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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
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第七話(95) 逮捕命令

 庭で円卓を囲みながら、ケンタスら三人に最後のテストを行うことにした。フィンスも同席しており、すでに彼もテストの狙いは承知している。朝食を済ませて、五人で根菜茶を飲みながら話を切り出すことにした。


「――それは、どうしても守ってもらいたい人がいるんだ」


 そこで従弟の手に手を重ねた。


「フィンス・フェニックスのことをね」


 驚きの余り事態が飲み込めない三人に、僕から改めて事情を説明することにした。ハクタの魔女に国を乗っ取られる危険があり、戦争が起こる可能性も考慮した上で、その時にはフィンスに協力するようにとお願いしたわけだ。


「僕たちに協力してくれるんだね?」


 これが最終テストだ。

 他の二人もケンタスの決断に注目している。

 全員の視線が集まったところで、ケンタスが首を振った。


「お力にはなれません」


 合格だ。


 それでも芝居を続けなければならない。


「どうして?」


 理由を聞くのも大事なテストだ。


 ケンタスが答える。


「それは、現在の私たちは国王陛下に仕える兵士だからです。もしもこの場でフィンス王子に誓いを立てたら、主君を裏切る行為となってしまいます。そのような兵士は信用できないではありませんか」


 それはテストを考えたロアンが求める理想的な答えだった。彼ら三人はコルバ王に忠誠を誓っているので、ケンタス本人が言うように、陛下を裏切るようならば、例えこの場で僕たちに寝返っても、すぐに裏切ることになると予想できるからだそうだ。


「モンクルスの再来は兄のドラコではなく、貴方の方かもしれないですね」


 フィンスが早速ケンタスを気に入ったようだ。


 そのケンタス・キルギアスに逮捕命令が出たのは二週間後のことだった。教えてくれたのは情報屋のジンタである。いつものように酒場通りにある軽食バーでブドウ酒を奢り、話の続きを待っているところだ。


「ジンタ、さっさと飲み込んだらどうなんだ」


 少年はラムチョップを口いっぱいに詰め込んで頬張っているところだ。


「ダンナ、待ってくだせえよ。久し振りの肉なんだ。余韻ってものを楽しませてくれてもいいじゃないですかい」


 ラム肉に合わせるということで、この日はラム酒ではなくブドウ酒を飲んでいた。


「しかし分からないな。山賊を退治して、どうして捕まらないといけないんだ?」

「それをアッシに言っても、どうにもなりませんぜ」


 果実酒は飲みやすいのか、一気に飲み干してから、今度はラム酒を注文した。

 僕は焙煎した豆茶で喉を潤す。


「どうも引っ掛かる話だな。オーヒン市警が捜査を行ったとしても逮捕命令は出せないはずだ。この場合は領事館に出頭命令を要請して、それを領事館長が了承した上で、王都に報告し、そこで改めて出頭命令が発令されるはずなんだ。いや、事件現場がカイドル州ならば、州都にある市警本部へも報告して、カイドル市警が始めから捜査を仕切り直すのが手順というものじゃないのか? それなのに途中にある手続きを省略して、いきなり逮捕状が出るというのは、どういうことなんだ?」


 ジンタが干しイカをクチャクチャと噛みながら説明する。


「それなんですが、なんでも神祇官が領事館に滞在しているとかで、それで王宮からの返事を待たずに、その場で逮捕状を発行したみたいですぜ。じゃなきゃ、こんなにも早く物事が動くわけがないんでさ」


 聞き間違いであってほしいと思った。


「神祇官というのは、ダリス・ハドラのことか?」

「へい。オーヒンのコルヴス神祇官だって勝手に逮捕状を出せませんからね」


 エリゼの父親がケンタスに逮捕命令を出したわけだ。前に会った時は好印象だったが、今回のケンタスに対する対応は納得いかない。せめて出頭命令を出して、話を聞いて、そこで必要と判断してから逮捕状を出しても遅くないからである。


「それと……、いや、これは報告していいものか」


 ジンタが逡巡した。


「どうした? なんでもいいから教えてくれ」


「へい。そのケンタスですがね、逮捕状が出た時点で罪状が決まってるわけですから、こういう場合はもうすでに量刑まで決まっていることが多いんでさ。その量刑というのが島流しじゃないかと聞きましたぜ。囚人を乗せる護送船が港で準備されたっていうんで、それでハハ島に運ばれるんじゃないかと思われるんでさ」


