3 あこがれの高梨さん
下駄箱で上靴に履き替え(履き替えたのはチイ子だけやけど)、オレとチイ子は教室へ向かう。
クラスが同じなので、向かう教室も同じや。
そのクラスにはさっきの緑川も居るんやけど、あいつの事はもうほっとこう。
それより問題なのは、さっきも話にチラッと出た、オレの片思いの相手である高梨琴美さんや。
この人は黒髪ロングヘアーの、清楚で可憐な美少女で、頭がよくて礼儀正しくて性格もおだやか。
顔は良くてもアホ丸出しのチイ子とは正反対の、見た目も中身も完璧な、超正統派美少女。
それがオレの片思いの相手である高梨琴美さんなのやった。
そんな高嶺の花である高梨さんなので、平凡という言葉を擬人化したようなオレはほとんど会話した事もないし、オレがプリンになってしもうたところで、彼女には何ら関係の無い事なんやけど、それでもオレは彼女にこの事を知られるのがどうしても嫌やったので、教室に入る前に、チイ子に釘を刺すべくこう言った。
「ええか?オレは今日という日をできるだけ何事もなく乗り切りたいから、できるだけオレを目立たせんようにしてくれよ?特に高梨さんにはこんな姿を見られたくないから、できるだけ話しかけたりせんといてくれよ?」
するとチイ子は自信満々に
「うん!わかった!」
と頷き、教室の引き戸をガラッと開け、窓際の席に居る高梨さんの方に一直線に歩み寄り、開口一番こう言った。
「おはよう高梨さん!なあなあ見て見て!ウチのお兄ちゃんプリンになってしもうてん!どう?可愛いやろ?」
お前ホンマにブチ殺したろうか!
と、ホンマに口から出そうになったけど、憧れの高梨さんがすぐ目の前に居るので、その言葉は一瞬でどこかに消え去った。
ああ、今日もまぶしい程に高梨さんは美しい。
春、満開に咲き誇る桜の花も、彼女の前ではただの背景にしかならないやろう。
そんな高梨さんは、プリンに変わり果てたオレを見ると、その澄んだ瞳を満月のように丸くして、戸惑った声を上げた。
「え、ま、丸野、君?このプリンが?本当に?」
それに対してチイ子は「うん!」と元気よく頷き、オレを高梨さんのすぐ目の前(近い近い近い!)に差し出して言った。
「ほら、ここにお兄ちゃんの顔がついてるやろ?ちゃんと声も出せるねんで?ほらお兄ちゃん、高梨さんに挨拶しぃや、ほら」
「え、えええええっ?」
予想外の展開に、ただただ取り乱すオレ。
だってこんな近くに高梨さんの顔があるなんて、恥ずかしいやないか!
うぉおおっ!
今にも高梨さんの吐く息が、オレの顔にあたりそうや!
はぅああああっ!
恥ずかしいぃいいいっ!
人間の姿の時はこんなに近寄る事なんて絶対にでけへんかった、高梨さんの顔がすぐ目の前に!
こ、ここはとにかく、腹をくくって彼女に挨拶するしかない!
そう心に決めたオレは、グッと胸を張って(胸はないけど、気分的に)高梨さんに言った。
「お、おはぶ、ぅよう、たきゃなし、さん」
めっさ噛んだわ!
高梨さんに挨拶できるチャンスなんてまずないのに、めっさ噛んでしもうた!
しかもたきゃなしさんて何やねん⁉
憧れの人の名前を噛むとか最悪過ぎるやろオレ!
ぬぁあああっ!
と、自己嫌悪まっしぐらに落ち込んでいると、高梨さんはそんなオレのグダグダな挨拶にツッコミを入れる事もなく「おはよう、丸野、君」と、ちゃんと挨拶を返してくれた。
ああ、何ていい人なんや。
感動し過ぎて涙が出そうや。
と、胸が一杯になっていると、高梨さんはチイ子に向かって言った。
「ほ、本当に丸野君なんだね。一体どうしてこんな事になっちゃったの?」
それに対してチイ子は、目を泳がせながらこう答える。
「あ、あ~、夕べプリンを食べ過ぎて、朝起きたらこんな姿になってしもうたらしいよ?でも明日には元に戻るみたいやから、大丈夫なんやって」
嘘つけや!
お前が神社でアホなお願いしたせいでオレはこんな姿になってしもうたんやないか!
そしてトラックにひかれたのもお前のせいやからな!
と、のど元まで出かかったけど、高梨さんの前で声を荒げる訳にもいかんので、オレはその言葉をグッと飲みこんだ。
そんな中、オレの姿に気付いた他のクラスメイトどももワラワラと集まって来て、ギャアギャア騒ぎ始めた。
「何や何や?丸野の兄貴がプリンになってしもうたやって?」
「うお!ホンマや!プリンになっとる!しかもちゃんと丸野の顔が付いてるやんけ!」
「ギャハハハッ!ウケるわぁっ!これ何の罰ゲーム?」
寄ってたかってオレを笑い物にするクラスメイトども。
くそぅっ、だからオレは学校に来るのが嫌やったんや。
おまけに前もってオレを目立たせんように釘を刺したのに、チイ子はいきなり高梨さんにバラしてしまうし!
んもぉおおっ!ホンマにもぉおおっ!
ちなみにこの後教室に担任の小山恵美子先生(女性、二十七歳独身。最近の悩みは、酒以外にストレス発散の方法が見つからない事)がやって来たけど、小山先生がオレを見た時のリアクションはこうやった。
「私、プリンって好きじゃないのよね」
ああ、そうですかい・・・・・・。