愛しの錯誤異物の巻 その④
「大丈夫みたいですよ、お嬢様」
アルは薄暗い部屋の中を見回した。
部屋は細長く、さらに奥まで続いている。形状から察するに、部屋と言うよりはむしろ通路らしかった。
「誰が操作しているのかしら。奇妙な魔法だわ」
「古くからこの部屋にかけられている魔法でしてな。この部屋に限ったことではなく、このオークション会場全体に様々な魔法が仕組まれておるのです」
ビノが、通路の少し向こうから答える。
「それだけの魔法を管理するのは大変ではありませんか?」
「いや、今は問題ありませんな。改修の際に、コントロールルームから建物全体の魔法を操作できるように設定しなおしたのです」
「そんなことができるのですか?」
「オークションを目当てに、この街には多くの方々が訪れるのです。魔法の応用のような先進的な技術も伝わるというわけですな」
ビノが得意げな笑みを浮かべ、彼の丸い顔がさらに丸くなる。
「事情は分かりましたわ。ビノさん、錯誤異物を見せて頂けますかしら」
「おお、そうでしたな。こちらへ」
再び三人はビノを先頭にして歩き始めた。
通路の空気は冷たく、アルに墓地を連想させた。
先ほど見せられた魔法は侵入者を殺傷するためのものだ。だから、この空間で命を落とした者もいるだろうということも考えれば、墓地というのも強ち間違ってはいないだろう――アルは前を歩くラミアの首筋を眺めながら、そんなことを考えた。
「いやはや、もったいぶってしまったようで申し訳ありませんな。こちらが今回のオークションの目玉、ラミア嬢の御心さえも惹きつける錯誤異物、『神の遺骸』でございます」
ビノが仰々しく両手を広げる。
その背後には、先ほどの部屋のものとは比べ物にならない大きさの透明なケースが凝った照明に照らされていた。
「『神の遺骸』……!」
ケースの中、宝石で装飾された台に載せられたそれを見て、ラミアは目を細めた。
一見すると木片のようにも見えるそれは、注視すれば乾燥した人体の一部であるということが分かる。
言ってしまえば、木乃伊のようなものだ。
「錯誤異物が出品されるのは珍しいことです。以前出品されたのは、私の祖父の代だとか」
「数千年前、この世界を創造したと言われる神。その体の一部というわけですわね。創造記に記されている、天より舞い降りし人型の異形……わたくしも実物を目にするのは初めてですわ」
「ほほう、そうですか。錯誤異物といえば、持ち主にこの世ならざる力を与える不思議な効果があると聞きます。この『神の遺骸』はどんな力を持っているのですかな?」
「創造記によると、天から降りてきたのは一人ではありませんわ。この『神の遺骸』が元々何の一部だったのかによってそれぞれの持つ力が違いますの。ですが、共通して言えることは、どの『神の遺骸』もすべてのパーツが揃わなければ力を発揮しないということですわね」
「全てのパーツが?」
「そうですわ。今ここにある『神の遺骸』は、見たところ手に相当する部位。これだけでは大した力は発揮しませんのよ」
「ということは、ラミア嬢、これと同じようなものがまだ他にあるということですかな?」
「ええ。それらをすべて集めなければ意味がない――それがこの『神の遺骸』ですのよ」