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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
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第八話(96) 真夜中の訪問者

 その日の夜、フィンスと情報を共有するべく隠れ家に行くことにした。


「まさか、ドラコ・キルギアスに限って、そんなはずは……」


 客間でジンタから聞いた話をしてやると、フィンスは驚いたまま固まってしまった。


「僕たちはドラコのことをよく知っているわけではないんだ」

「うん。でも、彼はユリス・デルフィアスが信頼する男だよ?」


 僕たちがドラコを信用する主な理由がそれだった。


「それは僕も分かってる。ただ、補佐官のフィルゴが『殿下は人を簡単に信用しすぎる』と言っていたのも事実なんだ。側近中の側近がそう漏らすのだから、心配な点があることは間違いない。だからといってドラコが確信犯であると決めつけるつもりはないけどね」


 それでも不安がないわけではなかった。


「しかし、ドラコ・キルギアスになったつもりで世の中のことを考えると、彼が王宮に対してクーデターを起こすのも不思議じゃないと思えてくるんだ。だってそうだろう? オーヒン国のみならず、我が国でも不正を犯していたザザ家を滅ぼしたというのに、出世するどころか、処分を受けたのだからね。ユリスが受け皿にならなかったら、二度と剣を持たせてもらえなかったかもしれないんだ。だから、ドラコが反旗を翻す動機がないわけではないんだよ」


 その一方で反対の意見もあった。


「ただね、それでもドラコが関与していない可能性が残されているのも事実だ。かつてカイドル帝国の兵士たちが、退役したジェンババの名の下で戦ったように、ドラコも名前だけ、いいように使われている可能性があるからね。そもそもカイドル州の州都にいるドラコには犯行を行えないという物理的な問題もある。ユリスの目の届くところにいながらにして王宮へのクーデターを企てるなんて、無理のある話だ」


 フィンスが反論しないということは、彼もドラコが関与していないと考えているようだ。


「ジンタによると、大陸の傭兵も襲撃に参加しているんだよね?」

「ああ、うん、そう言っていた」


「だとしたら、ドラコは名前だけ利用されているのかもしれないね。襲撃現場で金品の略奪を禁止させるなんて並の統率力じゃないよ。大義があり、思想が浸透していて、成功報酬も保証されているんだ。それを約束させることができる人物というのは、経済的にも社会的にも確かな人物なのかもしれない。それが個人や組織ならば、まだ対抗し得る手段があるけれど」


 フィンスも僕と同じ懸念を抱いているようだ。


「これが国家の仕掛けた戦争ならば、今頃になって認識している時点で負け戦が決まったようなものだ。相手は戦争を始める前に勝利し、僕たちは戦争を認識する前に負けているのだからね。そうじゃないことを祈るばかりだ」


 続けて、フィンスが僕に訊ねる。


「叔父上は王宮が狙われていることを知っているの?」


 フィンスの叔父は僕の父であるハクタの州都長官だ。


「いや、父上とはこのところ顔を合わせていないんだ。官邸に籠りっ放して、休みの日だって一緒に教会へ行くこともできなかったからね。こんなのは生まれて初めてのことさ。それこそ、まさに非常事態なんだろうな。それに、ここの警備の数を増やしたということは、危険が及ぶ可能性があると承知しているということだ。警戒レベルは相当高く引き上げられたはずだよ」


 フィンスが頷く。


「そうだったね。僕たちにはモンクルスの片腕がいるんだ」

「うん。父上ならば賊を王都に侵入させる前に、ハクタで叩き潰すさ」

「王宮への攻撃はジェンババですら出来なかったんだもんね」


 しかも襲撃計画が外部に漏れたので、王宮でクーデターを起こす難易度は上がっている。平時の状態ならば王太子を暗殺できたかもしれないが、荘園で王族が狙われ、厳戒態勢となったので王宮の中に入ることすら不可能なのだ。


「王宮は心配いらないとして、問題はフィンス、君や伯母上だ。ちょうど今夜から母上が官邸に居を移すというので、警備のことも考えて、僕はここで寝泊まりするように許可をもらったんだ。ロアンがいるから大丈夫だとは思うけど、万一のことがあったら、僕が君を背負うから安心してほしい」


 フィンスが不自由な足をさすって申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね。兄さんにばかり重荷を背負わせて」

