらプリンになってしもうとった話 完