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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
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第十一話(99) エリゼとの約束

 翌日、久し振りに馬車に乗って新王城へ向かった。ハドラ夫人とエリゼが乗り込んだ馬車は官馬車と同仕様の特注車である。矢除けの防壁に厚みのある加工板が使われており、車輪や車軸も強度が高いものが使われていた。


 この日のエリゼは黒の礼服を纏っていた。普段と違って着飾ってはいないのだが、地味な服の方が、より洗練された美しさを際立たせるのだった。髪飾りがなくても、長く伸びた茶色い髪が風になびくだけで絵になるのである。


 教会にはオフィウ・フェニックスとマクスの親子も列席していた。ハドラ家とは親しくないという話だったが、父上が言っていたように、無闇に敵を作らない人らしく、ずっとハドラ夫人の手を握ったまま礼拝を行うのだった。


 神に祈りを捧げ、神牧者から太教の教えを学んで、列席者の中から指名を受けた者の悩みを全員で聞いて、神牧者がその悩める人にアドバイスするのがオルバ教会での礼拝だ。アドリブのように見えるが、僕はそれが仕込みであることを知っている。


 それが朝から昼前まで続くのである。休息日だというのに、まったく気が休まらないのだが、礼拝を休むという概念は存在しないので我慢するしかなかった。たまに為になる話も聞けるので、トータルで考えれば悪くない慣習である。


 この日は新王城でオフィウ・フェニックス主催の昼食会が開かれるということで、そのまま残って参加するようにと言われた。それで沢山の人が来場していたわけだ。おかげで立食形式ということもあり、主催者に挨拶をした後は自由に行動できた。


 会場に留まっていると次から次へと色んな人と挨拶を交わさなければいけないので、不浄を口実に会場の外に出ることにした。一度出てしまえば、不在に気がつく者などいなくなる。そのまま庭園で夕方までひと眠りだ。



「ヴォルベのバーカ」


 庭園で寝ころんでいると、そんな声が聞こえてきた。


「ヴォルベのイジワルっ」


 気のせいではないようだ。


「バカ、ヴォルベ!」


 起き上がって庭園を見回してみたが、声の主は見つからなかった。

 そこで声の主に僕の方から声を掛けることにした。


「エリゼ? いるんだろう? どこにいるんだい?」


 そう言うと、植物園の奥から、ふくれっ面のエリゼが顔を出すのだった。


「そんなところで何をしているんだ?」


 訊ねても、エリゼは何も答えてくれなかった。

 一番困る反応だ。

 そこで僕の方からエリゼの方に近づいて行くことにした。


「どうして僕がバカなんだよ?」


 植物に囲まれた彼女は同化したように何も答えなかった。


「怒っているように見えるけど、何に対して怒っているんだい?」

「本当に心当たりがないのね」


 目は合わせてくれなかったが、口は利いてくれた。


「僕が君に、いや、貴女にどんな悪いことをしたというのですか?」


 そう言うと、泣きそうな顔をして俯いてしまった。

 まるで意味が分からなかった。

 そこで最初で最後を覚悟して、本心を打ち明けることにした。


「傷ついているのは僕の方なんだよ。だってそうだろう? 今回もそうだけど、前に再会した時も酷かったじゃないか。まるで僕がいないかのように振る舞って、出会っていたこともなかったことにしてさ、おかげであれから夢と現実が分からない毎日さ」


 そこでエリゼが僕を睨んだ。


「それは違う! 最初に初対面の振りをしたのはヴォルベ、あなたでしょう?」

「違うよ。君が初対面の振りをしたんだ。それで僕が君に合わせてあげたんじゃないか」

「合わせたですって? あなたが『初めまして』って最初に挨拶をしたのよ?」


 正直、憶えていなかった。


「それはだから、君の反応に合わせて」

「わたし、傷ついたんだから」


 そう言って、涙をこぼすのだった。


「そんな、僕はてっきり、君が僕との出会いを隠したいと思って。だから、ずっと、こちらから話し掛けてはいけないものだとばかり思っていたんだ。目も合わせてくれないから、君の顔を見るのも躊躇われたんじゃないか」


