知の渇きの巻 その⑥
ウェイトレスが飲み物を運んでくる。
アルが注文したハーブティーだ。
「話が分かりません、お嬢様」
「とりあえず、お茶を飲んで落ち着きましょう。あなたにやってもらいたい大仕事があるのよ、アル」
※※※
翌日。
いよいよオークションが行われる日である。
アルとラミアは二晩過ごした宿に別れを告げ、オークション会場へと向かった。
あれ以来ヌエ一家の襲撃を受けることもなく、二人はサーシャの町の観光を楽しんでいた。
「ねえアル、このよく分からない食べ物は何?」
ベンチに腰掛け、オークション会場へ向かう人混みの列を眺めながら、ラミアが言う。
その手には、串に刺さった揚げ物らしき食べ物が握られた。
「お嬢様、それは魚をすり身にして練り上げ、油で揚げたものです」
「そう……わたくし、これ、あまり好きじゃありませんわ。アル、食べていいわよ」
「え」
アルはラミアから串を受け取った。
しかし、受け取ったものの、それをどうすれば良いか少し悩んだ。
ラミアが一口かじったそれを口にするということは、間接的にラミアの唇に触れることになるからである。
唇が触れ合うこと、それは粘膜同士が触れ合うことでもある。
仮にもメイドとその主人なのに、そういうことをやってしまっていいのだろうか。
これをきっかけにして、何か禁断の関係に陥ってしまうのではないだろうか。
アルは、悩んだ。
「…………」
「あら、アルもそれ、好きではないのかしら?」
「い、いえ、そういうわけではありませんが」
と、その時、ちょうどタイミングよく二人の目の前でアイスクリームを持った子供が転んで、アイスを落としてしまった。
まだ小さい女の子は起き上がり、落ちてしまったアイスを見て悲しげな表情を浮かべる。
アルはここぞとばかりに子供に歩み寄って、
「……これをあげるから、我慢しなさい」
「おねえちゃん、これ、なあに?」
「魚をすり身にして油で揚げたものです」
「……?」
「いいから何も言わずに行きなさい」
「う、うん。ありがとう、おねえちゃん」
有無を言わさぬアルの雰囲気を感じ取ったのか、女の子は再びどこかへ駆けて行った。
手には魚のすり身を揚げたものを持って……。
「ねえ、アル」
「人のために何かをした後は気持ちがいいものですね、お嬢様。残念ながらお嬢様から頂いた食べ物はあの子にあげてしまいましたが、仕方ありませんでした。お許しください」
「それは構わないのだけれど、アル、どうしてそんなに汗をかいているの?」
「と、特に深い理由はありません、お嬢様。少し考え事をしていただけですから」
「そう? ほら、隣に来て座って、アル」
アルがラミアの言う通りその隣に座ると、ラミアはハンカチでアルの汗を拭った。
表情にこそ出さなかったが、アルは照れた。
※※※