序文:季節外れの向日葵の如く
向日葵の花は、常に太陽のある方角を向くと言われるが、これは正確ではない。太陽を追いかけて向きを変えるのは花を咲かせる前の話であり、一度開花したあとは、基本的に東を向いたまま動かなくなる。
つまり、成長しきった向日葵は、太陽を見つめることをやめてしまうのだ。
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血の付いた灰皿と、横たわる死体。推理小説や刑事ドラマなどの中で幾度となく描かれて来たお決まりのシーンであるが、まさか、自分がその主演を務めるハメになろうとは──犯人にしてみても、つい何分か前までは、想像すらしていなかった。
──殺してしまった。こんなことをするつもりなんて、少しもなかったのに……。
その人物にとって、それは不慮の事故のようなものだったのかも知れない。呆然と立ち尽くす頭の中で、「ツイてない」と言う言葉が浮かぶ。
運が悪かったのだ。犯人も、被害者も。どうして自分がこんな目に遭わなくてはならなかったのか……何故に彼女を殺めなければならなかったのか……誰かに教えてほしい気持ちだった。
しかし、たとえ故意ではなかったとしても、その手で一人の人間の命を奪い去ってしまったことは、紛う方なき事実である。
そして、犯人が、自らの罪を贖うことから、逃げ果せようとしたことも。
──とにかく、このままではマズい。早急にあれをどうにかしなければ。
迷っている時間はなかった。その人物は咄嗟の機転で思い描いた隠蔽工作を、すぐさま実行に移す。
二〇一八年の秋の日の夜。
大輪の謎が、季節外れの向日葵の如く、花開いた。