 エリゼが首を振る。


「それも違う。目を合わせようにも、再会した瞬間から、あなたはずっと下を向いて、わたしの方を見ようともしなかったのよ。逃げるように、わたしのことを避けていたんじゃない。それがどれだけつらかったか、あなたに分かる?」


 僕の頭の中で勝手に架空のエリゼを創り出していたわけだ。


「ごめんね。僕がすべて悪かったよ」


 そこでエリゼとしっかりと目が合った。


「避けていたわけじゃないのね?」

「うん。避けてはいないけど、逃げていたのは確かだ」


 エリゼが不思議がる。


「わたしから逃げたというの?」

「引け目を感じる自分から逃げたんだ」


 そう言うと、彼女も身分差を思い出したのか、哀しい表情を浮かべた。


「でも、僕はもう逃げるつもりはないよ」

「本当に?」

「ああ、今の自分を受け入れて、君と向かい合うと決めたんだ」


 そう言うと、エリゼの顔が真夏の太陽よりも眩しい表情に変わった。


「エリゼ、僕はね、君に恋をしているんだ」

「ヴォルベ、わたしもあなたに恋をしているの」


 エリゼは僕のことを見ていないわけではなかった。卑屈になっていた僕の方が彼女を正視できなかっただけだったわけだ。エリゼが庭園まで追い掛けて声を掛けてくれなかったら、いつまでも本物の彼女に会えなかったかもしれない。


「エリゼ、こんなバカな僕を見捨てないでいてくれて、ありがとう」


 花壇の前で佇むエリゼが笑顔を見せる。


「きっと、何か誤解が生じているんだと思っていたから」

「なんて聡明にして、心が深く、広く、大きいのだろう」


 エリゼがはにかむ。


「大袈裟だわ」


 僕は真剣だった。


「大袈裟なものか。僕は罪を犯したんだ。君への思いを抱きながら、それなのに心が小さいばっかりに、意固地になって君を傷つけてしまった。エリゼが手を差し伸べてくれなかったら、僕は小さい心のままで人生が終わっていたんだ。君は世界を変えたんだよ。僕を生まれ変わらせてくれたんだ」


 この瞬間、僕の目にはエリゼしか見えなかった。


「それじゃあ、一つお願いしてもいい?」

「ああ。構わないよ」


 エリゼの頬が赤く染まる。


「いま、ここで、ヴォルベの気持ちを聞かせてほしい」

「ん? 気持ち? 気持ちは、いま伝えたばかりだろう?」


 自分では、かなりいいことを言ったつもりだ。


「そうじゃなくて、気持ちを伝えてほしいの」


 回りくどい言い方だったため気持ちが伝わらなかったようだ。


「ありがとう。感謝している」


 エリゼの口が尖り始めた。


「ねぇ、本当に分からないの?」


 なぜかエリゼは不機嫌になるのだった。


「すごく感謝しているんだ」

「もういい。知らないんだからっ」


 そっぽを向いてしまった。


「エリゼお嬢様!」


 遠くから、お目付役であるホロムの声がした。


「あん、もうっ、見つかっちゃった」


 そう言うと、茶目っ気のある笑顔を見せた。


「もういくね」


 それから返事を待たずにホロムの元へ走って行くのだった。

 結局、正解を答えることはできなかったようである。



 翌日、目を覚ますと、すぐに外出着に着替えて、ハドラ夫人が宿泊している官邸内の客室へと出向いた。見張りの警護兵に取り次いでもらい、話をする許可を得られたことで部屋の中に入ることができた。


 用件はすでに伝えてあるが、改めて自分の口から伝えなければならない。部屋にはハドラ夫人の横にエリゼもいて、その他にもホロムや召使いの姿もあった。全員が片膝をつく僕に注視していた。


「突然のご無礼をお許しください。この度はエリゼお嬢様にハクタの街を案内する許可をいただきたくお願いに上がりました。避難中の身でおられます故、不安がおありのことと思われますが、この身に代えてでもお命を守る覚悟はできております故、許可していただけないでしょうか。どうか、よろしくお願いいたします」


