終電
「樹里、起きなさい」
久々に友達と飲みに行って、散々愚痴ったその帰り。
いい気持ちで電車に揺られていると、いつもの声が聞こえた。
「次だぞ。
そろそろ起きないと、終電じゃないのか?」
ふふ、「終電」だって。
王子様が夢のないこと言うんだなぁ。
樹里はうとうとしながらも、おかしくて、
一人で、くすっと笑った。
すると、
「おねーさん、ご機嫌だねぇ」
前に立っていた見知らぬ男が声をかけてきた。
「うちで一緒に飲もうよ?ね?」
柔らかい言葉づかいとは裏腹に、
強い力で腕を掴まれる。
「飲まないです。離してください」
私の拒絶の言葉なんて聞こえていないみたいに、
その男はへらへら笑っている。
どうしよう。
力が入らない。
頭は酔いが醒めたけれど、
体はそう簡単にはいかなくて、
振りほどこうとしてもほどけない。
周りの乗客は、見ないフリを決め込んで、
誰も助けてくれそうになかった。
「…勝手に触るな」
「あれ?どうしたの?
コワイ顔して」
「勝手に触るなと言ってるんだ!」
私の声じゃない。
そう思ったけれど、
地を這うようなその声は確かに、
樹里の口から出ていた。
そして、気づいたら、
男の腕を捻りあげていた。
「いってーな!離せ!おい!」
さっきまでの優男っぷりはどこへやら、
すっかり本性が出ちゃってるし。
身動き取れないくせに、
めっちゃ睨んでくる情けないヤツ。
樹里は逃げるようにして、
自分の駅で降りた。
「こわかったぁ~」
呟いた声は、もう、いつもの自分の声だった。
「戻ってる…」
自分ののどに手を当てて、
色々、試してみたけど、
ダメだった。
「あー、あー、『触るな!』」
大きな声を出してみても、
さっきみたいな、低くてドスのきいた声は出ない。
あれって、何だったんだろ?
また、寝ぼけてるのかも。




