1 起きたらプリン
朝起きたら、プリンになってしもうとった。
え~と、いきなりこんな事言われても反応に困るわな。
まずは自己紹介からしとこうか。
オレの名前は丸野幸太、十四歳。
これといって何の取り柄もない平凡な中学二年生。
勉強はそこそこ、運動神経もそこそこ。
ルックスは、妹の智衣子いわく『インパクトに欠ける顔』らしい。ほっとけや。
そんな平凡な男子中学生であるオレが、朝起きたらプリンになってしもうとった。
どうしてこんな事になってしもうたのか考える前に、昨日の記憶をたどってみようと思う。
昨日は学校が終わって、俺が所属している剣道部の練習を終えて家に帰っていたら、道の真ん中に一匹の子猫が居った。
するとそこに一台の大型トラックが突っ込んで来た。
危ない!と思うたけど、子猫はすぐに立ち上がって逃げて行ったので、ひかれる事は無かった。
けど、隣を歩いていた妹のチイ子が先走りしやがって、
「危ない!あの子このままやったらひかれる!お兄ちゃん助けてあげて!」
と叫び、子猫が逃げた事をよく見もせずにオレを道の真ん中に突き飛ばした。
そこにトラックが突っ込んで来て、オレはそのままトラックに吹き飛ばされて、
ドゴォン!っていう凄い音がして、そのまま気を失った。
で、パッと目を覚ましたら、オレは病院のベッドに居た。
どうやらトラックにひかれたオレは、そのまま救急車か何かで病院に運ばれたらしい。
それはわかる。そこまではいい。
ただ、病室の壁にかけられた鏡に映っているオレの姿が、いつもとは違っていた。
オレは、プリンになっていた・・・・・・。
そう、あのプリンです。
黄色くてプリンプリンしてて、見た目だけなら茶碗蒸しや卵豆腐と見分けがつきにくい、あのプリンです。
オレは今、そのプリンになっていた。
しかもカップに入っている状態ではなく、白い丸皿の上に、カラメルソースの部分が頭になっている状態で乗っかっている。
プリンの大きさは、普通よりも大きいタイプやと思う。
コンビニで見たらテンションが上がって思わず買ってしまうけど、晩ごはんを食べた後に食べたら、
『うっぷ、やっぱり普通のサイズにしとけばよかった・・・・・・』
って後悔するサイズや。
その大型プリンの側面に、オレの顔が、人間やった時の顔のままでくっついている。
手足は、無い。
それが今のオレの状態で、その事実を知ったのが、つい今しがたという訳や。
とりあえず、一発叫んどこうか。
「な、な、何じゃこりゃあああああっ⁉」
どうやら声は出るみたいや!
顔の表情もちゃんと変わる!
気持ち悪っ!
何やこれ⁉
しゃべる人面プリンってか⁉
キモッ!
何でこんな事になっとんねん⁉
トラックにひかれて病院に運ばれて朝目が覚めたらプリンになってたって⁉
そんな事ありえんのか⁉
寝てる間に鼻血が出て、朝起きたら枕が血まみれになってたり、
寝てる間に顔のニキビがつぶれて血が出て、朝起きたら布団が血まみれになってたり、
寝てる間に何か変な夢を見て、朝起きたらパジャマのズボンが何か変な事になってたりした事はあった(その後お母ちゃんに、『あなたも大人への階段を上っているのね』とシミジミ言われた。そっとしといてください)けど、プリンになってたなんて初めてや!
一体どうなってんねん⁉
オレはこれからどうやって生きて行けばええねん⁉
そう思いながらパニックになっていると病室の扉がバン!と開き、そこからオレのお母ちゃんが姿を現した。
きっとオレの叫び声を聞きつけてやって来たのやろう。
そしてベッドの傍らに駆け寄って来て開口一番こう言った。
「幸太!目が覚めたのね!トラックにひかれたって聞いたから、お母さんとっても心配したのよ⁉」
お母ちゃんは涙ぐみながらそう言った。
いや、まあ心配してくれるのはええんやけど、それより何よりオレのこの状態を見て、何か気付く事はないんやろうか?
