2 プリンになった原因
という訳でオレはチイ子に連れられて(運ばれて、という表現の方が正しいかもしれない)学校へ向かっている。
プリンになったオレが乗った丸皿を両手で持ち、それを自分の胸の前の高さに掲げて歩いているチイ子。
その様子は誰が見ても異様な光景で、すれ違う人達は漏れなくオレとチイ子の事を変な目で眺めて行く。
その視線はオレのプリンボディーに容赦なく突き刺さるが、チイ子の方は全く平気な様子でオレに話しかけて来た。
「なぁ、いつまでその格好で居るつもりなん?そのままやとこれから色々と不便やと思うで?」
「分かっとるわい!オレも好きでこんな姿になってしもうた訳とちゃうんや!昨日トラックにひかれて気を失って、朝起きたらこの姿になってたんや!一体何でこんな姿になったんか、どうすれば人間の姿に戻れるのか、さっぱり見当がつかんわ!」
「ウチもさっぱり分からんわ。せっかくウチ、夕べ近所の神社にお百度参りに行ったのになぁ」
「おおチイ子、お前オレの為にお百度参りなんかしてくれたんか。それはおおきにやで」
「うん、でも、ウチのお百度参りも全然効果がなかったみたいやわ。やっぱりこの世には神も仏もあったモンやないんやね」
「いや、それはどうか分からんけど、ちなみにチイ子、お前お百度参りでどんなお願いをしたんや?まさかとんでもなくアホな願い事とかはしてないよな?」
これまでの経験上、チイ子の行動にはいつも重大なミスがある事が非常に多い
(宿題を写させてもらうと、その答えがほぼ全問間違っていたり、
麦茶を買って来てくれと頼むと、間違えてメンつゆを買ってきたり、
保健体育の教科書と間違えて、オレがベッドの下に隠していたエロ本を持って行ったり)
ので、オレは一応チイ子に確認しておく事にした。
もしかしてこいつは、夕べのお百度参りでとんでもない願い事をしてしもうたんとちゃうやろうか?
するとチイ子はムッとしたように頬を膨らませ、ちょっと不機嫌な様子でこう言った。
「失礼やなぁ、ウチはお兄ちゃんの事を心配してお百度参りに行ったんやで?そこでアホなお願いごとなんかする訳ないやんか」
「そうか。じゃあ何て言うて神様にお願いしたんや?」
「『トラックにひかれたお兄ちゃんが無事でありますように。プリンが食べたいです』ってちゃんとお願いしたもん」
「おいおい待て待て!何やねんプリンが食べたいですって⁉」
「え?さっき言うたやんか。ウチは夕べからプリンが食べたいんよ」
「だからってお百度参りでそんなお願いすんなや!もしかしてそれでオレはプリンの姿になってしもうたんとちゃうんか⁉」
「えええっ⁉じゃあ神様はちゃんとウチのお願いを聞いてくれたんやね!ありがとうございます神様!さっきは神も仏もないなんて言うてごめんなさい!」
「いやありがとうやないわい!何でオレの無事をお願いする時に、プリンを食べたいとかいうお願いもすんねん⁉神様が一緒くたにその願いを叶えてしもうたんやないか!」
「なるほど!さすが神様は頭がええなぁ」
「頭よくないわい!こんなんただの横着やないか!オレの命を救ったのはええけど、そのオレをプリンにしてどないすんねん⁉」
「ウチが食べます。いただきます」
「だから食うなっちゅうに!そもそもオレがトラックにひかれたのもお前が原因なんやからな!ちゃんと責任取ってオレを元に戻せや!」
「えぇっ⁉そそそそうやったかな?ウチは全然覚えがないんやけどぉ・・・・・・」
「いやあるやろ!ていうかホンマにお百度参りでオレの体がこんな事になったんやったら、お前がまたお百度参りに行ってオレの体が元に戻るようにお願いすればええんとちゃうんか⁉」
「・・・・・・え、ちょっと話が難しい。横文字ばっかりで喋らんとってもらえる?」
「ワシさっきから一言も横文字で喋っとらんわい!だからお前がもう一回お百度参りに行けって言うとんねん!」
「あ、あ~なるほどぉ・・・・・・めんどくさいなぁ・・・・・・」
「心の声が口から出とるぞ⁉めんどくさくてもお前がやったんやからお前が責任取れよ⁉」
「え~、もうええやんかプリンのままで。ウチがちゃんとお世話するから。いざとなったらウチが食べるし」
「だから食うなって言うとるやろがい!このまま元に戻られへんかったら、死んでもお前を恨んで呪うからな!」
