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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界から来た男

作者: 佐崎 一路

ふと思い立って、ちゃっちゃと書いてみました。

星先生のショートショートを意識してます。

 ある日、草原の狩猟民族である人馬族(セントール)の集落に、奇妙な衣服をまとった二本足のよそ者が疲労困憊でやってきた。

 森に住む森精族(エルフ)にも似ているが、黒髪黒目で耳も短い森精族(エルフ)など聞いたこともない。

 岩山を住居とする洞精族(ドワーフ)にしては背が高いし髭も生えていない。第一崖から落ちても平気なほど頑丈な洞精族(ドワーフ)と違って、人馬族(セントール)の子供が蹴っただけでも大怪我をしそうなほどひ弱である。

 ひ弱といえば小鬼族(ゴブリン)旅精族(ハーフリング)だが、もうまったく見かけが違う。

 言葉も通じず困った人馬族(セントール)であったが、しきりに喉が渇いて空腹なことを男が身振り手振りで示すので、とりあえず水を与えたところ、よほど喉が渇いていたのか男は椀で何杯も水を飲んだ。

 そこへ異変を聞いて知恵者である長老がやってきた。

 男の姿を一目見た長老が聞いたこともない言葉で話しかけると、男は驚いた様子で目を見張ったあと、必死の面持ちで長老に何かを訴えかける。

 しばらく男と対話をしていた長老だが、一息ついたところで様子をうかがっていた一族の者に告げた。


「この者は異界からの迷い人。《福者(ベアト)》である」


 その言葉に大いに沸く人馬族(セントール)たち。対照的に目を白黒させる男。

福者(ベアト)》とは、こことは違う場所から数十年に一度、不意に現れる者たちの総称である。

 詳しくはわからないが、彼ら/彼女らの話によれば、その場所では翼もないのにヒトが空を飛び、人馬族(セントール)の足でも三日はかかる距離を座ったまま、食事の支度をするほどの時間で移動でき、暑さも寒さも魔法で自由自在であり、水も食べ物も労せずして好きなだけ飲み食いできるという。

 おそらくは天上界から何らかの理由でこの地に落ちてきたのだろう彼ら/彼女らに敬意を表して、この地に住む者たちは《福者(ベアト)》と呼びならわしているのであった。


 実際、《福者(ベアト)》の持つ道具や知識は優れていて、人馬族(セントール)が持つ道具ひとつとっても、矢の命中率を格段に引き上げた矢羽(ヴェイン)や、獲物を捕まえるための罠、燻製肉の作り方や獲物の血まで食える腸詰の作り方など、いまではなくてはならないものが《福者(ベアト)》からもたらされたと言われている。

 新たな恵みをもたらす者として、男が熱狂的な歓迎を受けたのは言うまでもなかった。


 そうして季節が二回ばかり変わり、《福者(ベアト)》の男も人馬族(セントール)の言葉を喋れるようになった頃――。

 どうしたことか草原に住む生き物たちの間に病魔が蔓延し、軒並み獲物が獲れなくなってしまったのだ。

 病魔に罹って死んだ動物の肉を食べると同じ病魔に罹ることから、人馬族(セントール)はわずかな保存食と、食べられる植物、そして《福者(ベアト)》の男の助言に従って川で魚を採るなどしたが、『鱗のある生き物は毒を持っている』との言い伝えに従って、口にすることを躊躇する者が大半であった。


 そうこうするうちに季節ごとに渡ってくる旅精族(ハーフリング)の行商人が来る時期になったものの――。

「困った。交換する物資が何もない。このままでは冬を越せずに女子供が大勢死ぬだろう」

 族長の嘆きに人馬族(セントール)たちが沈痛な表情で同意するのを眺めていた《福者(ベアト)》の男であったが、怪訝な表情でこう尋ねたのだった。


旅精族(ハーフリング)の行商人から物資を奪えばいいのではないか?」


「奪う!? 代償もなしにモノを受け取るわけにはいかん」

「なぜ? このままでは部族の先行きが駄目になるのだろう。ならば富める者から頂くしかないだろう。旅精族(ハーフリング)というのは虚弱な種族なのだろう。だったら狩猟で鍛えた人馬族(セントール)の敵ではないはず」

 困惑する人馬族(セントール)たちであったが、何人かの餓えた子供や女房、年老いた父母を持つ者たちが、周囲の顔色を覗うような目で無言で肯定しているのに気づいて、またひとり、またひとりと押し黙った。


