負けられない競りの巻 その②
「ただではすまない……」
ラミアは何気なしに、ビノの言ったことを繰り返した。
「まあ、そんなことはどうだってよろしい。今はオークションを楽しみましょう。そろそろ始まりますぞ」
ビノがメインステージの方へ顔を向けると、オーケストラの壮大な音楽と共に舞台の幕が開くところだった。
「……アル」
アルにだけ聞こえるような声でラミアが言い、アルは彼女に顔を寄せる。
「どうされました、お嬢様」
「疲れてない?」
「いえ、大丈夫です。万事予定通りです」
「そう。少し休んでいてもいいのよ」
「とはいえ、ここで眠るようなことはできませんから」
「……確かに、あなたの言うとおりね」
司会の男の声が、マイクを通してミアたちのところへ届いて来る。
「あの男は、今日のために呼び寄せたのです。人気のある舞台役者ですからな。ご存知ですかな?」
「ごめんなさい、わたくし、そちらの方には疎くて」
「ほう、そうですか。一度行かれてみてはいかがです。その際のエスコートはぜひ、このビノにお任せください」
「ありがとう。考えておきますわ」
中年の男が、色目を使って……と、アルは思った。
※※※
いよいよオークションも終盤というところで、司会の大仰な前振りがあって、舞台袖から巨大なガラスケースが運ばれてきた。
あの中に、ラミアたちの求めるもの――『神の遺骸』が収められているのだ。
「おお、来ましたぞ、ラミア嬢」
「無事に帰ってきて良かったですわね」
「それはそうです。が、ラミア嬢。落札するに十分な資金はお持ちですかな? 接戦になりますぞ」
「ハルフォード家の資金力を知った上で仰っているのですか、ビノさん?」
「おお、そうでしたな。いや、これは失礼」
「とは言っても、わたくしに使えるような額は微々たるものです。そのときは、ビノさん、お願い致しますわ」
「そのようなこと仰ってはいけませんな、ラミア嬢。高くつきますぞ」
「そうかしら? ヌエ一家はこのオークションに存続を賭けているのでしょう? わたくしが落札できなければ、『神の遺骸』は向こうの手に渡ることになりますわよ」
「といいますと?」
ラミアはビノに微笑んでみせた。
「錯誤異物が表に出てくるケースは稀ですから、その取引には法外な値段が払われるでしょう。恐らくは、今回のオークションにかかる以上の値段で。それを資金源にヌエ一家が息を吹き返すようなことがあれば、それはビノさんにとっても不都合でなくって?」
「……これは、一本取られましたな。なるほど」
腕を組んで、ビノは唸る。
「あら、始まりましたわ」