呪いから逃げよう
俺はそれから急いで宿の自室に戻り、扉の鍵を閉める。
荒い息を吐きながらベッドに腰掛ける。
「はぁ、はぁ、なんだったんだ。さっきのは」
自分の手のひらを見て思う。体が勝手に動いたのはなんだったんだろうか。
病気か? にしてもそんな珍妙な病気は聞いたこともないし見たこともない。
思い当ることは……なくはないか。
腕にはめたブレスレッドに視線をやる。
もしかするとこれが原因かもしれない。
俺はためしに外してみようと体を動かし、それに手をかける。
しかしその瞬間、目の前が真っ白になった。
「ッ……!」
声にならない悲鳴を上げる俺。
真っ白な視界の上では赤い文字が浮かぶ。
『禁則事項です』
そして暗転。再び俺の視界は元に戻る。
ブレスレッドは未だ手にはまったまま日の光を反射してキラリと輝いている。
なんだ、今のは。もう一度! 全力で引き抜く!
『禁則事項です』
「うおおおおおりゃあああああああああ!!!」
『禁則事項です』
「とりゃあああああああああああ!!!」
『禁則事項です』
…………
それから小一時間ほどトライしたがまったく抜ける気配がなかった。
そのたびに
破壊しようと力を込めてもビクともせず、短剣で削ろうとしても傷一つつかない。
どうやらこいつが呪われたブレスレッドというのは本当らしい。
しかし、どうして俺に呪いがかかっているんだ? これは人を言いなりにするって話だったんじゃないのか?
俺が不思議に思っていると再び赤い文字が視界に浮かび上がる。
『ヘルプを参照しますか?』
どうやらずいぶんと親切な呪いみたいだ。奇妙な気分になりながら答える。
「ああ、頼む」
すると一気に視界いっぱいに文字が浮かびあがる。
「うわっ、なんだこれ。長すぎるだろ! 短いのはないのか?」
『該当なし』
……仕方ない。読むほかないようだ。
それからさらに一時間たった頃にようやく全部読み終わる。
書いてあったことを要約すればこうだ。
1、この呪いはイエスマンの呪いである。これをつけた者はマスターの命令や提案に従うほかなくなる。
2、この呪いにかかったものは呪いについて他の人間に話すことはできないし、解除することもできない。
3、命令一つの効果は24時間である。
これが呪いのざっくりとした全容だ。実際にはもっと細かい規定があるが、それは後々で良いだろう。
今一番重要なのは……
「今の俺の主人は誰なんだ?」
俺は自分で自分に呪いをかけたようなものだ。これではこれからどうするかの指針も立たない。
もしかして露天商のおっさんだろうか?
『今マスターとして登録される人間はいません。故に全人類が仮マスターとして登録されます』
「は?」
いやいや、聞き間違いだろう。流石に。
「もう一度頼めるか?」
『全人類が仮マスターとして登録されます』
「ふ、ふざけんなぁぁあああああああ!!!」
俺は地団駄を踏む。
いったいどんな仕様なんだよ! この道具ぶっ壊れてるだろ! こういう事故防止のセーフティの一個ぐらいちゃんとつけとけよ、おい!
消費者舐めてんのかァ!
「うるせぇぞ、静かにしろ!」
隣の宿の人間が俺の暴れる音がうるさかったのか壁ドンしてくる。
苛立っている俺は逆ギレ気味に返事をしようと思ったが声が出ない。
(うるせぇよ!!)
「ぅ……ぇょ」
俺はかすれるような声しかでない喉を抑える。
そうか、命令されたから声が少ししか出ないんだ。
この呪いはヤバい。
なんなら命の危険さえある。
しかし命令が24時間で消えるのは不幸中の幸いだ。
この異常事態。俺の計画を早期に発動するほかないかもしれない。
俺は意を決して、宿の外へと向かった。
~~~~~~~~~~
「いらっしゃいませ~。なんのご用でしょうか?」
俺は人通りを避けながらこの場所までどうにかやってきた。そして意を決して言う。
「あの~すいません。畑とマイホームが欲しくて」
そう。俺は隠居の準備を始めた。
だってこんな厄介な呪いつけて人のいる街で生きていくなんて無理に決まってるだろ!