「わかったわかりましたがな!ちゃんとまたお百度参りにいってお兄ちゃんを元にもどしてもらうから、今日一日はプリンのままでガマンしてな?神社へは学校が終わったらちゃんと行くから」
「おう、それなら一日くらいこの姿で学校へ行くわ。ホンマはメッチャ嫌やけど」
「いやいや、よう見たらお兄ちゃん、そっちの姿の方がインパクトがあってええで?お兄ちゃんが片想いしてる高梨さんも、そっちの方がええって言うてくれるかも知れへんで?」
「んな訳ないやろ!っていうかそういえば、高梨さんにもこの姿を見られてしまうんか!それはかなり嫌やな!やっぱりオレ学校休むわ!」
「あかんよ!ホンマにあの人の事が好きなら、お兄ちゃんのありのままの姿を見てもらわんと!」
「オレのありのままの姿はこれやないからな⁉お前のせいでこうなっただけやからな⁉」
「はいはいもうわかったから、ほら、もう学校見えてきたで?観念して一緒に学校行こうや。高梨さんはお兄ちゃんがプリンになったから言うて、嫌いになったり気持ち悪がったりはせぇへんよ。表向きは」
「嫌な言い方すんなや!あの人は心の中でもそんな事はせぇへんわ!」
そんなやりとりをしている間に、オレとチイ子は学校の校門近くまでやって来た。
すると校門の所に風紀委員と書かれた腕章をつけた数人の生徒が立っていた。
どうやら服装チェックと頭髪検査をしているらしい。
その風紀委員の中には、オレのクラスメイトで、オレが苦手にしている男子生徒の緑川輝明の姿もあった。
あいつは学校の中でも五本の指に入る程のイケメンで、成績も優秀で運動神経もよくて女子にもモテまくるけど、そういう男子にありがちな超が付くほどのナルシストで、女子には優しいけど自分以外の男を見下して馬鹿にしている非常に嫌~な性格のヤツなんや。
おまけにあいつはチイ子に密かに片想いをしていて、割と一緒に居る事が多いオレを目の敵にし、事あるごとに突っかかって来ては嫌味を言ったり喧嘩をふっかけたりしてくる。
しかもあの野郎は風紀委員で、時々ああやって校門の前に立って服装や髪形の検査をしてるんやけど、至って平凡で何の落ち度もないはずのオレの髪型や服装に、何かしらのケチをつけてはネチネチと説教してくるのやった。
そんなあのボケがよりにもよって今日も校門の前に立ってるなんて、オレは何て運が悪いんや。
とにかくこんな姿、あいつだけには絶対に見られる訳にはいかん。
なのでオレは、
「おいチイ子、オレをうまい事かくして――――――」
緑川のヤツに見つからんようにしてくれ。
と言おうとしたのやけど、能天気なチイ子は
「おはよー緑川君!今日も風紀委員のお仕事大変やねぇ!」
と、無駄に元気な声で緑川に挨拶しおった。
まったくもう!お前というヤツはもう!
すると緑川はチイ子の顔を見てほのかに顔を赤らめ(キモッ!)、目を泳がせながら挨拶を返す。
「お、おはよう丸野さん。きょ、今日も、可愛いねゴニョゴニョ・・・・・・」
こいつは他の女子には平気な顔で歯の浮くようなほめ言葉をペラペラ並べ立てるクセして、本命のチイ子の前では、全くグダグダのダメダメになるのやった。
ホンマ、大した事ないやっちゃで(オレも高梨さんの前ではこんな感じやけど、それはここでは触れない事にする)。
そんなグダグダのダメダメな緑川は、チイ子が両手に持つ丸皿に乗ったオレに気付き、眉間にシワを寄せてズイッと覗きこんできた。
「丸野さん?どうしてプリンが乗った皿なんか持っているんだい?しかもこのプリン、よく見ると僕がこの世で最もいけすかない、丸野幸太とそっくりの顔がついているじゃないか?何て気持ちが悪くて不愉快なプリンだろう」
その言葉にカチンときたオレは、反射的に緑川に向かって声を荒げた。
「やかましいわ!気持ち悪くて不愉快でえらいスンマセンなぁ!」
「うわっ⁉プリンがしゃべった⁉何だこのプリン⁉しかも顔だけじゃなくて声まであの丸野幸太そのものじゃないか!」
驚きの声を上げて後ずさる緑川。
その緑川に、チイ子は苦笑いを浮かべながら答える。
「いや~、このプリンはホンマにウチのお兄ちゃんやねん。実は色々と事情があって、今日一日はこの姿で居らんとあかんのよ」
「な、何だって⁉このプリンは本当に丸野幸太なのか⁉」
そう声を上げ、緑川は改めてマジマジとオレを眺めまわす。