なのでオレはお母ちゃんにその事を尋ねてみた。
「それは心配かけてゴメンなぁ。でもそれより、オレの今のこの姿を見て、何か気付く事はない?」
オレがそう尋ねると、お母ちゃんは
「え?ん~?」
と声を上げ、首をかしげながらマジマジとオレを見つめる。
ちなみにオレのお母ちゃんは息子のオレが言うのも何やけど、面倒見が良くて優しくて割とベッピンな人や。
ただちょっと、いや、相当天然な所がある。
そのせいかどうかは知らんけど、お母ちゃんはしばらく考えた後にこう答えた。
「ちょっと分からないわ。だって、いつもの幸太の顔だから」
「確かに顔はね!でも全体的に見たらいつもと全然違うやろ⁉今のオレ、明らかにおかしくない⁉」
「えぇ?・・・・・・あぁっ!幸太!あなた頭から、血が出てるじゃないの!」
「カラメルソースや!これは血とちゃうねん!」
「えぇっ⁉ペロリ・・・・・・本当だわ!カラメルソースだわ!しかもただ甘ったるいだけのヤツじゃなくて、コクと風味が豊かな、高級なカラメルソースね!お母さんはちゃんとお見通しよ!」
「そんな『息子の事は何でもお見通しよ』アピールをここでせんでええから!それより早よ気付いてぇや!オレ今プリンになってしもうとんねん!どないしたらええんや⁉」
「えぇっ⁉じぃ~っ・・・・・・・・・・ほ、本当だわ!よくよく見たら幸太、プリンになっているじゃないの!」
「よくよく見んでも分かるやろ⁉チラッと見ただけでもプリンって分かるやんか!」
「幸太、トラックにひかれてこんなお労しい姿になってしまったのね・・・・・・」
「ならんやろ⁉トラックにひかれてプリンの姿になるってどういう事やねん⁉」
「そのトラックには大量のプリンが積まれていたのかもしれないわ。きっとそうよ!」
「仮にプリンが積まれていたとしてもオレがプリンになってしもうた事とは関係ないやろ!」
「そんな事わからないじゃないの!あんまりおかしな事言ってると、お母さん怒るわよ⁉」
「おかしな事を言うてんのはお母ちゃんやからね⁉とりあえず何とかしてぇや!このままやとオレ、生きて行かれへんわ!」
「大丈夫よ幸太。幸太がどんな姿になってしまっても、私は幸太のお母さんだからね」
「今はそういう感動的なセリフいらんねん!それより具体的にどうすれば元の姿に戻れるのかを考えてぇや!」
「そうねぇ、とりあえず、湿布を貼ってみたら?」
「筋肉痛か!そんなんで元に戻る訳ないやろ!」
「もう一度トラックにひかれてみればいいんじゃない?」
「間違いなく潰れてこの世から無くなるわ!」
「ホイップクリームをかけて、周りにフルーツを盛りつけて、豪華な感じにすればいいと思うわよ?」
「プリンアラモードやないか!もう真面目に考える気ないやろ!」
「はい」
「はいって言うな!しかも何でちょっとふてくされてんねん⁉とりあえず病院の先生呼んでぇや!もしかしたら何か対処法を教えてくれるかも知れんから!」
オレがそう言うと、お母ちゃんは一旦部屋から出て先生を呼びに行った。
そしてしばらくするとお母ちゃんと一緒に、白衣を着た白髪交じりの男の先生が現れた。
眼鏡をかけ、鼻の下にチョビひげを生やし、それなりに貫録がありそうな先生や。
その先生は、部屋に入ってオレの姿を見るなりこう言った。
「どうやら体には何の異常もないようだね。もうお家に帰っても大丈夫だよ」
オレは今後入院をするような大怪我をしても、この先生にだけは診察されたくないと心から思った。
そしてこのままお家に帰されてもかなわんので、必死に先生に訴えた。
「いやいやいや!メチャメチャ異常あるでしょ⁉オレの体がプリンになってしもうたんですよ⁉こんな事ってありますか⁉」
すると先生はオレの全身をまじまじと眺めながらこう返す。
「う~ん、確かにプリンになっているねぇ。ちょっとプリンの食べ過ぎじゃないかな?」
「スイカを食べ過ぎてスイカ人間になりましたみたいな診断はやめてもらえますか⁉オレはそこまでアホみたいにプリンを食うてないですよ⁉」
「自分の体がプリンになってしまった事について、何か心当たりはないかな?」
「ありませんよ!ある訳ないじゃないですか!これって何かの病気なんですか⁉」
「そうだねぇ、私も長年医者をやっているが、体がプリンになってしまった患者さんは初めてだよ。これはもう、神のイタズラとしか言いようがないねぇ」
「そんなアホな!神のイタズラにしてもひど過ぎるでしょう!」
「まあまあ落ち着きなさい。人生はね、時として考えられないような不思議な事が起こるものだよ。これはきっと、神様が君に与えた試練なんだ。この試練を乗り越えた時、君は人間として、大きく成長できると思うよ?」
「この状況でそんなアドバイス聞きとうないわ!人間としてどころか、今のオレはプリンになってしもうてるし!」
「じゃあプリンとして成長すればいい。例えプリンの体になったとしても、そんな自分を受け入れて精一杯生きて行けば、君の人生はきっと意味のあるものになるはずだ」
「ならんわ!何を人生の名言みたいに言うてますねん⁉」
オレが怒りの声を上げる中、お母ちゃんがオロオロした様子で先生に尋ねる。
「先生、私はこの子の母親として、これからどう接していけばいいでしょうか?」
それに対して先生は、右手で眼鏡をクイッと上げながら答える。
「そうですな、直射日光を避けて、十℃以下で保存してください」
完全にプリンとの接し方!