「冒険者の方がマイホームですか? 珍しいですね」
普通冒険者なんてのは宵越しの金は持たないのも少なくない。家を買おうなんて人間はごく少数派のやることだ。
しかし、俺はいつできなくなるかわからない冒険家家業にいつまでも身をやつしているつもりはない。
すべては悠々自適な隠居生活のため必死に働いてきた。
貯金は十分とは言えないがそれなりにある。それを元手に農業でもやって生きていくつもりである。
自分が食いつないでいく程度に稼ぐならほとんど人と関わりを持たなくても何とかなるだろう。
欲を言えばもっと貯金してからにしたかったが仕方あるまい。
俺はこれから田舎で慎ましく生きていくのだ。
「なにかご要望でもありますか?」
「人の来ないような場所で」
「へ?」
「人が来ないような僻地で畑付きの家。小さくてもいいから予算はこの程度で頼む」
俺は銀行から引き出してきた袋に詰めた金貨の山を見せる。俺のありったけだ。
それを見て店員は仰天して言う。
「こんなに……! ちょっと待ってください!」
「いいけど早くしてくれよ。俺は急いでるんだ」
そうして若い男の店員は店の裏手に引っ込んでいく。
代わりに出てきたのは小柄な眼鏡をかけたおばさん店員だった。
「はい、代わりました。ここのハイエナハウジングの支店長です。今回アランさんは家をご購入とのことで」
「はい」
「一応この書類に記入いただけますか? 冒険者の方は珍しいですが規則なのでね」
そうして差し出されたのは一枚の書類。収入と予算、職業を書き込むものだ。審査に使うのだろう。
俺は言われた通りに書類に書き込む。
「これでどうだ」
「拝見させていただきます」
最初なんともない表情でそれを見ていた支店長だったが、あるところで目を止める。
「その若さでC級ですか。通りでこんな大金が用意できるのですね」
「ああ……まあたいしたことはない」
支店長の眼鏡がキラリと光る。
「いえいえ、将来有望でいらっしゃるようですね。それでご要望は田舎の畑付き一軒家とのことでしたが」
「ええ、そうです」
「引退なさるのですか? お怪我か何かですか?」
「いや、一身上の都合だ」
なんでこんなことを聞かれなきゃいけないのだろうか。はやく俺は引きこもりたいのだが。
すこしイライラし始めた俺に構わず支店長は続ける。
「もったいないですねぇ。この実績なら街のいい所にも住めるでしょう?」
「いや、俺はそういうのには」
興味ないと言おうとしたその瞬間、支店長は体を乗り出して言う。
「そこでですね! おすすめの物件がございまして!」
支店長は何処からかカタログを持ち出してきておりそのうちの一ページを指し示す。
「この一等地の豪邸がですね! いまならとくべつお安く提供できるんですよ! 見てください、この大きな庭とプール、豪奢な作りの屋敷を! これがたった金貨2000枚です!」
き、金貨2000枚!? 俺の手持ちは金貨100枚しかないのにそんなものを勧められても困る!
断ろうと声を出そうとする。
「いや、いらな「今しか買えないんです。すぐに売れてしまいますよ! 将来有望なアランさんにだけのご提案です!」」
この流れはよくない。
大声で支店長の声を遮ろうとした……が声が出ない。
そうだ! さっきの男のせいで大声が出せないんだ!
そうしているうちに支店長はギラギラとした目でこちらを見つめて言う。
「アランさん! この機を逃す手はないですよ。お金のことなら大丈夫。家を担保にしてお金を借りればいいんです。是非買いましょう。買うべきです。買うでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間俺は心のそこから恐怖した。
まずい、ここから逃げ出さないと。
しかし時すでに遅し。俺の口は勝手に動き出していた。
「オーケーだ!」