 あとは返事を待つだけだ。


「一つ条件があります」

「はい。なんでございましょう?」

「決闘はしないことです。いいですね?」


 エリゼと同じ茶目っ気のある笑顔だった。

 隣に立つエリゼも嬉しそうな顔をしている。

 しかし、ここはしっかりと返事をしなければならない。


「お約束いたします」


 それを聞いて、納得したように頷くのだった。

 ハドラ夫人は話が分かる人のようだ。


「ホロム、娘の警護をお願いしますね」


 そして、手抜かりもない人だ。


「はい。かしこまりました」


 初老のお目付け役がしっかりと頷いた。



 用意してもらった馬車にエリゼと二人で乗り込んで向かった先は、ルメ湖という小さな湖だ。ここも国有地なので禁漁区となっているが、僕は父上から許可をいただけるので、夏になるとよく釣りをしにくる馴染の場所だった。


「あれに乗るの?」


 エリゼが指差したのは二人乗りのボートだ。前もってホロムを通じて管理棟にいる責任者に使えるようにお願いしておいたのだ。僕も一年振りに漕ぐわけだが、こういうのは一度覚えてしまえば忘れないものだ。


「さぁ、手を貸してごらん」


 乗り降りさえ気をつければ心配無用だ。

 それでも桟橋に立つホロムは不安そうな顔をしていた。


「あまり遠くへは行かれませぬように」


 エリゼが笑顔で答える。


「それよりお魚の方は頼んだわよ」


 昼食にする魚を釣ってもらうように警護兵に頼んでいたのだ。


「お任せくださいませ」


 同行している十人の若い警護兵にはいい休暇になったようだ。


 僕も幸せな気持ちでいっぱいだった。

 目の前にエリゼがいる。

 女の子と二人きりでボートに乗るのが夢だった。

 それがこんなにも早く実現するとは思わなかった。

 その相手がエリゼで本当に良かったと思っている。


「ボートに乗ったことは?」

「生まれて初めて」

「感想は?」

「舟って、思ったより安全なのね」

「湖は波がないからね」

「ああ、そっか」


 湖の真ん中にいると、世界には二人しかいないように感じられた。


「ヴォルベ、今日は誘ってくれて、ありがとう」

「喜んでくれて僕も嬉しいよ」

「わたしも嬉しかった」


 水面の照り返しが、エリゼの顔を輝かせている。


「お母様にお願いしているヴォルベが、とても誇らしく感じたの。勇気があり、堂々としていて、力強くて、逞しくて、自信に満ち溢れていたわ。お父様やお兄様たちよりも勇敢で、立派に感じられた」


 すべてはエリゼのおかげだ。


「君が僕をそんな男にしてくれたんだ」

「そしてあなたはわたしに、女に生まれてきて良かったと思わせてくれた」

「それは僕も同じだ」

「わたしたち何から何まで同じ気持ちなのね」

「うん。同じだ」


 そう言うと、エリゼはじっと僕の目を見つめるのだった。

 僕もエリゼの目を見つめ続けた。


 見つめながらも、思い出していた。

 町外れの芝居小屋。

 子どもが見てはいけない芝居をやっていた。

 それをこっそり覗き見したのだ。

 惹かれ合う男と女が唇と唇を重ね合わせていた。

 唇を重ねる前の雰囲気が、ちょうど今の僕たちのようだった。

 でも、それは叶わなかった。


「お嬢様! 見てくだされ!」


 桟橋で初老のお目付け役が釣った魚を嬉しそうに見せつけてきたからである。


「よしっ、エリゼに舟の漕ぎ方を教えるよ」

「うん。教えてっ」


 唇を重ねるのは、またの機会にすることにした。



 それから警護兵のみんなと一緒に焼き魚を食べて、日没前に州都官邸に戻ることができるようにと早めに湖を後にした。門限を厳しく言われたわけではないが、これからの付き合いを考えて、自ら律するのが二人のためでもあると思ったからだ。