「あと、容器から出ている状態なので、できるだけ早くお召し上がりください」
しかも食べる事前提になっとるやないか!
それはあかんやろ!
それに対してお母ちゃん。
「わかりました。できるだけ早くいただきます」
いや、分かりましたやあれへんがな!
食うたらあかんねん!
それが分かっているのかいないのか(恐らく分かってないやろうけど)、お母ちゃんはオレの方に向き直って言った。
「とにかく幸太、今日も学校でしょう?もうすぐチイちゃん(妹のチイ子の事)が迎えに来てくれるから、一緒に学校に行きなさい」
「どえぇっ⁉オレプリンの状態でも学校に行かなあかんの⁉できれば学校には行きたくないんやけど!」
「何言ってるの!そんな事じゃあ勉強がどんどん遅れちゃんわよ⁉それに来月は剣道の地区大会もあるんでしょう?それに向けてしっかり練習しなきゃ!」
「いや、だからプリンの状態でどうやって剣道なんかすんねん⁉絶対でけへんやろ!」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないの!」
「分かるやろ!どう考えても!」
「熱い情熱があればきっと何とかなるわ!『心頭滅却すれば火もまた涼し』よ!」
「ならんよ!いくら滅却してもプリンの体で剣道はできんよ!」
「滅却が足りないのよ!」
「そんな叱られ方初めてされたわ!」
などとお母ちゃんと言い合っていると、部屋のドアがバン!と開け放たれ、そこからセーラー服姿の妹のチイ子が現れた。
妹と言うても、俺とチイ子は双子なので歳は同じ十四歳。
体格は細身で小柄。
いつも髪を左右に分けてツインテールにしていて、無駄に元気で落ち着きが無くて声がでかい。
まあちょっとばかり(いや、かなり)天然でアホの子やけど、顔はべっぴんのお母ちゃんに似ているせいか、密かに男子に人気があったりする。
そんなチイ子は「お兄ちゃん!大丈夫⁉」と叫びながらベッドの傍らに駆け寄って来て、プリンの姿になり果てたオレを見て、開口一番こう言った。
「あ!プリンがある!いただきます!」
「待てぇい!食うな!このプリンはオレや!」
チイ子の行動を読み切っていたオレがそう叫ぶと、チイ子は目を丸くしてオレをマジマジと見詰め、驚きの声を上げた。
「ホンマや!プリンにお兄ちゃんの顔がついてる!いただきます!」
「アホか!何でオレやと認識したのに尚も食べようとすんねん⁉」
「だってウチ、夕べからプリンが食べたくて仕方ないんやもん!家の冷蔵庫にも無いし!」
「それやったらコンビニにでも買いに行けや!今はそれどころやないんや!オレの体がプリンになってしもうて大変なんや!」
「ホンマに見事にプリンになってしもうたんやね。何でなん?」
「オレが聞きたいわい!」
オレが怒りの声を上げていると、お母ちゃんが口をはさんできた。
「幸太、とにかく早く学校に行きなさい。このままじゃ遅刻しちゃうわよ?チイちゃん、幸太はこんな状態だから、学校まで連れて行ってあげてくれる?そして学校でも色々と幸太の面倒を見てあげて欲しいの」
「わかった!ウチはお兄ちゃんとクラスも一緒やし、バッチリお兄ちゃんのお世話をしてあげる!だからお兄ちゃんは何も心配する事はないで!」
そう言って右手で自分の胸元を叩くチイ子。
いや、正直心配しかないんやけど、とにかく今はそうするしかなさそうなので、オレはそれ以上何も言わない事にした