命令≪オーダー≫
失敗した。
確かに剣は鱗を貫いて肉に達している。
しかし、浅い。
目を狙った剣はわずかに逸れてしまい眉間近くに当たった。
理由は一つ。
ワイバーンが羽ばたいたからだ。
片手で丸薬を弾き飛ばしたように見えたのはその実羽ばたきの動作の一部だった。
翼によって体ごと大きく移動したため狙いを合わせきれず、外した。
俺は地面に着地する。
もう相手は空中に浮いている。じきに手が届かないところまで上昇してしまうだろう。
「どうする……！？」
これ以上の手は思いつかない。
相手を打ち倒すには完全に威力が足りてない。
これで逃げてくれるのならよかったのだがそうはいかない。
激昂したワイバーンは俺を今にも食い殺そうと血走った目をこちらに向けている。
しかしその振る舞いにさっきまであった油断は消えていた。
手の出せない空中から慎重にこちらの様子を窺っている。
俺は姿勢を正して剣を構えなおす。
空に上がった相手にこちらから手を出すことはできない。
故にカウンター気味に急所を狙うしかないだろう。
あの巨体が空から突っ込んでくるのはそれだけで脅威だ。
仮に反撃できてもその後が無事とは限らない。
それでもやるしかない。
俺は緊張しながら剣の柄を握りしめる。
そしてその瞬間は訪れた。
「グギャャアアアアアアア！！！」
滑空するようにこちらに突っ込んでくるその影。
それに合わせて……！
ガキン！！
迫りくる爪を剣で防ぐ。
その勢いは殺し切れず俺の体はいとも簡単に吹き飛ばされた。
そのまま空中を舞い、１０ｍ近く離れた木の幹をへし折り俺の体はようやく止まる。
「かはっ！」
全身を激痛が包む。
思わず意識が飛びそうになるのを気合で耐えながら俺は息を吸う。
化け物が……！ あんな速度の相手に剣を合わせるなんて不可能だ！
俺はどうにか剣を杖のようにして立ち上がる。
息をする度にずきんと肺がひび割れるように痛む。
肋骨がイカれたのかもしれない。
致命的な怪我ではなさそうだが戦闘が長期化するとヤバい。
完全に俺は劣勢になっていた。
そしてその瞬間をワイバーンが逃すはずもなく、俺に向かって再び突っ込んできた。
それに俺は反応できなかった。
まずい、死ぬ……！
「避けて！」
その瞬間だ。俺の意思とは関係なく身体が動き始める。
地を這うように屈み、跳ねるように地面を蹴った。
俺の居た場所を鋭い爪が過ぎ去っていく。ちぎり取られた外套の裾が宙を舞う。
そして傷一つなく俺はワイバーンの攻撃を回避していた。
まったく相手の動きが見えていなかったのにも関わらずにだ。
なんだ……！ 今の動きは！
俺は驚き、自分のことながら思わず呆けてしまったほどだ。
自分とは思えないような鋭い動きだった。
声の元には少女が立っていた。追いかけてきたのか。
……まさか。
呪いが俺の体を動かしたのか。
俺でも全く反応できない速度の攻撃から呪いが身を守ったのか？
そう考えると納得がいく。確かに今までも俺の意識とは無関係に呪いは体を動かしていた。
このような使い方もあるというのか。
ならば……
こいつを倒せという命令ならどうだ？
試す価値は、あるかもしれない。
俺は少女にむかって声を上げる。
「おい！ 俺に言え！ ワイバーンを倒せと！」
「ええ！？」
「早く！」
少女は俺のいうことが分からず混乱しているようだった。
当然だ俺でもこんなことを言われたら混乱する。
ただそれでも、言った。
「ワイバーンを倒して！」
「オーケーだ！！」
俺の体に力がこもる。これが呪いの補助とでもいうのだろうか。痛みが遠ざかり、動きに精彩が戻ってくる。
俺は剣をワイバーンの方に向け、再び機を待つ。
ワイバーンはさっきの攻撃を避けられたのが不可解なようで、しばらくこちらの隙を窺っていていた。
そのまま睨み合うこと３０秒ほど、沈黙が場を支配する。
そして先に動いたのはやはりワイバーンだった。
ゴウゴウと翼で風を切りながら滑るようにこちらに向かってくる。
その速度はまさしく目にも止まらぬものとなっていた。
それに相対する俺は体から力を抜き、鋭く踏み込む。
交錯は一瞬だった。
俺は体をバネのように跳ね上げすれ違いざまに剣を突き出す。
そして刃は寸分違わず、ワイバーンの眉間の傷に突き刺さる。
鱗がないので容易にその刃は肉に届き、ワイバーンの突進の威力も合わさり脳天まで突き進む。
「ギャアアアアアアアア！！！」
悲鳴と共にワイバーンの体は木々の方へと突っ込んでいく。
転がるように地面に着地して俺は後ろを振り返る。
そこには体を痙攣させながら絶命しているワイバーンの姿があった。
「お、終わったのか……！」
俺はそう呟いて膝をつく。
呪いの効果が切れた。全身を支えていた力が抜け、痛みが返ってくる。
ゆっくりとこちらへと向かう少女の姿が視界に入った。
左足を引きずってはいたが見たところこれといった傷は見つからない。
「よかった、無事だったか」
俺は朦朧とする意識の中そう言った。
「どうして、あんな無茶を！」
彼女は俺の事を心配してくれていたようだ。そう表情が物語っていた。
「いや、大したことない。いくつか骨がイカれたくらいだ。死んではない」
「そういう問題じゃないです！」
確かにそうだ。なんで助けたのか俺にもわからない。
まあ強いて言うならば。
「頼まれたからだ」
そういって俺は意識を失った。