「何を言っているんだ。君は重荷なんかじゃない」


 国王亡き今、目の前の少年が僕にとっての、ただ一人の王だった。


「フィンス、君は僕にとって背中に生えた翼のようなものだ。君のために強くなりたいと思ったから、つらい稽古に耐えることができた。まだまだ努力が必要だと思えるのも、背中に君を感じることができるからなんだ。君はフェニックス家の象徴そのものだ。御旗に描かれた不死鳥は、君の人生を表しているじゃないか。必ず君は蘇る。それはフェニックス家の正統なる王だからさ」


 蝋燭の炎に照らされた少年の目は、もうすでに負い目を感じている様子はなかった。



 それから三日後の夜だった。客間でフィンスと語らっているところに、警護主任のロアンから来客があるとの報せを受けた。客が来ただけでも驚いているのに、その訪問者が逮捕命令の出ているケンタス・キルギアスだったので対応に苦慮することとなった。


「公子、いかがなさいますか?」


 ロアンはフィンスではなく、僕に判断を委ねた。


「ケンタスには逮捕命令が出ている。この状況でそれを見過ごすことはできない。僕が居合わせて見逃すようならば後々父上に迷惑が及ぶだろう。ケンタスも僕のことを、法を軽んずる人間だと思うかもしれない。それが一番に避けたい問題だ」


 ロアンが納得する。


「では、お会いにならないということですね?」

「いや、待ってくれ。ここへ何をしに来たのかが気になる」

「馬に乗らず、武器も携行していないので、捕縛される可能性は承知の上であっても、逃げたり抵抗したりすることはないかと思われます」

「ボボはどうしたんだ?」

「馬の見張りでございましょう」

「では、匿ってほしいという願いではないんだね?」

「その意思を示すために仲間と剣と馬を置いてきたのかもしれません」

「なるほど、相手に悟らせるための行動というわけか」


 そこでフィンスが口を開く。


「会ってみよう」

「フィンスがそう言うのなら、僕は止めないさ」

「うん。念のため、ロアンも会わない方がいいだろうね」


 その言葉にロアンが心配顔になる。


「お一人で会われるおつもりですか?」


「うん。わざわざ真夜中になってから会いに来たんだ。彼らも僕たちに迷惑を掛けるのは避けたいんだよ。一つ一つの行動に配慮が感じられる。だったらこちらは、それに応えてあげるだけさ」


 ということで、フィンス一人でケンタスらと会うこととなった。


 フィンスがケンタスと客間で話をしている間、僕とロアンは隣の客室で聞き耳を立てていた。三人の会話を要約すると、王宮で働くカレンという名の友人を、王宮から危機が去るまで匿ってほしいという願いだった。それに対して、僕たちは大いに悩むこととなった。


 ケンタスとぺガスがカレンを連れてくると言って邸を出ると、すぐに話し合いを行った。このような事態を招いたのは僕の責任なのだが、二人から責められないことで、却って重たい責任を感じるのである。


「今すぐにでも長官へ報告された方がよいかと思われます」


 ロアンの進言だった。


「うん、そうしよう。彼らが何者かに尾けられているとも限らないからね」

「長官への報告は任せてもよいのですね?」

「うん。ロアンは周辺の見張りを強化してくれ」

「承知しました」


 客間を出るロアンを、フィンスが呼び止める。


「彼らが友人を連れて来たら丁重にもてなして欲しい。預かると約束したんだ」

「それでは大事な客人として迎えましょう」


 そこでロアンが訊ねる。


「正妃陛下へのご報告はいかがなさいますか?」


 それが一番の厄介事だ。

 二人揃って僕の顔をじっと見ている。


「分かったよ。それも僕から話すとしよう」


 そう言うと、ロアンは安心した顔で客間を出て行くのだった。


「しかし、ドラコはどうしたというのだろう? ケンタスは王宮に危機が迫っていることを知っていた。でもそれは兄から聞いた話ではなく、ミクロスかジジから聞いた話だと言っていたね。つまり、ドラコと仲間の間に不協和が生じているということではないだろうか?」


 僕の言葉にフィンスも唸る。


「うん。ドラコの仲間だけではなく、実の弟とも上手くいっていないのかもしれないよ」


 分からないことだらけだ。


「ケンタスはこれから裁判を受けにオーヒン国へ行くと言っていた。つまり、逮捕命令が出ていることを知っているわけだ。おそらく、ミクロスやジジもケンタスの状況を知っていたのだろう。それで逮捕される前に友人を助けるように助言したんだ。でも、それが兄の助言じゃないというのは、ドラコは弟の友人を見捨てたということになる。ケンタスの友人を放っておけなかったのは、キルギアス家で家族のように育てられたジジかもしれない。想像が間違っているかもしれないが、本当だとしたら、ドラコは一体なにを考えているのだろう? さっぱり分からないな」



