愛しの錯誤異物の巻 その②
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「本日は行われておりませんが、ここがオークションの会場になります」
言いながら、ビノは分厚い扉を開けた。
その先には、数百人は座れるだろう数の座席と、広いステージがあった。
天井は高く、壁には防音加工が施されている。
会場全体はまだ素組みといったところで、あちこちで作業員たちが会場設営を進めていた。
「思っていたより広いのですね」
心底感嘆したという風にラミアが言う。
「そうですとも。私の先祖から代々管理してきた歴史ある建物ですから」
「そうなのですか? それにしては、古さを感じませんね」
「数年前に改築したのです。何せ老朽化が進んでいましたのでね」
「なるほど。納得しました」
「改築に当たっては苦労しましたよ。資金面だけでなく、反対する輩の説得もありましたから」
「反対する輩?」
ラミアの言葉に、ビノが大きく頷く。
「何事にも保守的な人間はいるものです。しかし、市長をはじめ多くの方々の支援を受けてどうにか改築は終わらせることができたのです」
「色々と苦労なさったのですね?」
「もちろんです。さあ、お次は今回のオークションに出品されるものを見に行きましょう」
「あら、オークションが始まる前に見させてもらってもよろしいのですか?」
「ラミア嬢のために、私が特別に手配いたしました。サービスですぞ。わははは」
ビノが豪快に笑う。
そんな彼を横目に、アルは、どこからか自分たちの方に向けられている視線を感じていた。
その視線は、昨日街の中で感じたものとよく似ていた。
自分達を狙っている何者かがいるという疑念は、アルの中ではほとんど確信に変わっていた。
「何か気になることがあるの、アル?」
「いえ、何でもございません。少し考え事をしていただけです」
「そう? 荒っぽいことになった時は、あなたに任せるわ」
「お任せください。そのための私ですから」
アルは無意識のうちに、自分の胸元に下げた十字型の首飾りを握っていた。
※※※
豪奢な絨毯の敷かれた廊下を歩いた先で、ビノが立ち止まる。
そこには、オークション会場のものとは段違いに大きな、そして頑丈そうな扉があった。
その脇には警備兵らしき男も立っている。
「ここでオークションの出品物を管理しています。一般人はここに来ることさえ許されません。出品物に万が一のことがあってはいけませんからな」
「よく分かります。わたくしも錯誤異物をコレクションしていますの。もちろん厳重に保管していますわ」
「ほう、そうでございましたか。いつかお目にかかりたいものですな」
「御覧に入れるのは構いません。ですが、わたくしの大切なコレクションをオークションにかけるようなことは致しませんわよ?」
ラミアの言葉に虚を突かれたような表情をするビノだったが、すぐに、
「わっはっは。これは下心を見抜かれてしまいました。失礼失礼。では、今回の出品物を紹介いたしましょう。他言は無用でお願いしますぞ?」
「当然です。誓って誰にも話しません」
「よろしいでしょう。それでは、どうぞ」
ビノが分厚い扉の取っ手に手をかけ、体重を掛けるようにしながら扉を開けた。
「これが……」
ラミアとアルの目に飛び込んできたのは、ガラスケースに一つ一つ丁寧に陳列された、煌びやかな品々の姿だった。