 官邸内の馬車蔵に到着すると、ハドラ家自家用の馬車が三台ほど停まってあった。つまり当主のダリス神祇官と二人のご子息がオーヒン国から戻られたということだ。それは同時にオーヒン国で新しい国王が決まったということでもある。


「エリゼ、どこへ行っていたんだ」


 馬車から降りると、長兄のリュークがエリゼの腕を引っ張っていった。


「お兄様、痛いわ」


 出迎えられたというわけではなく、待ち構えていたという感じだ。同行していた警護兵も雇い主の息子には見て見ぬ振りをするしかないといった感じだ。次兄のルシアスも居合わせているが、壁にもたれ掛かる彼も兄には逆らえない様子である。


「何を見ている? 仕事が終わったわけじゃなかろう」


 そう言うと、リュークは警備兵を追っ払ってしまった。

 勝手口の横で立たされているエリゼを見守っているのはホロムだけだ。

 僕の場合は存在すら見えていないような扱いである。


「エリゼ、勝手は許さないと約束したはずだぞ?」

「約束を破ったつもりはないわ」

「外出の許可は与えていない」

「お母様が許してくださいました」

「お前が約束した相手は、この私じゃなかったか?」


 それにはエリゼも言い返すことができなかった。


「同伴した者がいると聞いている」


 視界の端にいるというのに、彼は僕の名前すら出さなかった。


「ヴォルベがボートに乗せてくれたの」


 エリゼが事実を報告してくれた。

 その瞬間、リュークが妹の頬を平手打ちするのだった。

 エリゼの元へ駆け寄ろうとしたが、ホロムに強く引き止められた。


「エリゼ、私を困らせないでくれ」


 まるで兄貴の方が被害者みたいな言い草だ。


「お前に口を利いてくる人間には二つある。一つは、お前を利用しようとする頭のよく回る者だ。そしてもう一つは、己の立場も理解できないような頭の悪い者だ。前者を見極めるのは難しいが、後者に己の立場を理解させるには、エリゼ、お前が言って聞かせなければならないんだよ。特に成り上がることでしか身を立てることができない連中ならば尚更だ。それについては、これまで何度も教えてきたではないか。いい加減、学習してほしいものだ。しばらく父上も私も傍にいてやることができないのだからね」


 ハツラツとしていた少女が、兄の前では萎れて見えた。


「まともな教育を受けた者なら、お前と口を利こうなどと考えないはずだ」


 それはエリゼを通して、僕に警告したのだろう。


「さぁ、分かったら父上に謝ってくるんだ」


 兄の前では別人のように見えるエリゼが、反論せずにその場を後にした。

 その様子にリュークは満足そうだった。

 お目付け役のホロムは見慣れているのか、特に感情を見せずに後に続いた。



「気を悪くしないでくれよ」


 三人を見送る僕に声を掛けたのは次兄のルシアスだった。


「御長兄は、いつも、ああなのですか?」


 兄と違って、親しみやすい顔をしたルシアスが答える。


「うん。妹のことが可愛くて、心配で、仕方がないんだ」


 可愛く思いながら手を上げるというのは、僕にはない感情だった。父上が結婚した相手は正妃陛下の妹君だったということもあり、女性に対して敬う気持ちを持つことを常としているため、その影響を強く受けたと自己分析している。


「ただし、注意しないといけないよ」


 ルシアスの眠たそうな目の奥が真剣だった。


「君のお父上は平民出身なんだからね。いや、これは僕が意識しているわけではなく、兄上がそういうのにうるさいということなんだ。間違っても、自分の方から声を掛けようなんて思わない方がいい。兄上というのは、君らのような平民は平身低頭、屈服するのが当たり前だと思っているわけだからね」


 上級貴族ならば、それが当たり前の感覚でもあるので驚くことではなかった。それだけにエリゼのような純真さが、誰に対しても光を注ぐ太陽のように有り難く感じたのだ。それはルシアスに対しても同じである。