 ハハ島への流刑は死刑の次に重たい量刑だ。


「それが本当ならダリス・ハドラが裁いたということになるぞ?」

「王国の兵士を流刑にできるのは七政院のお偉方だけでさ」

「どうしてケンタスを流刑にせねばならないんだ」


 それについてもジンタが説明してくれる。


「そもそも今回ハドラ神祇官がわざわざオーヒン国に赴いた理由ですがね、それは次期国王を決める選挙が近いからだと聞きましたぜ。デモン・マエレオスと会っている姿は何度も目撃されてやす。ダンナもご存知の通り、デモンといえばザザ家と一緒にくたばったイワン・フィウクスの親父さんだ。そのイワンを殺しちまったのがドラコ・キルギアスじゃねぇですかい。ザザ家の崩壊でオーヒン国の利権を失っちまったんだから、キルギアスに恨みを抱いていても不思議じゃありませんぜ。いやあ、だから、これで完全に繋がったと見るべきなんじゃないですかい?」


 ジンタによる客観的な見解だが、矛盾がないのは明らかだった。


「うまくいかないものだな」


 ため息をつくしかなかった。コルヴス家とハクタの魔女が懇意にしているのは確かで、その反対勢力としてセトゥス家があり、その後ろ盾となっているのがデモン・マエレオスだ。そのデモンとハドラが協力関係にあるのは悪くない。


 しかしそのハドラ神祇官がキルギアス兄弟に恨みを抱いているというのは好ましい状況ではなかった。ドラコを寵愛しているユリス・デルフィアスと敵対関係となり、対立を招いてはいけないからである。


 オフィウ・フェニックスとゲミニ・コルヴス親子にカグマン島を乗っ取られないようにするためには、ハドラ神祇官がパナス王太子をサポートし、ユリス・デルフィアスと強固な信頼関係を築かなければいけないからである。


 フィンスは戦争を望んでいないが、いつの時代も有事に備えるのが為政者の務めだ。いつ、どこで暴動や反乱が起こるか分からず、その機に乗じて戦争を仕掛けてくるとも限らないからである。


 ハクタの魔女にそそのかされたコルヴス親子が戦争を仕掛けてくることだって考えられる。その時に必要となるのは、ドラコ・キルギアスのような実戦を積み重ねて名を上げた戦争の天才なのである。


 彼のような才能を政争の犠牲にしてはいけない。また、国家の危機を前にして、私怨を晴らしてもいけない。ダリス・ハドラはそんなことをするような人間に思えなかったが、それがデモン・マエレオスの私怨ならば辻褄が合うというわけだ。


「ダンナ、もう一つ気になることがあるんですがね」

「なんだ? 言ってみろ」


 ジンタが深刻な顔つきで報告する。


「へい。それが、このところ立て続けにフェニックス家所縁の荘園が狙われてるっていう話でさ。ここ三週間ほどで三件も襲撃されたと聞きやした。いやあ、どこもオーヒン国周辺の荘園で、峠の向こうの出来事なんで心配はいらねぇと思いますが、物騒な世の中になっちまったのは間違いありませんぜ」


 ジンタの話が本当ならば只事ただごとではない。狙われた荘園はフェニックス家の縁戚者が管理する王族直轄の土地だ。その土地にある草木や水ですら盗めば重罪で、盗賊すら近寄らない土地が襲撃されたのだから一大事だ。


「襲撃というのは、具体的にどういった事件が起こったんだ?」

「へい。それが領主ばかりが狙われているという話でさ」

「相手は王族だぞ?」

「へい。盗みは一切しないそうで、それで盗品から犯人を捕まえることができないんでさ」

「それでは王族殺しが目的ということじゃないか」

「へい。その通りでさ」


 隠れ家にいる二人の顔が思い浮かんだ。母子の生存を知る者が、二人を捜しながら荘園の領主を殺していると思ったからだ。動機は想像することしかできないが、王族の血脈を絶とうとしている意思を持つ者がいることは確かだ。


「ダンナ、心配なら、もう少し詳しく調べてみますが、どうなさいますかい?」


 ありがたい申し出だった。


「しかしジンタ、荘園にいる領主を殺すなんて、しかも立て続けに三件だろう? 園内では高い金で雇われた私兵が警護していたんだ。それなのにあっさりと殺してしまうなんて、並の組織じゃないだろう。嗅ぎ回るだけでも危険かもしれない。州の警備隊でも犯行グループを挙げられないんじゃ、君を危ない目に遭わせるわけにはいかないよ。今の僕はジンタだけが頼りなんだからね」