 それから間もなくして、ロアンが客間にカレンを連れて来た。

 その顔を見た瞬間、息が止まるかと思った。

 なぜなら、その少女はクミン・フェニックス王女によく似ていたからだ。


「貴女は、もしや……」


 クミン王女がコクリと頷く。

 それからゆっくりとフィンスの方を見た。

 弟の存在を知っている反応だ。

 それもケンタスから聞かされたばかりなのだろう。

 潤んだ瞳から真珠のような涙が零れた。

 フィンスの方は状況がまるで分かっていない顔をしている。

 ハンカチを取り出して、姉に差し出すのだった。


「どうぞ、お使いください」

「……生きておられたのですね」


 そう言って、王女はフィンスの頬を触って確かめるのだった。

 されるがままのフィンスが困惑している。


「フィンスで間違いないのですね?」

「はい」


 窮屈そうに答えるフィンスが目で僕に助けを求めた。


「フィンス、目の前にいるお方は君の姉上だ」


 僕の言葉に、少年は放心してしまった。

 言葉を失くし、溢れる涙も拭わなかった。

 その涙を受け止めたのはクミン王女だった。

 指先に涙を染み込ませるように拭うのである。

 それから弟を抱き寄せ、優しく抱擁してみせた。

 姉に包まれたフィンスも腕を広げて包み返すのだった。


 再会した姉弟をその場に残して、僕は正妃陛下を呼びに行くことにした。

 フィン正妃にとっては実の娘との対面となる。

 心の準備がないまま両者を引き合わせなければならないことに心が痛んだ。

 自分が良いことをしていると思ってはいけない。

 それは正妃陛下の御心を勝手に推し量る行為だからだ。

 フィン正妃の寝室は二階の突当りにある。

 廊下は薄暗い。

 しかし生家なので明り取りから差し込む月光だけで充分だった。


「お休みのところ失礼します」


 ノックは立て続けに五回。

 それが重要な案件を示す合図だ。

 すぐに正妃がドアを開けた。


「何かあったの?」


 真夜中なのに部屋着ではなく平服に着替えていた。

 どうやら外の異変に気がついていたようだ。


「階下までお越し願えますか?」

「ヴォルベ、用件を先に伝えてちょうだい」


 陛下のお言葉には逆らえない。


「それが、その、いま、客間に、クミン王女が、来ているのです」


 フィン正妃が息をのんだ。

 次の瞬間、僕を押しのけて、横をすり抜けるのだった。

 それから薄暗い廊下を走って行った。

 そうさせないために配慮したのに。

 つまり更なる配慮が必要だったわけだ。

 正妃の足音が、心臓を蹴られたかのように痛く感じた。

 その時、階段に明かりが伸びた。

 どうやらロアンがランプで正妃の足元を照らしてくれたようである。

 これが僕に足りない決定的な部分だ。


 フィン正妃を追って客間に駆けつけると、目の前に母子の抱擁があった。

 涙を流す正妃陛下を見たのは生まれて初めてだ。

 そういえば、廊下を走る姿を見たのも同じく初めてだった。

 初めてのことが起こるというのは、時代が動き出すサインでもある。

 母子の再会に、新しい時代が始まる予感がした。


「本当にごめんなさいね」


 フィン正妃が涙ながらに謝った。


「フィンスを守るために、やむを得なかったのです」


 クミン王女が母親の背中をさすり続けている。


「お母様、どうかご自分をお責めにならないでください」


 慈愛に満ちた顔をしている。

 冷血と噂される少女とは思えない表情だ。


「生きておられただけで胸がいっぱいなのです」


 美しい人は、泣き崩した顔も美しいものだ。


「いいえ、クミン。あなたはこの母を責めてもよいのですよ」


 フィン正妃は娘の慈愛に甘える人ではなかった。


「悪く思っても構わないのです。あなたは優しいので、親を悪く思うことで罪悪感を抱くことでしょう。しかし、あなたはつらい境遇を一人で乗り越えてきました。それは親を恨んでもおかしくない境遇です。立派に成長してくれたことを嬉しく感じますが、どうか、母であるわたしの前では、いつまでも子どものままでいてください。あなたの不平や不満を聞くのも、わたしにとっては喜びなのですからね」


 それからクミン王女は湯浴みをして、母親の寝室で一緒に眠った。

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