「わざわざ助言していただき感謝いたします」

「ふふっ、僕に対しては、そんな畏まる必要はないさ」

「重ねて、お礼申し上げます」

「ふふっ、君は面白い男だね。エリゼが気に入るのも納得だ」


 そこで疑問が浮かぶ。


「気に入っていただけたというのが本当ならば光栄ですが、それは妹君との間に、私奴のことが口の端に上ったということでございましょうか?」


 ルシアスが頷く。


「君が決闘をした時に一緒にいたのがエリゼなのだろう? 聞かされた時はテレスコ長官のご子息だとは思わなかったが、官邸で初めて会った時に、名前を聞いて符合したんだ。妹の話し相手になってやるのが僕の役目でね」


 エリゼが身内の者に語っていたという事実が嬉しかった。


「君とは明日でお別れだが、最後にいい思い出を作ってくれて感謝しているよ」


 別れが来るのは分かってはいたが、それが明日になるとは思っていなかった。


「またお会いすることは叶いますでしょうか?」

「どうだろうね、今度は長い旅になりそうなんだ」


 調子に乗るなと警告されたばかりなので、それ以上の追及は止めることにした。



 翌朝、日が昇る前にダリス・ハドラ神祇官は二人のご子息を伴って領地へと帰って行った。マナ夫人とエリゼは、前日に三人を護衛してきた警護兵に守られ、別の場所に避難するようである。行き先については不明で、こればっかりは訊ねるわけにもいかなかった。


 旅立つ前に、官邸内の教会でエリゼと二人で話をする機会に恵まれた。といっても、お目付け役のホロムが側にいるので内緒の話ができるわけではない。それでも僕は彼女に現在の気持ちをストレートに伝えることにした。


「昨日、二番目のお兄さんが『長い旅になりそうだ』と言っていた」

「うん。わたしもいつ帰ってこられるのか聞いていないの」


 今日のエリゼは長距離移動用の軽装に身を包んでいた。


「しばらく会えなくなるかもしれない」

「しばらくって、どれくらい?」

「分からない。会いたいと思っても会えるわけじゃないから」


 そこでエリゼが僕の手を取った。


「わたしにはね、これまで生きてきて楽しいと思える日が三回あったの。一つ目はヴォルベと出会った日。二つ目は王城のお庭でお話をした一昨日。そして三つ目は一緒にボートに乗った昨日。幸せを感じることができたのは、いつも隣にヴォルベがいてくれた時なの。わたしにとって幸せとはヴォルベ、あなたのことなのよ」


 エリゼが勇気を出して告白してくれた。

 僕は片膝をついて誓いを立てることにした。

 握ったままの手が震えている。


「エリゼ、僕は必ず君のことを迎えに行く。入隊して、武勲を立てて、自力で騎士の称号を勝ち取ってみせるよ。そのための努力を惜しむつもりはない。どんな困難が立ちはだかろうと、その道が君へと続いていると思えば、苦になることはないはずだ。成人を迎える三年後までに結果を出してみせると約束するよ。だから、お願いだから、それまで誰のものにもならないでほしい。それまで僕の心をエリゼ、あなたに預けます」


 誓いの印として、手の甲に口づけをした。


「ヴォルベ、確かに誓いを受け取りました」


 婚姻は親が勝手に決めることと、僕たちは知っている。

 はっきりとは聞いていないが、彼女にも許婚がいるはずだ。

 それが上流社会の常だからだ。

 だから互いに僕の求婚が芝居の真似事であることも分かっているのだ。

 それでも僕たちには希望が必要だった。

 なぜなら僕たちは恋をしているからだ。


「もう時間がないの。だから」


 エリゼが急に甘えた声を出した。


「最後に一つだけお願いしてもいい?」

「うん。僕にできることなら何だってするさ」

「それじゃあ、わたしに対するヴォルベの気持ちを聞かせてちょうだい?」


 意味の分からないおねだりだ。


「気持ちは、たった今、伝えたじゃないか」

「ん、もうっ、本当に分からない人なんだからっ」


 そう言うと、ほっぺたを膨らませてしまった。

 でも僕は、その怒った顔が世界で一番大好きな表情だった。

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