知の渇きの巻 その⑤
老人を先頭に、二人は庁舎の中を歩いた。
庁舎はやはりというべきか平凡なもので、オークションのあるサーシャの町のものだからといって何か特別な仕掛けがあるわけでもなかった。
だが、ある一か所だけは、違った。
それは一階にある扉の前だった。
「こちらはどこにつながっているのですか?」
ラミアがその扉に手をかけようとすると、老人の顔色が変わった。
「そちらはいけません!」
「……あら、どうしてですの?」
「文書の保管庫になっているからですな。多くの方の個人情報がストックされておるのです。部外者の方にはお見せできない」
「ああ、そういうことでしたの。ごめんなさい」
その瞬間、ラミアの予想は半ば確信に変わったのだった。
※※※
「市長とグルなのは、オークションの方?」
「ええ、そうよ」
ラミアが頷く。
市庁舎の見学を終えた二人は、町の大通りにあるカフェテラスにいた。
カフェテラスの席からは大通りを行き交う人々が見え、それらは観光客らしかった。明日行われるオークションを目当てに、多くの人間が集まっているのだ。
「つまり、それはどういうことなのですか、お嬢様?」
アルの質問に、ラミアはカップに入った紅茶を口にしながら、
「どういうことも何も、そのままの意味ですわ」
「はぁ……?」
「簡単に言えば、こういうことなのよ。市長は元々ヌエ一家……要するに、裏の組織とつながりがあった。だけど、何かのきっかけで、市長はその縁を切ろうとしている。それに焦ったヌエ一家は錯誤異物を手に入れようと躍起になっているのですわ」
ラミアがカップを置く。
アルは、そんなラミアの唇をぼんやり見ていた。
この唇を欲しがるような男がいれば、私はそんな男を殺すのを躊躇わないだろうなんてことを考えながら。
「それでは、オークションと市長がグルだというのは?」
「それはまだ憶測にすぎませんわ。だけど、オークション側はヌエ一家の手助けのようなことはしていないでしょ? そうでなければ、わたくしたちを直接脅すような手段は使ってこないはずだわ」
「分からない話ではありませんが、私たちには関係のない話に思えます。私たちはオークションに参加して、錯誤異物を落札すればいいのでしょう?」
「それがそう簡単にはいかないのよ、アル」
「どうしてです?」
「どうしてもよ。わたくしたちも少し荒い手を使わなければいけないかもしれない」
「……荒い手? ヌエ一家と戦うということですか?」
「それは最後の手段。というか、今のところ必要のない方法ですわ。とにかく、錯誤異物を手に入れるために私たちが敵にしないといけないのは、市長とオークションの方なのよ」