激突
時は少し戻り、少女から逃げろと言われた直後のことだ。
俺は自分の体を制御しようと必死になっていた。
呪いのせいで俺の体は勝手に前に前にと踏み出していく。
勝手に動く体を強引に、意思の力で抵抗するがロクに効果を現さない。
「止まれ……! クソが!」
俺は自分の太ももを腕で叩いて少しでも動きを鈍らせる。
それでも着実に少しずつ距離は離れていく。
確かに危険だ。あの少女を連れて街道に出れば他の冒険者にも迷惑は掛かりかねないし、何より俺自身も戦いに巻き込まれるだろう。
自分の命を第一にするこれまでの生き方なら間違いなくそう選択したはずだ。
しかし、それでも彼女だけが犠牲になるなんて俺は考えたくなかった。
彼女は見ず知らずの俺を助けるためにその身を、命を危険にさらしているのだ。
俺がいたからって何ができるわけでもないかもしれない。それでも認めたくない。
だから俺は賭けたのだ。
呪いの抜け道、上書きに。
それは初めて呪いの概要を読んだ時に思ったことだ。
二つの矛盾した命令が出たとき、俺はどういう振る舞いをするのだろうかと。
そして呪いにその場合のことの条項も存在した。
矛盾した命令が存在するとき命令は新しい方に上書きされるか、あるいは両方とも失効する。
それはこの呪いに存在する抜け道。
あいまいさ回避のためのルールの穴だ。
命令違反だと呪いに判断されない範疇で歩みを緩め、矛盾する命令を受け取る。
それしか少女の元に戻ることはできない。
それが俺にできる最大限。
それでも、少女の願いは風に乗って微かに俺の元へと、耳へと届いた。
賭けに勝ったのだ。
~~~~~~~~~~
腕の中に抱いた少女をゆっくりとワイバーンから離れた地面へと下ろす。
「ど、どうしてっ。戻ってきたんですかっ!」
少女は驚いているようだ。目を大きく見開いてこっちを見つめている。
「気が変わったんだ」
俺はワイバーンに向き合いながらそう答える。
腰につけた剣を抜いて中段に構え、視線はワイバーンから逸らさない。
獲物を奪われたワイバーンは気を害したのか、その殺意はさらに研ぎ澄まされている。
牙をカチカチと打ち鳴らしながら唸り声を上げる。
考える。
ただこのまままともにワイバーンとやりあったのでは5分と持つまい。
特に今回は少女を守りながらの戦いである。
奴の意識は幸いにも俺のほうにも向けられている。
どうにかもっとヘイトを買えないものか。
とりあえず少女が巻き込まれないような位置を取るためにあえて前へと踏み出す。
ワイバーンは動かない俺に痺れを切らしたのか、あるいは大した障害じゃないとみなされているのかわからないが、雑に攻撃を繰り出してきた。
前腕を大きく振りかぶり横に振る。
ゴォウウン!!
それを咄嗟に転がって避ける。
外れたその攻撃は俺の体を掠めながら風圧で周囲の木々を揺らす。
俺はすぐに立ち上がり構える。
「……ヤバいな」
やはり一撃一撃が致命的なことになりうる。
まともに食らったらその時点で死ぬと思ってもいい。
俺は冷や汗を掻く。
しかも、硬い。
すれ違いざまに腕を斬りつけたが傷一つついていない。
すべて鱗に弾かれてしまった。
そうしている間もワイバーンは止まらない。
体が大きいのでモーションは見極めやすいが巨体に似合わず意外と俊敏なため、俺は避けるのだけで精一杯である。
(地形を生かす他ない。ここらの入り組んだ地形は俺にとって有利に働く。どうにかそこに誘い込めれば)
しかしワイバーンの狙いはあくまで少女なのであるのは間違いない。
どうやって注意を引くか。
そして俺は経験から一つの解を導き出す。
攻撃を避ける中で今度は剣で切りつけるのではなく、腰のポーチから物を取り出して投げる。
それはワイバーンの目元に向かって飛んでいき炸裂した。
特別調合の撃退丸だ。唐辛子の粉などが混ぜ合わせてあり、ちょっとした魔物ならこれで逃げる隙ぐらいは作れる。
それをワイバーンに使ったのだ。
最初ワイバーンは投げられた物がなにかわからなかったようだ。避けるそぶりも見せなかったので目にモロに入った。
その瞬間、痛みに叫びを上げる。
「ギャォォオオオオオオオ!!」
その隙に俺はワイバーンを挟んで反対側の木々の方へと回りこむ。
目の痛みに苦しみ、暴れているワイバーンは周囲が見えておらず簡単に移動できた。
そして声を上げる。
「おい! トカゲ野郎! 悔しかったら俺を倒してみろ!」
その声に反応してワイバーンは動き出す。
ようやく俺のことを明確な敵だと認識したようだ。
巨体を動かし、木々を押しのけながらこちらへと迫る。
(よし!)
逃げながら俺はある一本の背の高い木に登る。
それを見たワイバーンは獰猛に笑う。
この程度の木なら容易にへし折ることが出来る。
そう思い右腕でその木を薙ぎ払う。
が、しかし俺はそこにはもういなかった。
木の上から俺はワイバーンに向かって飛び込んでいた。
自分に向かう俺に気が付いたワイバーンはさらに左腕で俺のことを弾き飛ばそうとする。
その腕が振るわれる前にポーチから再び丸薬をなげる。
ワイバーンは思わずそれを弾いてしまった。
さっきの痛みを覚えていたワイバーンは投げられた薬に過敏に反応してしまったのだ。
脅威の順番を間違えたのだ。
落下する体重すべてをかけた剣を鱗だけでは防ぐことはできない。
「うぉおおおおおおお!!!」
そして俺は剣をワイバーンに突き立てた。