そしてプッと吹き出し、高笑いしながらこう言った。
「クッハッハッハ!こいつはケッサクだ!まさか丸野幸太がプリンになったとはな!いや、しかしよく見ればその格好の方がよく似合っているぞ!これと言った取り柄も無く、平凡という言葉を体現したようなお前には、その姿こそ相応しいんじゃないか⁉ハッハッハッハ!」
「うるさいわい!オレも好きでこんな姿で居るんとちゃうんじゃ!明日には元に戻る(予定や)からほっとけや!」
オレはそう言い返したが、緑川は持ち前の人を見下すような笑みを浮かべてこう続けた。
「そうかそうか、まあ事情は大体わかった。それなら今から服装と頭髪の検査をさせてもらうぞ。もちろん丸野幸太、お前もな!」
「なぁっ⁉」
緑川の容赦のない言葉に目を大きく見開くオレ。くそぅっ!ある程度予想はしてたけど、やっぱりそこは見逃してはくれんのか。まあ人間の姿の時ですら何かとイチャモンつけられるんやから、プリンの姿なんかしてたら尚更イチャモンつけられるわな。するとそんな緑川に、チイ子は自分の格好を見回しながら尋ねる。
「緑川君、ウチの格好は大丈夫かな?髪型とか問題ない?」
「も、もちろんだよ。丸野さんはいつだって完璧さ。その制服姿も髪型も、他の誰よりもゴニョゴニョ・・・・・・」
こいつ、ホンマにうっとうしいわぁ。
そんなにチイ子にほれてるならさっさと告白せぇや。
そしてふられてしまえ。
オレが心からそう思っていると、緑川はゴホンとひとつ咳払いをし、ビシィッとオレを指差して声を荒げた。
「それより問題なのは丸野幸太!お前だ!何だその格好は⁉制服ウンヌンの前に素っ裸じゃないか!」
「当たり前や!プリンになってしもうたんやからな!制服なんか着られる訳がないやろ!」
「朝っぱらから全裸で登校とは、校則違反どころか公然わいせつ罪だぞ!これは先生に報告しなければならないな!」
「今日くらい見逃してくれや!こうなったのは不可抗力なんやから!」
「いいや!僕は風紀委員として、学校の風紀を乱さないようにする事が仕事なんだ!だからお前を例外にして見逃す訳にはいかない!」
こいつぅっ!ホンマにホンマにうっとうしいわぁっ!
オレがこんな姿じゃなけりゃ、今すぐにでも殴りかかるのに!
そう思いながら歯ぎしりしていると、緑川はオレの頭を指差してこう続けた。
「そして次は頭髪検査だ!何だそのヘアスタイルは!この学校は、スタイリング剤をつけて登校してはいけないと、生徒手帳にもちゃんと書いてあるだろうが!」
「これはスタイリング剤やのうてカラメルソースや!プリンやねんからしゃあないやろ!これがないと頭が干からびてしまう(かどうかは知らんけど)んや!」
「言い訳なんぞ聞きたくないな!とにかくこれも先生に報告だ!ただでさえ低いお前の偏差値が、ますます下がる事は間違いなしだな!覚悟しておけよ!」
そう言って勝ち誇ったような笑みを浮かべる緑川。
くっそぉうっ!しゃべる事しかでけへんこの体がもどかしい!ぐぉおおおおっ!
心の中でオレが怒りのマグマを吹き荒れさせていると、チイ子が緑川に一歩歩み寄り、上目づかいでこう言った。
「緑川君、風紀委員のお仕事もちゃんとせなあかんかもしれへんけど、今日だけはお兄ちゃんの事、見逃してあげてくれへんかなぁ?そうしてくれたらチイ子、とっても嬉しいんやけど?」
「うぐっ・・・・・・」
そんなチイ子に緑川は再び顔を赤らめ(ホンマにキモッ!)、目をそらしながら呟くように言った。
「ま、まあ、今日だけは見逃してあげようかな。僕だって鬼じゃあないからね」
「ホンマに?ありがとう緑川君!緑川君ってええ人やね!」
無邪気に喜ぶチイ子に、
「そ、そんな事ないよ」
と言って満更でもない表情を浮かべる緑川。
ホンマにチョロい男やで。
ともかく何とか緑川の魔の手から逃れる事ができたオレは、無事に校門を通過できたのやった。
その時にチイ子がしたり顔で、
「フフン、ウチのおかげで無事にあの場を切り抜ける事ができたんやから、少しはお兄ちゃんも、ウチに感謝せなあかんで?」
とぬかしたのでかなりイラッときたけど、少なくとも今日一日はこいつにお世話にならんとあかんので、これ以上は何も言わん事にした。
とにかく今日一日、今日一日だけは何事も無く乗り切りたい所や。