 僕の言葉にジンタは目を潤ませるのだった。


「へへっ、嬉しいことを言ってくれるなあ。なに、心配いりませんぜ。王太子様はアッシにとっても大事なお方なんだ。ここでお力になれないようなら、いつ力になるっていうんですかい。敵の狙いがなんなのか調べてみますぜ」


 そこで銀貨の入った巾着袋を手渡した。それは従弟から預かったお金だ。つまりジンタに経済援助しているのはフィンスということになる。だからこのボサボサ頭の少年は主のことを大切に思っているというわけだ。


「頼んだよ」

「へい、任せておくんなせい」


 そう言うと、早速新たな仕事に取り掛かった。



 それから半月後にジンタから呼び出しを受けた。いつもの軽食バーに行くと、ラム酒を水のように飲む少年の姿があった。そろそろ熱い夏がやってくるということもあり、湯浴みをした後のような汗をかいているのだった。


「これで二度目のブラック・サインだぞ? 何があったんだ?」


 ジンタが改めて店内の出入り口を確認する。この店の営業は昼前からなので、朝のうちは貸し切り状態で利用できる。退役した父上の戦友が経営しているので、外部の者に話を聞かれる心配はなかった。


「オーヒン国に行く途中で、襲撃事件の生き残りと話をすることができたんでさ」

「襲われた荘園の被害者だな?」


 ラム酒で喉を湿らせる。


「へい。邸には百人近くの私兵がいたという話ですが、同数の犯行グループから急襲を受けて見事にやられちまったという話でさ。敵と一戦交えればいい方で、ほとんどは不意打ちで息絶えていたと言ってましたぜ」


 つまり敵は警備兵がどこに配置されているのか正確に把握していたということだ。そこから考え得る結論は、荘園の内部に裏切り者がいたということである。手際の良い犯行には必ず内部に協力者が存在するものだ。


「その犯行グループですがね、どうやら大陸訛りの傭兵も混じっているという話ですぜ」

「大陸にある国が仕掛けている戦争ということか?」

「そこまでは、まだ分かりやせん」

「しかし大陸諸国が絡んでいるのは確かだな」


 ジンタが頷く。


「へい。それと王家に恨みを持つ者もいるんでさ。なにしろ次の狙いが『王宮の破壊だ』と口走っているのを聞いたと言ってましたからね。それで一刻も早くダンナに報せないといけねぇと思って急いで来たんでさ」


 三十年前に戦争が終わって平和な世の中になったといっても、統治するフェニックス家に恨みを持つ者は存在する。特に旧カイドル帝国の土地を所有していた者の中には財産を奪われた人もいるので恨みは深かった。


 しかし個人的な恨みを持つ者たちが、このタイミングで一斉に蜂起するというのもおかしな話だ。新国王の選定や、ハクタへの遷都など、やはりハクタの魔女がクーデターを起こすように唆していると邪推せずにはいられないのである。


「それとダンナ、これは確証があって言うわけじゃねぇですがね」

「構わない。こちらで判断するよ」


 ジンタが報告する。


「へい。そう言ってもらえると助かりますが、いえね、前にガサ村でドラコが率いていた百人隊が消えたって言ったでしょう? それが、その消えたドラコ隊の兵士が襲撃に参加していたっていう話を聞いたんでさ」


 信じられない。


「ドラコ・キルギアスが絡んでいるというのか?」

「いやあ、だから報告するか迷ったんですが」

「そんなことがあるものか」

「へい。その通りで」

「真の狙いは王宮なんだ。ドラコが犯行に関わっているはずがない」

「へい。まさしくでさ」

「ドラコ本人のみならず、彼の信頼する兵士たちだって、そんなことをするはずがないんだ」

「へい。ランバ・キグスが指揮を執っているという話ですからね」

「証言者は信用できるのか?」

「それは分かりません」


 そこでジンタが腕を組む。


「しかしね、ダンナ、ドラコ隊以外で、誰が六件も立て続けに荘園を襲撃できるっていうんですかい? 逆説としてですね、こんな無茶苦茶なテロを計画して成功させることができるなんて、ドラコ以外に考えられないのも事実なんでさ」

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