「族長、まずは二十人ばかり手勢を貸してくれ。まずは話し合って物資を融通してもらう。それで出し渋るようなら、こちらも死活問題だ。生きるために狩らねばならないだろう」

福者(ベアト)》の男がもたらす助言と、周囲の圧力に屈する形で、しぶしぶ族長は承知した。


 半日後、旅精族(ハーフリング)の行商人たちを皆殺しにして、山ほどの食料や雑貨を持った男たちが帰ってくると、集落は祭りのような騒ぎになった。

「なにも馬鹿正直に物々交換などする必要はない。力を代償に奪えば簡単だろう?」

 その言葉に頷かない者はもはやいなかった。


 そうして人馬族(セントール)たちは狩りの代わりに他種族を襲い略奪を繰り返す侵略者と化したのである。

 豊富な森の恵みを求めて森精族(エルフ)の居住区を焼き、鉄器を求めて洞精族(ドワーフ)の坑道を『火薬』で吹き飛ばした。


「これは犯罪ではない。互いの生存をかけた『戦争』だ!」

 話し合い以外に殺し合うという概念のなかったこの世界のニンゲンたちは、なすすべなく滅ぼされ、奪われた。

 数年もするとさすがに略奪する相手もモノもなくなってきた。

「ならば弱い連中を従属させて、そいつらに食料の調達をさせればいい。『国』を作るんだ」

 そうして抵抗するという意識すらなかった数多の種族を支配下に置き、十年とかからずに人馬族(セントール)たちは一大帝国を築き上げ、《福者(ベアト)》の男を『王』とした。


 石造りの城の上から、相変わらず茅葺きの家々を眺めながら、王は配下の者たちに告げた。

「都を俺のいた世界のような快適な街にしてみせる。まずは上下水道。そして通貨だな」


 この世界に天上界のような場所ができるのか!?

 帝国民は、重い賦役を課せられ血反吐を吐きながらも、王の言う素晴らしい世界を夢見て働いた。

 だが、出来上がった施設はすべて王とその配下の有力者のためのものであり、民衆には何ら恩恵がなかった。

 それどころか鉱山から流れ出た毒が川を汚し、海を汚染して多くの種族が衰退した。


 失意に暮れ、塗炭の苦しみに喘ぐ民衆の中で、ひとりの鬼人族(オーガ)がふと思った。

「力あるものが富を得られるのなら、王を倒せば俺が王になれるのではないか?」

 見るからにひ弱な――十年の間にぶくぶくと太ったが――王など片手で捻れる。

 そう考えた鬼人族(オーガ)は、王が数人の護衛を連れて城から出てきたところを襲い掛かった。


「ひええええええええええええっ!?!」

 慄いて護衛の後ろに隠れる王と、困惑する――《福者(ベアト)》である王はこの世界の頂点に立つ強者である。という思い込みのため――護衛たちの間を縫って、襲い掛かった鬼人族(オーガ)は、ほぼ一息で王の首を刎ねた。


「俺が新しい王だーーっ!!!」

福者(ベアト)》の首をもって、そう高らかに叫ぶ鬼人族(オーガ)の新王。

 どよめきは驚愕と歓喜、そして目の前で見せられた『力による簒奪(さんだつ)』に対する野心の萌芽であった。


『ならば、新王(コイツ)を殺せば、自分が王になれるのでは!?』


 そうした者たちが次々と現れ、鬼人族(オーガ)の新王は二晩も過ぎないうちに新たな王に取って代わられた。

 ほどなく帝国はいくつもの国に分断され、各々が王を僭称し、いつ果てるともない戦争を繰り返し、子の代、孫の代になってやっと終息したかに見えたが、互いが互いを憎む負の連鎖は連綿と続き、この世界の人々の中に争いの火種は常に燻ることとなったのである。


「あの男は《福者(ベアト)》などではない《悪魔(ディアボルス)》であった」

 そうして人々は最初にこの世界に厄災を持ち込んだ男をそう呼びならわし、以後、異界から現れるニンゲンを《悪魔(ディアボルス)》として、見つけ次第、即座に捕まえてありとあらゆる拷問(奇しくも王となったあの男がもたらした知識の産物である)を加え、処刑するのが習わしとなったという。

ちなみに動物が死んだ病気の原因は、男の保菌しているウイルスが原因です。

三対の手足を持つ人馬族とは遺伝子構造が違うために罹患しませんでしたが、他の二対の手足を持った哺乳類には覿面だったという。

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[一言] ああ、太古のユニークユニット、ケンタウロスで覇権を握った帝国も、古典時代には新たなユニークユニット、オーガに蹂躙される。(civ脳)
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